第19話
先の声が気になって外に出ようとした時、ダニアンが泣きそうな顔でもって止めてきた。
「グランドギルドマスターからは扱いはくれぐれも慎重にと、問題を起こしたらすぐ対応するように厳命されている。だけど来て早々問題を起こすのはどうかと思うんだよ!!」
「ジュジュは気になったから見にいくだけで、問題を起こす気はサラサラ無いんじゃがの」
「なら本当に見てるだけだよ! 間違ってもランクをひけらかしたりしないようにね!!」
そのように念押しされてからカウンターのあるところまで戻ってみれば、そこには困り顔のリンナと、噛み付く勢いでカウンターにしがみ付いておる『子供』がおった。
肩で揃えられたこげ茶の髪と同色の瞳。身に付けておるのは皮鎧や防塵に優れた旅装用マント、腰には細身の剣。
背中に荷物袋を担いだ見た目十二〜十五歳程度の子供は、子犬が必死で威嚇するような剣幕でリンナに迫っておった。
「ーーあのねメイヤ? 何度も言ってるようにあなたのレベルとランクではマグィネ霊山関連の依頼は受けれないの。何日通っても意味はないわよ」
「レベルは霊山で魔物を倒せばすぐ上がる! ランクだって素材をいっぱい採ってくれば上げてくれるんでしょ!?」
「……確かに依頼達成数に応じてランク昇格試験を受ける事は可能よ。あなたは今Dランクだけど、それ以上に上がるにはパーティ登録が必須なの。〝パーティを外された〟あなたにはどの道無理だから、まずは街内で募集されたお使いの依頼をこなしなさい」
そう教え諭すようなリンナの声に、しかしてメイヤと呼ばれた子供はむくれた顔を見せ「若作り!!」と捨て台詞を吐いて出て行ってしまう。
こめかみに青筋を立てておるリンナが少し空恐ろしいが、ジュジュはとりあえず近づいてみる事にした。
「一体何だったんじゃさっきのは?」
「問題児がまた増えた……」
「失敬な、まだ何も起こしとらんわい」
「まだ、って言っちゃうあたり自分でも問題起こしそうだとは思ってるのね」
リンナの言葉に舌を出してそっぽを向くと、なぜかセバスチャンとリメッタが近くのテーブルをガンガン叩きながら顔を伏せておった。
何なんじゃ一体?
「そういうアクションを素でやれる事にお姉さんは驚愕しているわ……っ」
「何のことじゃ? それよりさっきの子供、確かメイヤと言ったかの。何を騒いでおったんじゃ?」
「ああ、あれはマグィネ霊山で依頼を受けたいって騒いでたのよ。この数日ずっと来てるんだけど、レベルもランクも足りないと言っても聞いてくれなくて」
「うむ」
「ジュジュアン君、だったっけ? 念のためあなたにも言っておくけど、マグィネ霊山の適正レベルは25。ランクはDランク以上推奨よ。そりゃ王都のほうで派手に合格したみたいだけど、ルールは守ってもらいますからね?」
念押ししてくるリンナには悪いが、今頃はダニアンがマグィネ霊山でできる依頼書を見繕っておるはずじゃ。と、ダニアンが支部長室からそそくさと出てきてリンナに何枚かの書類を渡す。それと同時に小声で何かを言われたようで、リンナは大きく開けた口を必死に手で押さえ叫ばないようにしておった。
じゃがジュジュに向けられる目は驚愕に彩られておるの、どんな依頼書を持ってきたんだか。
「……まさか幻のEXランクの人達に会えるなんて。というか実在したのね」
なるほど、驚いたのはランクのほうか。
「ダニアンが依頼書を持ってきたんじゃろ? それの手続きはセバスチャンに任せる。リメッタ、ちょっと付いて来い」
「え? どこ行くのよ?」
訝しそうに問うてくるリメッタに、ジュジュは先ほどメイヤの出ていった出入り口を見ながらニヤリと笑った。
「ちょいとお節介を焼きにの」
▲▲▲▲▲
ギルドを出て大通りのほうを見やる。道の先はごった返した人の波しか見えず、あのメイヤの体躯では間に入るのも一苦労じゃろうからあちら側には行っていないと思える。
「さっきの子供を追いかける気? やめときなさいよあんな世間知らず」
「自分を棚に上げてよう言うの〜」
「私は女神だからいいの!! だいたい追っかけたって私達には何も出来ないわよ。レベルもランクも足りないんなら、霊山に行く事はできーーまさか、あなた」
信じられないものを見たといった顔のリメッタは無視して、ジュジュは大通り方面とは反対方向に向かって魔眼を発動する。あの子供の魔力は先ほど見た時に覚えたのですぐに見つけられた。が、これは……
「案の定、素行のよろしくない連中に絡まれとるようじゃの。まああれだけ騒いでおったのじゃし、むしろ今まで何もなかったほうが不自然じゃが」
魔眼に映る路地裏の一角では、下卑た笑いを浮かべる男達に囲まれて、壁を背にしたメイヤが固い表情をしておる。双方武器に手は掛けておらんようじゃが、どちらがいつ抜いてもおかしくない雰囲気ではあるの。
ギルドであれだけ騒いでおり、それにメイヤはパッと見ただけでも端正な顔立ちをしておった。
幼さも相まって『そういった趣味』の者に売り渡せば大金が舞い込むじゃろうし、自分達のパーティに入れて霊山まで共にし、途中で楽しむ等も考えられる。
昔からそういった話は枚挙にいとまがないからの。普通は冒険者や食挑者になる者は自己責任の範疇(はんちゅう)としてそういったイロハを真っ先に覚えるはずじゃが……以前入っていたパーティでは教える前に追い出されたのか。
ーーそれか『覚える必要がなかったのか』。
今日より前の時はおそらく、メイヤが他の冒険者に絡まれる前に『誰か』が手を打っていたのじゃろう。
今回なぜ間に合ってないのかは分からぬが、さて、とにかく行ってみるかの。
「リメッタ、呪いの首飾りで落ちた魔力をきちんとコントロールしてみるんじゃぞ? 暴発でもさせたら出来るまで飯抜きじゃ」
「うう、私は霊山に行かなくてダイフクやクリームと留守番していて良いのに」
「ジュジュのサポートとして地上に残っておるのに何を言うとるんじゃーーと、どうやら動いたようじゃの」
魔眼で見ている光景に白銀の煌めきが掠めたのを皮切りに、建物三軒ほど先の路地裏から男の怒号が微かに聞こえる。
身体強化の魔法を使い飛ぶように地を駆け路地裏に飛び込む。途端に鉄錆のーー血の匂いが僅かに鼻についた。
「このクソガキ! こっちは親切で言ってやってんだぞ!!」
「い、いいいきなり大人数で囲んでパーティに入れなんて、ふ、ふざけるんじゃない!!」
……何か、予想してた場面と違うの。
腰の剣をブンブン振り回すメイヤは涙目で「この」だの「あっち行け」だの叫んでおるが、腰が引けておるので剣筋は幼年式前の子供よりたどたどしく感じる。
剣に当たらぬよう一歩引いておる男達も、どうやら最初に剣を振られた時に運悪くあたったのじゃろう。手から地を流しておる一人以外は冷ややかな表情じゃ。
下卑た顔に見えた気がしたが、元々そういった顔じゃったんじゃな。納得!!
「のう、そこの男」
「ん、誰だガキ……いや、そっちの銀髪。〝銀斜(ぎんしゃ)の灰狼(はいろう)〟の関係者だな。悪いがこんなじゃじゃ馬だとは思ってなかった。仲間も怪我させられたし前金は治療費として貰うが、後は自分達で勝手にやってくれ」
吐き捨てるように言うと男は路地の入り口へと歩き出し、残りの男達も後に続く。怪我をさせられた男だけメイヤの事を睨んでいたが仲間に促され踵を返し、そうして場に残されたのは剣を振りすぎて地面に座り込むメイヤと、呆気に取られたジュジュとリメッタ。
勝手に何かの関係者と勘違いされてしまったが、銀髪がどうとか言っておったの。
まあ、良い。背後関係を知るより今は目の前のこやつじゃ。
「おぬしマグィネ霊山に行きたいそうじゃの?」
「あ、あんた誰……」
未だ肩で息をするメイヤに、ジュジュはニッコリと微笑んで言うてやった。
「ジュジュアン・フラウマール。おぬしのような無謀で無知な若人を血反吐吐くまで鍛えるのを第二の趣味にしておる者じゃよ」
あ、第一はもちろんお菓子作りじゃぞいーー
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