第28話

階段を上がりきった先は、すり鉢状になった一辺五十ティートスはありそうな更地じゃった。

階段を上った近くでジュジュ達を待っていたメイヤとリメッタもその大きさに困惑しており、自然と流れた汗が頬を伝う。

どうやらここが今までで一番熱いようじゃ。真夏の昼に照りつける太陽のごとく、強風に晒され肌を焼く大火のごとく、熱を発する根源が更地の中央に鎮座しておるのじゃからな。


「あれが……炎帝鳥ホロア。はは、なんだよあれ。熱気であれの周りだけ景色が歪んで見えるじゃんか」

「っ、ピリピリと伝わってくるのは熱気だけじゃないわ。異常なまでの威圧感……息をするのも辛いって本当にあるのね」


ユーハが大盾を前面へ構えて苦笑いを浮かべ、カイエが流れる汗を手でぬぐいながら眉根を寄せる。

オムクとフミ、メイヤも威圧感に当てられたのかごくりと喉を鳴らし、これ以上進むのをその身体が拒んでおるようじゃった。

セバスチャンは例によって無表情、リメッタは人族ほどにステータスが下がっておるはずじゃが神経が図太いのか平然としておる。

そしてジュジュは、『とある物』に足を震わせるほど驚いておった。


「あ、あーー〝青いホムラアケビ〟じゃとぉぉ!!?」


更地に自生しておる植物の中に、ジュジュも初めて見るホムラアケビの青い果実があった。

アケビとは本来、薄紫色の外皮が割れ中からゼリー状の実と固い黒い種が覗く果実である。じゃがマグィネ霊山にのみ自生するホムラアケビは外皮が赤く、種まで食べられるようになっておる。

じゃが今回見つけた青い外皮のホムラアケビなど、ジュジュが魔王の時も知らぬ品種であるぞ……あれは欲しいの!!


「凄いの! 凄いのう!! 青いのでオニビアケビとでも名付けようかと思うんじゃが皆、どう思う!?」

「……分かってたいたけど、あなた達はあれを目の前にしても平然としていられるのね。まあそうじゃなきゃ勝てるなんて言えないんでしょうけど」

「カイエ、それよりいつもの身体強化魔法、頼んだぜ。リメッタちゃんも障壁魔法と支援魔法、しっかりやってくれよ」

「当たり前でしょ、メイヤをしっかり英雄にして鼻高々で凱旋するのは私なんだから」


ジュジュの素晴らしきネーミングセンスを無視して、カイエとリメッタが障壁魔法や身体強化魔法を発動する。炎帝鳥ホロアの強さは皆肌で感じてるようで、リメッタは自身の張った障壁魔法に魔力の殆どを使ってしまっておるようじゃ。

障壁魔法を仲間全員にかけるという精密な操作のせいで、リメッタはそれに掛かりっきりになってしまうじゃろう。

身体強化魔法はカイエが担当する。が、メイヤを見ればどうにも煮え切らない顔をしておった。

まさか、この時点でもまだ好き嫌いなど緊張感のない事を言うつもりじゃなかろうな?


「……メイヤ。緑樹亭のシャンハッタンシチュー、好きだったよね?」

「カイエさん、突然なにを……」

「あのシチューにね、すっごく良く合うパンを見つけたの。だから、この戦いが終わったらーー〝お姉ちゃん〟と一緒に食べましょう」


身体強化魔法をかけるのに身体の接触は必要ないが、カイエは後ろからリメッタに抱きついておった。

身体強化の光は身体の輪郭を朧げにし、掴み損ねそうじゃと思わせる。じゃからこそ、カイエの抱きしめる手は一層力を込められたのじゃろう。


「……本当、甘えん坊だ。お姉ちゃんは」

「……うん」

「分かった、この戦いが終わったら一緒に食べよう」

「っ、うん!!」

「あ、けどジュジュアン達には後でしっかり謝るように。いい?」

「…………うん」


やれやれ、これじゃとどちらが姉か分からんの……しかしまあ、連携の不安は無くなったと考えてよいじゃろう。


「さてと、それではあちらも我慢の限界といった感じじゃしーーやるぞい、皆のもの」


その瞬間、一際強い熱波が炎帝鳥ホロアから放たれ、身の毛もよだつ怪鳥の叫び声が耳をつんざいたーー


▲▲▲▲▲


「ギィヤアアアアアアアア!!!!」


炎帝鳥ホロアの叫び声は、どこか人族の女性めいた声色をしておった。

赤と橙のまばらな体毛に、すらりと長い首と足。魔獣の文殊鶴(もんじゅづる)に似た体躯ではあるが、大きさは軽く三倍はあろう。

目算で六ティートスはありそうな巨大な怪鳥は、クルルルと喉を鳴らしながら翼を広げた。

翼は赤と橙の下地に大きな目のような模様があり、頭から生えておる色彩豊かな鶏冠が尋常ではない魔力を発しはじめる。

魔力は流れるようにホロアの翼全体へと行き渡り、目に見える部分が真白い炎を揺らめかせーー


「ーーいかん!!」


風魔法で全員をジュジュの元へ集め、間髪入れず土と水魔法で凍った土壁を前面一帯に発生させる。

防ぎきれるとは思わん、じゃから次は土魔法を使ってーー


ーーーーカッ、と。


太陽よりもなお眩い光が視界を埋め尽くし、まるで生えたのではと錯覚するほど一瞬で土壁が光線に貫かれておった。

極太の光線が二本、まるで飴細工を壊す軽快さでもって土壁を穿ち、左右に振られ消滅させていく。

初見殺しとはまさにこの事じゃの……そんな理不尽極まりない攻撃を、ジュジュを含めた全員が『頭の上』を仰ぎ見ておった。

間一髪、土魔法で開けた穴に全員身を隠す事に成功したのじゃ。


「なんだこれ!? こんなもん防ぎようがないだろていうか熱!!?」

「水魔法で穴の上には霧を発生させておるのじゃがの。なんとも厄介な攻撃じゃ」

「よ、よく気づいたわねあなた」

「昔似ておる攻撃を見た事あったからのーーさてメイヤ。おぬしにこれを渡しておく」

「これは、葉っぱの首飾りか?」

「うむーー〝世界樹ムルベンゲの葉飾り〟。致死の傷も一度だけ治してくれる魔道具じゃ」

「あの、もう驚く事に疲れてるんだけど……世界樹の葉っぱは神界にしか存在しないのに何で持ってるのとか、一応聞いたほうが良いのかしら?」


口の端をヒクつかせて聞いてくるカイエに、ジュジュは不思議そうに首を傾げる。なぜと言われても、異世界に渡る時に葉っぱなぞそこら中にあるからの。

ちょいと魔道具への加工が面倒じゃが、昔リングドーヴに作らせた物が洞窟の奥で小山になっておったからいくつか貰ってきただけじゃ。


「カイエ達も欲しいならまだまだあるぞい?」

「……い、いただきます。売れば一年は遊んで暮らせるわよねこれっ」


何やら邪な考えをもっておるようじゃが、売ればおそらく、世界樹ムルベンゲを絶対神と崇める神緑教(しんりょくきょう)が付け狙ってくると思うぞい。

魔王の時代でも異世界渡りに対して邪魔ばかりしてきたんじゃ。世界樹の葉っぱなんぞ表に出した日には確実に手を出してくる。

というか、あの風棲(ふうせい)魔人族の長(バカ)が見ているだけなど有り得ぬからの。

それを伝えると何とも言えぬ顔をして、銀斜の灰狼の面々は黙って服の中に首飾りを閉まった。


「と、そろそろ光線も終いのようじゃ。気を引き締めろよ?」


段々と細くなる光線を見ながら、最初に動き出したのは意外にもメイヤじゃった。

新調した剣を手に穴を這い出し、腰ほどの高さが残った土壁に身を隠す。釣られるようにカイエ、ユーハ、オムクも這い出て、フミにはやってほしい事があるのでそれを伝えると、何事か呟いて影の中に溶け込んでいった。


「皆やる気があって結構! リメッタ、ジュジュ達も負けてられんぞい!!」

「あー、あの熱量だと絶対服とか髪の毛焼けちゃうわねーーもう! 女神の底力見せてやるわよ!!」

「うむ! 汗臭く泥臭い女神というのも面白くて良いと思うぞい」

「アマオウ様、私はどうすればよいでしょうか?」

「うむ? セバスチャンはそうじゃの、オニビアケビやここら辺のものを採集しておいてくれんかの?」


汗臭いや泥臭いなどは月の女神三姉妹の次女女神にピッタリの言葉じゃが、今だけはリメッタに当てはめてやるとしよう。セバスチャンはどうしても敵わぬと判断した時よ逃げる要じゃから、今はやる事がない。手が空くのもあれなので採集を頼んでおく。

さて、光線も消えたようじゃ。次はこちらが魂を輝かせる番じゃぞい。


「フミによる撹乱は成功したようじゃの」


凍った土壁を発生させると同時、更地には何本も巨大な土杭を生やしておいた。そこに生まれる影の中を移動できるフミに、光線の終わり直後からホロアを撹乱するよう頼んでおいたが、上手くフミに釣られてくれたようじゃの。


「リメッタ、ユーハとジュジュに重点的に障壁魔法をお願い。オムクは弓に水の属性魔法を纏わせるからホロアの動きを牽制、ジュジュアンはさっきのように土魔法で壁や穴をお願い。可能なら風魔法で攻撃や回避のフォローも」

「さすがはAランク、銀斜の灰狼のリーダーじゃの。的確な指示じゃし従ってやるぞい!!」


そう言って飛び出すジュジュに一拍遅れて、リメッタとユーハが続く。ホロアのほうを見れば翼を広げて赤黒い火球を飛ばしまくっておる。次々と土杭を吹き飛ばしておるので、フミを狙っての事なのじゃろう。

フミも棒剣と呼ばれる投擲用の武器を投げ応戦しておるが、火球の温度は鉄など一瞬で蒸発させるようであまり効果は無いようじゃ。

ジュジュは少なくなった土杭を魔法で増やし、風魔法でユーハとリメッタを追い風をくれてやる。鈍重な壁役のユーハが飛ぶようにホロアへ向かい、その後ろにピタリとくっ付いてメイヤが駆け抜ける。

ホロアも気付いたようでこちらを向き火球を飛ばしてくるが、メイヤ達を追い抜いて飛ぶ矢に射抜かれてしまっておる。

壊された土壁の後ろから、今までからは想像できんほど凛々しい顔のオムクが弓を番えておった。火球では対応できんと思ったのかホロアは翼を閉じ、胴震いすると一気に広げた。恐ろしいまでの量の羽根が高速で放たれ、地面を土杭を削りながらホロアの周囲に撒き散らされた。


「魔力の篭っとらんただの羽根じゃが、硬度は鉄並みじゃのっと!!」


風魔法で直撃する羽根の軌道を変え、変える必要がないものはそのままにしておく。ユーハの大盾が甲高い音を響かせておるがその歩みは止まらず、残り二ティートスの距離まで近づけた。


「アタイはここまでだーーメイヤァ!!」

「分かってーーる!!」


こげ茶の髪をたなびかせてユーハの大盾から飛び出したメイヤに、ホロアはルビーのような瞳を怒りに燃え上がらせ睨みつけ、嘴を大きく開けた。魔力の凝縮と真白い炎が垣間見えた瞬間、ジュジュも風魔法を背に一気に距離を詰める。


「させぬわい!!」


風の塊を嘴の上下に発生させ無理やりに閉じさせる。じゃがホロアも大したもので完全な不意打ちにも関わらず嘴を閉じきれず、開いた隙間から光線と同じ真白い炎が放たれおった。幸いジュジュ達とは見当違いの方向へ飛んでいき、攻撃を潰されたホロアは更に猛り狂い熱気を帯びる。

障壁魔法でも防ぎきれん熱気を、しかしてメイヤは物ともせず剣を上段に構えてホロアの眼前へと飛んだ。

見つめ合うルビーの瞳とこげ茶の瞳。視線の交差は一瞬で、振り下ろされた剣は驚くほど滑らかにホロアの首を切断し、そのままの勢いで地面を強か打ち据えた。


「やっ……た、のか?」


あまりにも呆気なく斬れたホロアの首の切断面を見ながら、半信半疑といった声を出すメイヤ。

うむ、確かに呆気なさすぎるの。炎帝鳥ホロアに感じた魔力量を思えばメイヤの斬撃で斬るのは難しいと思ったんじゃがーーいや、まさか。


「いかん! 離れるんじゃ!?」


ジュジュが叫んだ瞬間、ホロアの身体からブクブクと泡立つ音が発せられる。泡と湯気の沸き立つ様はまさに熱湯を思わせる。


「リメッタ! 障壁魔法を全開で張れ!! カイエは身体強化魔法と一緒に回復魔法を掛け続けるんじゃ!!」


大きかったホロアの身体が更に風船のように膨れ、頭を斬り落とされたというのにクルルルと不気味な鳴き声をあげておる。

ジュジュは籠められるだけの魔力で風魔法を使いユーハとメイヤを後ろに飛ばす。あの穴のところまで行けば何とか無事でいれるはずじゃ。

ジュジュはここで壁を作り続ける。でなければおそらく、更地に居る者全てが吹き飛ばされてしまう。


「ジュジュアン!!!!」


叫ぶメイヤに視線だけを向け、眼前の歪で巨大な球体を睨みつける。フミもしっかり逃げたようじゃの、あれはセバスチャンか? あやつめ、燃えて無くなるかもしれんと採集を最優先するとは頼もしいやつじゃ。


「自爆技なんぞで、こやつらの魂の輝きは消せるとおもうたか!!」


残った魔力の殆どを使って土壁を重ね、氷を纏わせ、風の塊で膜を作る。

そしてーーその時は来た。


「ギィヤアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


どこか勝ち誇ったように聞こえるホロアの声と共に、ジュジュの視界は炎の爆発に塗りつぶされるのじゃったーー


▲▲▲▲▲


「おはは、は……はは」


甲高い耳鳴りと共に乾いた笑い声が、まるで異世界と交信しておるような不自然さでもってジュジュの耳朶を打つ。

何拍か後にそれが自分の声じゃと気づくと同時、赤黒い土埃しか見えぬ視界でギラリと光るものがジュジュの顔を照らしてきた。

遠く耳鳴りの向こうから誰かが呼ぶ声が聞こえ手を伸ばそうとするが、はて、ジュジュは今どのような体勢をしておるのじゃろう?

僅かに戻ってきた感覚に従えば、どうやらジュジュは仰向けに倒れておるようじゃった。

頭上に輝くのは風魔法を纏った照明魔法じゃの。この爆煙では何も見えないからとカイエかリメッタあたりが飛ばしたのかの?


「おは……は、は」


右手をあげれば、手首より先は千切れたように無くなっておった。体内魔力を無理矢理凝縮して使った結果がこれじゃ、人族の身体はやはり脆い。

生暖かくも寒気を感じるという二極の感覚が腹部に纏わり付いており、ジュジュはそれを昔、勇者と対峙した時に体験した事を思い出す。


「おは、ははは! ごぶっ!!」


笑うと更に、腹部に空いた穴から血が溢れ、口から血を吐き出す。

それでもジュジュは、笑うのを止められぬ。止められなかった。


「なん、という。燃えあが、るような魂の輝きじゃろう……仲間の、窮地を前にし、てーー英雄への道を、歩み出したの。メイヤ」

「ジュジュアン!! 今、いくぞおおおお!!!!」


赫灼(かくしゃく)に染まった剣が爆煙を払い、燦然(さんぜん)と輝く光がジュジュへと迫る。声はまだまだ涙声じゃが、ようやっと一歩を踏み出した英雄の手は、程なくしてジュジュの残った左手首をしっかり掴んだ。

ジュジュにしか見えぬ魂の輝きは、今までの比ではない程に力強くメイヤの身体を包んでおった。


「良かった、ジュジュアンーーその怪我!?」

「安心、せい。ジュジュも世界樹の葉飾りを、しておる。あと少し、でーー」


パキン、と小気味良い音が鳴ると、炎帝鳥ホロアの熱波とは違う温かみが身体を覆った。どうやら葉飾りの効果が発動したようで、腹部の穴も手首もみるみる元通りになっていきおる。


「……良かった。本当に、良かったっ」

「メイヤ、泣くのはまだ早いぞい。まずは、この爆煙から出るのが先決じゃ」


放っておけば泣きじゃくりそうなので肩を叩き、まだまだ重い身体を無理矢理起こして歩き出す。メイヤがすかさず肩を貸してくれねばそのまま倒れそうじゃったが、何とか爆煙から脱出すると他の皆が集まってきておった。


「ジュジュアン!! 良かった、無事だったんだな」

「だから言ったでしょカイエ? あれくらいでアマオウがやられるわけないって……けど少しは心配したわ、今度やったら承知しないから」

「あんな大爆発を間近で受けて傷が無いってのは、さすがにタチの悪い冗談にしか思えねえんだがね?」

「いえ、ユーハ殿。手首と腹部が血で汚れています……アマオウ様、世界樹の葉飾りを使いましたね? 使ったんですね?」

「マア、トニカクブジデヨカッタ」

「無事なのは良いとして〜、あれ、ヤバくない?」


銘々喋りかけてくる中、オムクが青い顔をして指差した先では、爆煙が渦を巻いて少しずつ小さくなっておった。まるでそれは、散ったものを纏め上げているかのようである。


「うむ、間違いなくホロアは復活するじゃろうな」

「あんな大爆発をしたのに復活するってのかい!? さすがにデタラメすぎだろう! アタイ達はまだ体力や魔力が残ってるけど、それでもまたあれをやられたら今度こそ終わりだよ」

「さすが、〝四帝獣(よんていじゅう)〟と呼ばれる魔物の一角ね。けれど復活まではまだ時間が掛かるみたいよ、今ならまだ逃げられる……」


サラッと四帝獣とか初耳なワードを聞いたんじゃが、何の事かとセバスチャンに目で問うてみたらプイッと横を向かれてしもうた。

なっ!? まさかそんなに怒る事じゃったのかさっきの!!?

そして逃げるか。確かに、ダメージを与えたら大爆発し復活するというやつを相手にするのは普通誰もが嫌じゃろう。ここで逃げても、別に誰も責めたりはせぬじゃろうて。


「ーーいや、私は逃げない」


しかしじゃ。

そんな普通ばかりに逃げておったら、人の魂は腐り淀んでいってしまう。

立ちはだかる巨大な壁を乗り越えてこそ、その魂は強き意志を持って輝きを増すのじゃから。


「今なら、私はホロアを斬れる気がするんだ。いやーー絶対に斬れる!! だからどうか、私に力を貸してくれないだろうか?」


光の粒子に包まれたメイヤの瞳は、こげ茶から赤へと変じておった。ホロアのルビーを思わせる瞳よりも輝きを湛え、瞳の中で乱反射する光の粒はやがてある形を成していく。

『燃ゆる赤熱の魔眼』ーーかつて火魔法を得意としておった英雄の宿した魔眼が、メイヤの意志に呼応するように炎を吹き上げた。


「魔眼まで会得したかーーまさに此処こそ、英雄に成れるかどうかの分水嶺といったところじゃの。カイエ、ジュジュ達はメイヤに賭けようと思う。殆ど魔力は残っておらんが、ジュジュでもやれる事はまだあるようじゃからの」

「あのね、逃げられるとは言ったけど逃げるとは言ってないでしょ? ーーやってやろうじゃない。英雄の誕生と、銀斜の灰狼が炎帝鳥ホロアを倒しSランクへ昇格する瞬間をあなた達に見せてあげるわっ」


不敵に笑うジュジュと、メイヤと、カイエ。釣られるように周りの皆も笑みを浮かべ、爆煙渦巻く中心に各々の武器の切っ先を向けた。


「湧き上がるような力とか、燃える魔眼とかまだ全然扱えてない私は戦力になるか分からない……だから私が先陣を切るので、後は皆で一気にーー」

「おいおい違うだろメイヤ? あんたの前にはアタイが居るもんだぜ!」

「大丈夫、あなたならきっと出来る。お姉ちゃんはあなたを信じてるから」

「火球や光線は気にしないでいいからね〜。オムクの弓が全部射抜いてやる!」

「オムクガウチモラシタモノハ、カゲノナカカラワタシガタイショスル。メイヤハ、マエダケヲミテレバイイ!」


メイヤの輝きが、銀斜の灰狼の皆に乗り移ったかのようじゃった。皆が皆互いを信じ、勝利を願い、意志を合わせる。

自分だけでは超えられない限界という名の壁を、皆の力で超えていこうと足掻いておる。


「……まるで、イラリア達を見ているようじゃの」


ポツリと呟かれたジュジュの言葉は轟々と舞う熱風にかき消され、誰の耳にも届かんかったじゃろう。

それで良い、こんな感傷は風に流されるほうが良い。

ジュジュの目の前にいるのは過去に生きたイラリア達勇者パーティではなく、現代に生きる銀斜の灰狼と英雄に成りえるメイヤなのじゃからの。


「メイヤよ。今のおぬしにピッタリの物を渡してやるからちょっとこっちに来るんじゃ」


今から世界を救いに行きそうなくらい盛り上がっているところ悪いが、メイヤをこちらへと呼び出す。

魔眼から時折吹き出る火の粉を煩そうに払いながらメイヤはジュジュの元に来て、今更何を渡すつもりだと頭上に疑問符を浮かべておった。

それを見て、ジュジュは堪らず「おははは」と笑う。


「英雄には聖剣が付きものじゃと、おぬしはそう思わんかの?」


そうしてジュジュは、収納袋からある武器を取り出したーー


▲▲▲▲▲

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