第15話

「うむむむむ〜ん」

「おはようーーって、なに? この所狭しと置かれたお菓子は?」

「おはようございます、リメッタ様。といってももうお昼近いですが」


イラリアトム王国の王、カレアとブルーベリープリンを楽しんだ日から二日後。

スイートドラゴンのダイフクの背に『生える』小屋の中、魔法によってこれでもかと広げられた空間には牧場や農地の他に、古城も建てられておる。

そんな古いなりも手入れの行き届いた古城の調理場で、ジュジュは眉をひそめながら唸っておった。

昼近くというのに今頃起きてきたリメッターー月の女神三姉妹の三女であるこやつは、陽光を浴びて透き通るように輝く長い銀髪を掻き分けながら、その深緑の瞳で調理台の上にあるお菓子を見、ついと手を伸ばす。


「ダメですよリメッタ様ーー太りますから。あとパジャマのまま出歩くのは淑女としていかがなものかと」

「ぐっ……朝からこんな精神に良くないものを作らないでくれる? それに私の事女神として扱ってないやつしか居ないのに着飾っても意味ないでしょ」


その手をやんわり、しかししっかりと抑えたのはジュジュの一番信頼しておる部下じゃ。

燕尾服を着て短い黒髪は整髪料で程よく整えられ、無表情ながら真紅の瞳は穏やかに細められておる。

そんな二人を尻目に、ジュジュは今朝何度目になるか分からない溜息を吐いた。


「まさか本当に、ジュジュのお菓子で〝ステータスが上がる〟とはの……」


小麦を使ったお菓子としてチュロスとドーナツ。

果物は林檎のコンポートとバナナのキャラメリゼ。

生クリームや牛乳はクレームブリュレとバニラアイス。

チョコレートは前回作った要領のものを型取りして冷蔵庫で冷やし板チョコに。

豆類は小豆を使って羊羹を作ってみたのじゃが……まさかここまでとは。


「クリーム、おぬしの魔眼で見たステータス変化はちゃんと記録したかの?」

「ばっちりニャよアマオウ様。クリームも伊達に我が主、大神アンドムイゥバ様の御使いじゃないニャ」


調理台の隅で浮遊しながら胸を張るのは、天使の羽を生やした二股の白猫じゃ。開いてるのか閉じてるのか分からん目をしており、水晶で出来た王冠を被った様はなかなかにキュートじゃったりする。

これで何百年も地上で生きておる大神アンドムイゥバの御使いというのじゃから世の中分からんものじゃ。


「見せてくれるかの?」


魔法で紙にペンを走らせていたが、ジュジュの言葉を聞いてこちらに飛ばしてくる。それを受け取って中を読んで、また溜息が一つ。


「使う食材によってどのステータスが上がるか何となく分かったが、一番の問題はやはり上がる数値に上限がない事じゃな」

「上限?」


セバスチャンが用意したであろう紅茶を飲みながら、リメッタが疑問符を投げてくる。


「今のところジュジュのレベルが低いから、食べてどのくらい上がるか分かりやすいので実験しとるのじゃが……同じお菓子なら三回までは上がるようなのじゃ。そしてなんと、少しでも違う料理でまた上げる事が可能というわけじゃ」

「例えばどんな感じなの?」

「そうじゃの。例えばこのチュロス、スペインのお菓子じゃが材料は小麦粉と砂糖と水くらいのものじゃ。星型の押し機で成型してから揚げた後シナモンなど付けたりもするがの。それと材料はほとんど同じのドーナツ、この二つで計六回ステータスの向上が可能じゃった」

「ふーん、けどイラリアトム王が言ってたように、上昇率はそんなに高くないんでしょう?」

「上昇する数値は乱数ですが、どうやら最大で5まで上がるようです。仮に三回食べて5ずつ上がれば15、素手の人族が鉄の剣を装備するのと同程度です。そしてこれが一番の問題ですが、ステータスの数値は999などカンストという概念がなく、どこまでも上げ続けられるという事です」


それが分かったのはセバスチャンにお菓子を食べてもらった時じゃ。レベルやステータスの数値が100万を超えていたのも驚いたが、それがお菓子を食べただけで上がる様も中々異様じゃったわい。


「……ヤバいわね、それ」

「じゃからそう言うておる」


今回の実験で分かった事として、穀物類は体力。乳製品は魔力。果物は耐性力。豆類は素早さ、チョコレートは何と経験値を与えるようでレベルが上がった。

砂糖やシナモンなど調味料単体はステータスの向上は無く、じゃがおそらく生クリームや小麦粉などを同時に使うお菓子は複数のステータスが上がるじゃろう。

レベルを上げるチョコレートなど、レベルを上げるのに伸び悩んでおる者からしたら破格の効果といえよう。

幸いなのか分からぬが、このステータスが上がる効果はお菓子だけのようで、今朝作って食べたオムレツでは上がらんかった。

……甘くないお菓子も存在するんじゃが、お菓子と料理の線引きはどのようなものか想像が付かんがの。


「やはり世界のルールが変わった時の影響なんじゃろうな」

「恐れながらアマオウ様。お菓子でステータスが向上するという話を私は聞いた事がありません」

「クリームも無いニャ。主もそんな話はしなかったし、完全に想定外ニャよこれは」

「「「…………」」」

「そんな二人プラス一匹で見ないでくれる? 私だってさすがにお菓子を食べたらパワーアップなんてチート、お父様に頼まないわよ。私が見たいのはJRPGであってチートの容認された異世界転生じゃないし」

「おぬしたまにセバスチャンみたいな事を言うの?」


そういえばこの二人、意外と一緒に居る事が多いよの。ジュジュが転生するまでの六百年の間も連絡を取っていたようじゃしーーまさか!!


「おぬしらまさか付きーー」

「あなたそれ以上言ったら月の女神の真名解放してこの辺り焦土にするわよ?」


据わった目つきで言ってきたリメッタに「冗談じゃ」と手を振り、さて、それでどうしたものか。

お菓子を食べさせる相手を選べばいいんじゃろうが、人によって食べさせるか否か決めるなどジュジュのプライドが許さん。

美味しいお菓子を食べるチャンスは、万人にとって平等になくてはいかんのじゃ。


「ほんとはすぐに食挑者として活動したかったんじゃが、先に〝あの男〟に会いに行かねばならんようじゃの〜」

「となると向かう先は、マグィネ霊山の麓にある鍛治職人の聖地……」

「さすがセバスチャン、よく分かったの。魔界に住まず、魔族の中で人族と交流を持つ数少ない土棲(どせい)魔人族の街ーー〝マグィネカルト〟に向かうぞい」


▲▲▲▲▲


魔族とは魔に連なるモノの総称で、魔人族や魔物、魔獣などが含まれておる。

また魔王は魔界全土を統治する役目を担っておるが、それは魔界に限った話じゃ。

魔界に住んでいない魔族は管轄外じゃし、今から向かうマグィネカルトはまさに管轄外の魔族が作り上げた街じゃったりする。

ダイフクに指示を出して空を駆ける事数十分。ジュジュ達は鍛治職人の聖地、マグィネカルトに無事たどり着いた。


「相変わらず、物売りが、ものすごい熱気を、出しておるの!」

「これ、全然前に、進めないんだけど!!」


ーーマグィネカルトはマグィネ霊山と呼ばれる山を背にあり、街の周りは断崖が囲んでおる。ジュジュが魔王の頃はそこに溶岩が流れ、火耐性の強いモノはよく休日に泳ぎに行っておったの。

今は溶岩は無くなり、誰でも渡れるよう巨大な石橋が掛けられてあった。

ジュジュの食挑者証(しょくとうしゃしょう)とセバスチャンの冒険者証(そういえばいつの間にか冒険者試験に合格しておった)を見せ、リメッタの分だけ通行料を払い街に入る。

入ってすぐの大通りにはーー人がごった返しておった。

もみくちゃになりながら何とか進もうとするのじゃが、人の波は次から次へと押し寄せてまったく進めない。

祭りの時期でもないじゃろうに、何なんじゃこの異常な人混みは!!

そしてそんな人混みに負けず露店や店先で声を張り上げる商売人、相変わらず昔から変わらんのこの街は!!


「アマオウ様、リメッタ様、一本路地に入れば人混みも落ち着きますのでもう少しの辛抱です」

「もう無理ー!! アマオウ! 焼き払いなさい私が許す!!」

「するか馬鹿たれ!! 今は口より足を動かすんじゃ!!」


数分後何とか路地に入って人心地つくと、改めて目的の場所へと歩き出す。

大通りから一本ズレただけじゃが人の通りはまばらになり、ようやっと周りを見る余裕ができたの。


「六百年前とそう変わっておらんの〜。それほど経てば技術などは発展して、異世界のように科学技術なども進化しておると思ったのに」

「こちらの世界は昔から魔法がありますので、科学技術はあまり重要視されておりません。それにレベルやスキルが出てきたのも世界の技術発展が妨げられた要因かと」

「こちらでは物に頼らずとも人の身で強くなれる。魔法は努力すれば地形を変え、天候を操り、空も飛べる。じゃが万人がそこまでたどり着けるわけではない。列車とか飛行機があればだいぶ楽じゃと思うんじゃがの」

「アマオウ様ーー実は」

「……まさか?」

「はい。飛行機は未だ大型は作られておりませんが複葉機が。列車は人族の領土を横断する大陸横断列車がございます」

「おお!! それはいつか乗ってみたいのう!!」


飛ぼうと思えば飛行魔法を使えばいいし、移動したければ転移魔法がある。じゃがそうじゃない、そうじゃないんじゃよの!!


「そんなの乗らずに魔法使えばいいじゃない……」

「おぬしは異世界でシンカンセンやジャンボジェットを見てないから分からんのじゃ。あれはこう、男心をくすぐるものがあるのじゃよ!! ーーうむ、喋っておったら着いたようじゃな」


そうしてジュジュ達三人が止まったのは、ある一軒の古ぼけた店の前。

『リングドーヴ&キュローの武具鍛治店』と特殊な金属で出来た看板は錆びることなく掲げてある。

六百年前と変わらずある佇まいに目を細めながら、ジュジュはくるりと後ろを振り返って言った。


「ーーゆくぞ者共。ここが知る人ぞ知る名店、〝魔王軍御用達の武具鍛治店〟じゃぞい」


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