第16話
店内に入ると、それは思っていた以上に綺麗な内装をしておった。
昔を知る身としては、剥き出しの床板に飛び出したままの釘、所々に穴の開いた樽に無造作に立てかけられた武器、埃をかぶって長い事触られた様子のない鎧などが広がっておると思っておったので少々面食らったわい。
ギルドと似た滑らかな壁や天井は薄いベージュ色で統一され、天井ではシーリングファンが回っておる。
店内で流れる音楽は、音を記憶する魔道具でなくジュジュが異世界に渡った時に見つけ、ここの店主にプレゼントしたレコードから流れてきておるようじゃった。
「何か、明らかに別の店になってしまっとる感じなのじゃが……え、店間違ってないかの?」
「合っておりますよ。ただ六百年の間に店主が交代し、息子さんが大規模な方針転換をしたようですが」
「そうか、店主が変わったのか……」
考えてみれば無理もないよの。寿命が千年の魔人族からしたら六百年六十六年は折り返しを過ぎる年数じゃ。
ジュジュがここの店主ーーリングドーヴと出会ったのは奴が四百歳を超えたあたり。普通に考えれば生きてはおるまいよ。
「この店に来てリングドーヴのお小言を聞けぬというのは、何やら寂しいものがあるの」
「アマオウ……」
リメッタが気遣わしげな目をするが、じゃからと言ってジュジュは転生の年数を変える事は出来んじゃった。
どうしようもなかったすれ違いと思うしかないじゃろう。
「せっかくあやつが好きな羊羹を持ってきたというのにの〜。というかこの店、店員が誰もおらんではないか? 不用心にも程があるぞい」
「ーーほほほ、この店は幻惑魔法と障壁魔法を掛けておりますれば。事前予約で渡されるこの半紙を持たない者は、そもそもたどり着く事すら出来ません」
店の奥に通じる扉が音もなく開くと同時、どこかホッとするような声がジュジュの耳へと届く。
その声は聞いた事があるような、じゃが違うような少しの寂寥感(せきりょうかん)を覚えてそちらを向くと、立っていたのは土棲魔人族の男じゃった。
背はジュジュより少し低いくらいで、髪は無く眉毛と髭が異様に長い。手足は身長に比べて太く短く、いかにも肉体労働が得意といった見てくれをしておった。
格好はポケットが多数付いたツナギじゃが、殆ど汚れておらず新品のようじゃった。
目元を隠すほどの眉毛の隙間から覗く瞳は肌と同じこげ茶をしており、じゃが今はその目は好々爺然(こうこうやぜん)と細められておった。
「おぬしは?」
「覚えておりませぬか? まあ無理もない、六百年前は私もまだ赤ん坊でしたから。改めまして、お久しゅうございますアマオウ様。私がリングドーヴ&キュローの武具鍛治店二代目店主、リングドーヴの息子キュローでございます」
深々とお辞儀をするに至って、ジュジュもそこでようやく思い出す事ができた。
確かにリングドーヴにはまだ赤ん坊の息子がおり、何度か顔を見せてもらっておったの。
名前までは覚えておらなんだが、そうか。キュローという名前じゃったか。
「そうかそうか! あの小さかった赤ん坊がこんなに大きくなるとはのー!!」
「ほほ、アマオウ様より私のほうが年上というのも何か変な感じがしますね。つい先ほど連絡があった時は心臓が飛び出るかと思いましたが、以前セバスチャン様に半紙を渡していて良かったです。立ち話もなんなので、どうぞ奥にいらしてください」
キュローに言われるがまま奥の扉をくぐると、その先はだだっ広い鍾乳洞じゃった。どうやら空間魔法を掛けてあったようじゃの。扉から下へ続く木製の足場を降(くだ)り、スイートドラゴンのダイフクが三匹寝転んでも大丈夫なほどの空間に出る。
隅っこには製錬するための巨大な炉と作業台があり、地下水を引き入れて貯める窪みもある。近くには無造作に剣や槍が置いてあるが、一目見れば店内の商品より品質が良いとすぐ理解できた。
どうやらここが鍛治場兼『魔王軍用武具』を保管しておく場所のようじゃの。
「リングドーヴに案内された時はもっと狭い洞窟じゃったと思うんじゃが」
「それは私が生まれて数年まででしたね。人族との戦争後半の頃に洞窟から火竜の渓谷へと鍛冶場は移りました。ただそこだと武具への属性付与が火属性ばかりになりましての……。良質な火は火竜に頼めばすぐ貰えたんですが、さすがに火属性だけの武具ではお客は満足してくれず、またあそこで作った武具はとにかく〝物保ちが良くて〟……つまるところ」
言わんとしている事が分かり、キュローの台詞の残りはジュジュが引き継いで喋った。
「ただでさえ買うお客も少ないのに、物が壊れなければ買い替える事もない、と」
「さすがのご慧眼(けいがん)です」
「これくらい誰でも分かるじゃろ、しかしメンテナンスくらいは来るじゃろ? それを買った店以外に頼むのはさすがにないと思うがの」
「火竜の渓谷で作った武器は火属性の他に、ほぼ100%の確立で自己修復機能が付きました……」
「それはまあ、何といえばいいやら」
じゃがリングドーヴの事を思い出してみるが、息子にこうまで言わせるほど偏屈じゃったかとジュジュは首をひねる。魔王軍に武具を納品しておった時は普通の物ばかりじゃった気がするのじゃが。
セバスチャンに聞いてみたところ、「アマオウ様は覚えていらっしゃらないようですが」と前置きされた。
「あれはアマオウ様が勇者にマミられ……失敬。首を落とされる数十年前の事です。人族との戦争が激しくなってきたのでリングドーヴ氏に武具の追加注文をする際、火属性の付与された剣を見てアマオウ様がこう仰りましたーー〝この良質な火属性の武器があれば戦争もずっと楽になるだろう〟ーーと」
「……そんな事言ったかの、ジュジュ」
「確か一週間ほど徹夜が続いていた後の事だったかと。それを言われたリングドーヴ氏は感動のあまり咽び泣き、ならばと火竜と壮絶な死闘を繰り広げ鍛冶場をそこに移し、以降は戦争が終わるまで、また戦争が終わっても火属性の武具を作り続けたようでございます」
「私も父の下で修業をしてましたが、火属性の武具しか作れないのは駄目だろうと何度も言ったのです……ですが父は〝魔王様が火属性の武具をお求めになったのだ! 在庫はいくら打っても足りんくらいだ!!〟と聞いてくれず、結局ハンマーを握れなくなるまで鍛冶場は火竜の渓谷にありました。またその間魔王軍以外に武具を売らなかったので、私の代になってお客の新規開拓するのにものすごく苦労をしましての……」
「すまん! ただただすまん!!」
ジュジュが謝るとキュローは慌ててそれを制してくる。が、やはりどう考えても無駄な苦労をさせてしまってるみたいじゃしの……だいたいリングドーヴもそこまで極端にならんでもいいじゃろうに。
ジュジュが更に頭も下げねばならぬかと前に出ようとした時ーー「ちょっと待ってくれええ!!」と腹の底まで響く胴間声(どうまごえ)が鍾乳洞内をつんざき、ジュジュの足元へ砂埃を上げて『何か』がタックルしてきおった。
ーーいや違う、これはスライディング土下座じゃ!!?
「魔王様に謝られたらオレはもう生きていけねええ!! 元々はオレがあまりにも優秀な物を作ってしまったせいなんだから、どうか魔王様は謝らねえでくれええええ!! オレが優秀だからいけないんだああ!!?」
「なんじゃこの謝っとるのか自慢しとるのか分からん事を喚く物体は!?」
「あ、私の父です。身体は寿命を迎えたので霊体化して人造人間(ホムンクルス)に取り憑いています」
「聞いといてなんじゃが何となく分かってたぞい!! というかおぬし!!」
目の前で土下座をしておる、どう見ても『石を人の形にくっ付けただけ』のモノにビシッと指をさして一言。
「ーーもう死んでるじゃん!!!?」
▲▲▲▲▲
「大丈夫? とりあえずおっぱ……肩でも揉む?」
「リメッタよ。何を言いかけたか分からぬが、くだらぬ事を言うならこっそり晩ご飯をジュジュお手製のものと交換するからの」
ただでさえツッコミに疲れておるのにこれ以上手間を増やすなと思う。というより今は、目の前にうず高く積まれた武具の山を未だどこからか持ってきておる、下手すればスキップしそうな人造人間(ホムンクルス)をどうにかせねば。
「リングドーヴ、一応聞くのじゃがこの武具の山はなんじゃ?」
「へい! 魔王、じゃなかったアマオウ様が褒めてくだすった火属性の武具になります!! まだまだ倉庫に入ってますんでしばしお待ちくだせえ!!」
「まだあるのかこれ」
呼び方を魔王からアマオウに変えさせたが、その武具達は見れば今の時点で百品は超えておる。まだまだがどれくらいから検討もつかぬが、恐らく六百年以上は作り続けていた事になるから……いかん脳が途中で考えるのを放棄しおった。
剣、斧、弓、籠手、鎧、兜、盾などなど。
しかも全部がちょっと赤く光っておるから、鍾乳洞内もジュジュ達も真っ赤な明かりに照らされておる。
その内に火が付いて盛大なキャンプファイヤーとかにならぬじゃろうな……
「すまぬがリングドーヴよ。武具はこれで充分じゃ」
「なんだって!? ま、まだ作り置きした分の四十分の一しか見せてませんぞ!!?」
(さすがに作り過ぎじゃろ!!!?)
とは、口が裂けても言えん。元はと言えばジュジュが安易に褒めそやしたせいもあるんじゃし……いや、乗りやすいリングドーヴも多分悪いよの。
あれ、実はジュジュそんなに悪くなくない?
「違うそういう事じゃないんじゃ」
自分の考えに一人ツッコミをして気を切り替えると、両手いっぱいに武具を抱えて右往左往しておる人造人間(ホムンクルス)ーーリングドーヴを見据える。
「リングドーヴよ、まずはお互い会えた事を言祝ごうぞ。またこれまでの武具製作の任をよくやり遂げてくれた。感謝するぞい」
「そ、そんなアマオウ様!! オレはただ求められるまま武具を作っただけですぜ!! 戦争も終わってアマオウ様も居なくなってからは〝何でまだオレ作ってるんだろう?〟とか考えたりもしたけど、三百年を過ぎた頃からどうでも良くなったんでそのまま続けてましたが」
(その時に止めてて良かったんじゃがのー!!)
「……けれどやめずに、作り過ぎて良かったと思えました。お褒め頂きありがとうございやす、アマオウ様」
そう言って手に持っていた武具を無造作に放り捨てながら、まっ平らなのにどこか笑った風に見えるリングドーヴの顔(の辺りの石)に、ジュジュがこれでもかと渋面を作って相対した。
「うむ、まあそのなんじゃ……というか武具は要らないから、ちょっと今から別のを作ってくれんかの?」
その時リングドーヴの頭に位置する石が、音を立ててヒビが入る瞬間をジュジュは当分忘れられんじゃろうーー
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