第14話

〜セバスチャンside〜


「ふう」


長々と書きものをしていた顔を上げ、目頭を押さえながら私は伸びをする。

ここはスイートドラゴンのダイフクの背に生える小屋、その内部だ。小屋は入ってすぐ居間兼台所があり、その奥に扉が一つある。

そこを開ければ広大な牧場、農地、森や湖などありとあらゆるものを揃えている。

湖の隣には古城も建て、その部屋を自室として使っていた。

アマオウ様にはもちろん城で一番眺めの良い部屋を。リメッタ様は一応女神なので、その真下の部屋に入ってもらっている。

これからどのような旅をするのか分からないが、もし仲間を増やすのなら住居は余裕をもって用意しておかなければならない。

現時点で農地や牧場の管理などに数十人の魔人が住んでいるが、数百人規模で増えても御しきれる自信が私にはあった。


「なぜならば! やっとアマオウ様と共に旅ができるのだから頑張れるというもの!!」


はっ! いかんいかん思わず声を大にして叫んでしまった。

私は冷静沈着な執事、あくまで執事、クールなナイス執事ーーよし、大丈夫だ。

コンコン。私の息が整うのを見計らったかのように控えめなノックの音が鳴った。


「納豆には?」

「ネギ入れるほう」

「なにを言う?」

「はやみゆう」

「出発進行?」

「……ナスのおしんこ。ってこの合言葉長いのよ!! 三つもいるかしら!!?」


怒りながら入ってきたのは月の女神三姉妹の末っ子、リメッタ様だ。私としては会心の出来の合言葉なのだが、何が不満だというのだろうか。


「誰が訪ねてきたか分からず、もしアマオウ様が来られた時、瞬時に隠せないではないですか」

「まあ、あなたの部屋って控えめに言ってもーーオタクだものね」


アマオウ様が特に好んで行かれていた地球という異世界にニッポンという地域がある。アマオウ様はオウシュウのチチュウカイなどによく行かれていたので知らないが、ニッポンはアニメという娯楽番組がとても人気なのだ。

かくいう私も魅せられた一人、部屋の壁にはポスターやサイン色紙、フィギュアに関連書籍など宝の山が置かれている。

女性はこういった趣味に傾倒した者を嫌悪するらしいが、リメッタ様は腰まである銀髪を揺らしながら近づき、深緑の瞳を悩ましげに細めながら、棚に収納されたアニメのBDを物色しはじめた。

前回貸していた螺旋の力で戦うロボットアニメの続きを探しているようだ。


「リメッタ様ーー順調に毒されていて良い傾向です」

「九割くらいはあなたのせいだけどね。アマオウが居なくなって暇すぎたからといって、あの時最初に話しかけたのは間違いだったかもしれないわ」

「ご冗談を、充分楽しんでいるように見えますよ?」

「……否定はしないけど。それよりあなたは何をしてたの? この時間はいつもアマオウにベッタリなのに」


こちらに視線を移した時、机の上にあるノートに気がついたのだろう。リメッタ様が目で促してきたので、私はそれを手に持って見えるようにした。


「日記ですよ。アマオウ様が転生されたら付けようと思っていたのです。アマオウ様は牧場や農地の視察に向かわれました。案内は管理の者達に任せてあります」

「へえ、何だか意外ね。なかなか普通の趣味じゃない」

「ショタ化したアマオウ様のすね毛すら生えていない肢体は映像と脳内に焼き付けていますので後は文章で存分に舐め回すいやいや、後世に残さなくてはいけませんから」

「普通じゃないわねむしろ異常だわこれ」


ドン引きした顔の絶世の美少女というのも、私の愛するニッポンでは掃いて捨てるほど有り触れたシチュだ。今更そんなもので私は萌えない!!

と、「ん、映像?」とリメッタ様が訝しげな顔でこちらを睨んでくる。

その深緑の瞳にはありありと興味の色が見て取れた。


「観てみますか? ーータタタタンタターン。ビ〜デ〜オ〜カ〜メ〜ラ〜」

「無表情で初代猫型ロボット声優の真似をするのやめなさい怖い!!」


ちょっとしたお茶目なのだが、やはりまだまだニッポンの聖地にいる諸先輩方の域には到達できないようだ。

ふむ、頑張らねば。


「今とてつもなくどうでもいい決意を固めた気がするんだけど……」

「気のせいですよ、それではテレビに流しましょう」


聖地で買った薄型テレビに繋いで映像を流す。今流しているのは幻影城での一幕だ。


「あなた、あの場面でビデオカメラ回してたの……え、馬鹿じゃないの?」

「お褒めに預かり光栄です」

「褒めてない褒めてない」


それでも食い入るように観ているリメッタ様は、私とはまた違う形でアマオウ様に魅せられたお一人なのだろう。

あのお方の呪縛は神をも超える。本当に、私のような者すら魅力してしまうのだから、とんでもない……


「イラリアトム王国ねーーセバスチャン、〝あの事〟、まだアマオウには教えないつもり?」


リメッタ様の声には、先ほどまでと違い、ひり付くような真剣さが窺えた。

あの事……それは図らずも私が日記に書こうか迷い止めた事でもある。


ーー勇者イラリアと、仲間のその後。


「この国を転生先の国に選んだのはアマオウよ。色々思うところはあっての事だろうけど……今黙っていたって、世界を回ればいつか知る事になるはずよ。勇者イラリアが魔王を倒してどうなったのか……〝人族からどんな事をされたのか〟」

「……分かっておりますよ。ですがアマオウ様はまだ記憶が戻って日が浅い。それにどうやら、転生前の十二年という月日が思った以上に染み付いているご様子です」

「ああ、確かに昔と比べて言動とか行動が子供よね。年相応ともいえるんだろうけどーーいいわ。あなたがそこら辺をきちんと考えてるのなら、私から言う事は何も無い。じゃあこれ、借りていくわね」


いつの間にか手には続きのBDが握られており、リメッタ様は身軽な動きで扉まで歩くと、最後にちらりと私のほうを向いた。


「私は当時どちらかの味方ではなかったし、人族も魔族も感慨なんて無いけれど……勇者がやられた事を考えると、私でも居たたまれないわ。どんな形でも傷付けてしまうんだから、あまり後悔のないようにしなさいよ」

「女神のご注進痛み入ります。では私からも少しだけ……今朝のハニーシュガートースト生クリーム添えを合わせて、リメッタ様が食べたアマオウ様の料理は六品。つまり六ゾンの体重増加になりますーーダイエット器具、通販で取り寄せましょうか?」

「やめて!? 現実なんて知りたくない!!?」


絶叫するように言って扉を力一杯閉め、リメッタ様は叫びながら走り去っていった。

ふむ、しかし女神が太っていては格好が付かないのは事実。本当にダイエット器具を検討せねばならないかもしれない。


「……本当に、どれだけ力があってもままならない事が多く困ってしまいますね」


人族として転生したアマオウ様が、人の業をどれだけ受け入れられるのか。それとも前世のように修羅の道へと至ってしまうのか。

私は結局、それを昔のように隣で見ているしか出来ないのだろうなと自嘲する。


《ーーおははは! 良い王を持ったようじゃな!! じゃが王よ、貴様にもあるようにジュジュにも許せぬラインというものがある》


流しっぱなしだった映像のアマオウ様の声は、力強くも痛々しい幼子の声に聞こえてならなかったーー


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