第20話

腰が抜けて立てなかったメイヤの回復を待ち、ジュジュ達はギルドに勧められた宿屋の裏庭に来ておった。

ダイフクの小屋が拠点として一番使いやすいのじゃが、メイヤがおる以上さすがにそこには戻れん。

魔法でその旨を小屋内にいるクリームや世話係の魔人族に伝え、ジュジュは改めて目の前にいる者を見やった。

と言ってもまあ、メイヤの事なのじゃが。


「やはり拾ってこられたのですねアマオウ様」

「うむ、どうにも死に急ぐ若人を見ておると我慢できんのじゃよ。何かこう、勿体ない! と思ってしまっての」

「アマオウ様に鍛えられた結果、英雄になった者が昔は山のようにおりましたね」

「ジュジュを超えようと戦争の最前線で立ち向かったりもしてきたの〜」

「ね、ねえ。そろそろこの状況を私に説明してくれない?」


居心地悪そうにしておるメイヤは、そう言ってジュジュに高圧的な目線を向けた。先ほど男達に囲まれたせいで若干の不信になっておるのじゃろうし、おそらく年下じゃからという意地もあるのじゃろ。

若いの〜。青臭いほど若いの〜。


「色々語る前に、メイヤ。まずジュジュ達に言うべき事があるじゃろう?」

「……やっぱあいつらが居なくなったのってあんた達のお陰なんだ」

「結果的にはの」

「……ありがと。お陰で助かった。感謝する」


ぶすっとした顔ながら感謝の言葉を述べるメイヤに、ジュジュは満足げに頷いた。

お礼も言えぬ捻くれ者じゃったら鍛え方もより過酷にせねばならんかったが、ちょっと残念じゃ。


「それであんた達は誰なの? もしかしてまたお姉ちゃんの差し金の人?」

「お姉ちゃん? いや、ジュジュ達はただの食挑者パーティじゃよ。おぬしに声を掛けたのは、霊山を登りたいなら一緒に付いてくるかと思っての」

「マグィネ霊山に登れるの!!?」


勢い込んで身を乗り出しジュジュの肩を掴むメイヤに、セバスチャンの笑顔の温度が数度下がった。

さすがに子供相手に鉄拳制裁はしないじゃろうが、それでもこの殺気に気づかぬとは。

鍛え甲斐があるというものじゃ。


「言うたじゃろ? ジュジュは若人を鍛えるのが第二の趣味じゃと」

「ジュジュだっけ? 私より若いだろあんた。それに趣味悪いし……」

「アマオウ様。デコピンだけでも許してくださいませんか大丈夫すぐに蘇生魔法を掛けます」

「頭吹き飛ばす気満々じゃのっ。セバスチャン、おぬしはもう少し我慢を覚えるようにのーーそれでメイヤ。どうするつもりじゃ?」

「……本当に霊山に登れるの?」

「セバスチャン」

「はい、こちらが受けた依頼書になります」


手渡してきた依頼書を一瞥して、メイヤへと渡す。それを見たメイヤは目を見開き、次いでキラキラとした瞳をこちらに向けてきた。


「凄い! 植物や鉱物の採取ばっかりだけど霊山の山頂近くに自生するホムラアケビの依頼まである!! これなら炎帝鳥ホロアのところまで行ける!!」

「ジュジュ達の本来の目的も炎帝鳥ホロアの羽根じゃからの。それで、どうするんじゃ?」

「付いてくよ! 当たり前でしょ!! ーーあ、じゃなくて。お願いします! 私をパーティに入れてください!!」


勢いよく頭を下げるメイヤの言葉に、口の端がこれでもかと上がるのが感じられる。

久々の弟子じゃ、たっぷら可愛がってやらんとのう!!


「アマオウ様、あまりやり過ぎなきように」

「メイヤ、だっけ? 女神に〝助けてくださいそれが無理ならいっそ一思いに!!〟って本気で懇願する英雄も居たくらいだけど、まあ頑張りなさいな」

「リメッタも魔法訓練するからの。もちろんジュジュが教える」

「お父様ああああ!! 大事な娘がボロボロになっちゃってもいいのーー!!!?」


空に向かって大声を出すリメッタをセバスチャンに抑えさせ、口元をヒクつかせるメイヤへとにじり寄る。


「な、な、なに?」

「まさかこのまま霊山に挑めると思うておらんよなあ? 大丈夫じゃ、レベルやスキルに頼らんでも強くなれる修行を課してやるからの〜。血反吐を吐いたその先を目指して、ほうら、頑張るぞい?」


かくして強制的に、メイヤ(とリメッタ)のジュジュ直々の修行が幕を開けるのじゃったーー


▲▲▲▲▲


マグィネ霊山に登るのは二日後という事にして、それまではセバスチャンには消耗品の買い出しやリングドーヴ達への連絡などをやってもらう事にした。

ジュジュも、ステータスを上昇させるお菓子でまだまだ試さねばならぬ事もあるしお菓子自体も作りたいのじゃが……


「ほれほれどうした二人共? 足を止めると砂地獄にハマって抜けれんようになるぞ?」

「無理! もう! 無理!!」

「なんで! 魔法の訓練で! 走り込みなのよ!!?」


宿屋の裏庭。飛行魔法で飛ばす木箱に座り異世界で買ったレシピ本を読むジュジュに、息の荒い二人の声が届く。

裏庭は今地面のほとんどを砂に変え、中心にある窪みに向けて流砂の渦ができておる。本当ならそこに召喚魔法で魔物を呼び出すのじゃが、さすがにダメじゃろうなと自重した。

そのまま立っていたら流砂によって窪みに落ちてしまい、もし落ちたら修行量を倍にすると言って二人を走らせておる。

砂は足に絡みつき、体力を容赦なく奪っていく。さらにこの砂には魔法を掛けており、触れるだけで魔力を吸い取られる仕組みにしておる。

体力、魔力が加速度的に減りながら、それでも走らねばならぬ状況ーーうむ、額の汗が輝いておるようじゃ。


「もう……だめ…ガクッ」

「リメッター!? 止まったら死ぬぞー!!?」


この短い間に友情が芽生えたのか、流砂に飲み込まれつつあるリメッタをメイヤが必死で支えておる。

美しい光景じゃが、止まればーーほれ。


「「うぎゃああああああああああ!!!!?」」

「修行量を倍じゃな。それじゃ十分休んでまた始めるぞい」


窪地に飲み込まれていく二人に手を振って、さっそく次の修行内容を考えるのじゃった。

やはり楽しいのう、育てるというのは!!

ーーかくして二時間後。

もう指一本動かせないという二人を飛行魔法で近くまで飛ばして、砂まみれの身体を風魔法で清めてやる。

収納袋に入れていたセバスチャン特製のお茶を飲ませてやれば、人心地ついたように大きく息を吐いた。

砂地は魔法で元通りの地面に直しておる。


「まさか、こんなにキツいとは……」

「何を言うておる。まだまだ準備運動にもなっとらんぞい。よいか、人族は魔人族や魔物、神族と比べて圧倒的に弱い。ステータスにもそれは顕著に現れておるはずじゃ」


ジュジュが転生して十二年間の知識では、魔人族も魔物も引っくるめて魔族と呼ばれており、その強さは生まれた時から人族とは違うとされておる。

確かにその通りじゃ。魔人族は生まれた時から魔法が扱えるし、魔物は生まれてすぐ岩をも砕く膂力を有しておったりする。

神族は規格外なので比較不能じゃ。

そんな弱いはずの人族が、なぜ魔族と戦えるほど強くなれたのか。勇者パーティなどは魔王軍幹部を倒し、ジュジュの首さえ刎ねる事ができた。


「人族には、他の種族にはない〝魂の成長〟なるものが備わっておるんじゃよ」

「魂の、成長?」

「そう、今で言うたら固有スキルというやつかの。魂が傷つき回復する時、輝きは更に増し強さに変じる。砂地を走る修行は体力と魔力両方から魂を傷つけ、こうやって休んでおる今は成長させておるといった感じじゃの」

「魂の成長なんて、初めて聞いた」

「おぬしが知らないだけなのか、ステータスには載っていないのかもしれぬ。レベルアップやスキル取得も、言うなれば魂の成長を見えるようにしたものじゃろうな。まあやった本神(ほんにん)がそれに気づいておるかは不明じゃが?」


ちらりと見れば目を逸らしたので、確実に知らんかったなこやつ。


「それじゃあ、魔物を倒さなくてもレベルやステータスが上がるの?」

「いや、レベルアップがステータス向上に必要な工程ならば修行だけで上がる事はないはずじゃ」

「なんだよそれ〜」

「しかし次にレベルアップした時は、おそらく今まで以上にステータスが上がるはずじゃぞ?」


そんなジュジュの言葉を受け、突っ伏したままだったメイヤはのそりと立ち上がる。

己の手のひらを見つめながら、グッと握りこむと視線を上げた。


「別に全部信じたわけじゃないけど、これをしないとパーティには入れてくれないんだろ? なら私はやるよ。リメッタ! 次も頑張ろう!!」

「ほんと、アマオウが選ぶのって何でこう毎度毎度暑苦しいやつばっかなのかしらーーは!! ていうか今の話だと神族(わたし)が修行しても意味ないんじゃないの!!?」

「おぬしは精神が弛(たる)んどるから修行必須じゃ」

「否定しなかったわね!?」


騒ぐリメッタを黙らせるように自動人形(ゴーレム)を魔法で生み出し、二人の前に一体ずつ立たせる。

全長三ティートスの土くれの自動人形(ゴーレム)を見て、二人の頬が引きつるのが見えた。


「次は自動人形(ゴーレム)を使った模擬戦闘じゃ。リメッタは魔法で、メイヤは剣で倒してみるように。ああ、怪我しても一瞬で治してやるから安心せいーーさあ、もっと魂を輝かそうぞ」


指をパチンと鳴らすと同時に自動人形(ゴーレム)が動き出し、二人が慌てたように臨戦態勢に入る。

死なせるつもりはないが、骨が折れるくらいは覚悟してもらわねばの。


「そうじゃ、ステータスの上がり具合を見るなら試そうと思っておったあのお菓子を作ってみようかの?」


独りごちたジュジュの声は、二人と二体の戦闘音で誰にも届かずかき消されるじゃったーー


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