第13話
「まずはブルーベリーじゃな。これは小屋の中で育てているものを収穫し乾燥保存させていたのでそれを使うぞい。ベリー系はジャムとして有能じゃからあと三種類は作っておるが今回はこれだけにしとこう。あとブルーベリーが目に良いと言われておるが、学術的根拠はないそうじゃ。まあ食べて美味しければ何でも良いと思うがのジュジュは」
食挑者試験で使った簡易キッチン、あれはダイフクの小屋の中にもいくつか置いてある。それと必要な材料を魔王城謹製の収納袋でセバスチャンに持ってこさせ、ジュジュはバーの真ん中で調理を始めようとしておった。
と、カレアが呆けた顔でこちらを見ておる。その顔にはありありと『何を始めるつもりだ』と書かれておるが、うむ、アマオウという呼び名を知っていておるのにジュジュの本質を知らんなこやつ?
「アマオウはお菓子作り好きとは知らなんだか?」
「い、いやそれは文献にも書かれていたから知ってるが……それ以外の所業が人知を超えたものばかりだからそっちばかり覚えていてね。だけど君のお菓子は神族さえ魅了したと聞いている。僕が食べてもいいのかい?」
恐る恐る聞いてくる様子に、ジュジュは思わず笑い声をあげてしまった。
「いかんいかん、今は夜遅いんじゃったわ。それにしても食べてもいいのかーーか。答えはもちろん大丈夫じゃよ。そっちの護衛二人の分も作ってやるから、まあ待っておれ」
まだ唖然としているカレア達を置いて、ジュジュは調理に戻る事にする。
「乾燥ブルーベリーは水と砂糖と一緒に鍋にいれ、粗めに潰してペースト状にしておく。次にボウルに牛乳と砂糖を入れ、オーブンレンジに入れて一分加熱する。砂糖が溶ければ大丈夫じゃ。別のボウルで卵を混ぜ、網目の細かいザルで濾してバニラビーンズを加える。このバニラビーンズ、ジュジュが魔王時代に異世界から持ってきて育てた品種での。ジュジュのお気に入りの材料の一つなんじゃよ」
黒い小枝のようなそれを鼻に近づけると、甘く複雑な匂いが頭を突き抜けるようじゃ。
ちらりとカレアのほうを見ればどうやら異世界のオーブンレンジや冷蔵庫が気になるようで、そちらにしきりに気にしておる。
魔石で使えるように改良すればこちらにも持ってこれるが、あまり異世界の技術を広めるのも何だかなと思うしの〜。何か言ってきたらその時にまた考えようかの。
「オーブンレンジで加熱した牛乳が冷えたら先ほどの卵と混ぜ、ああ、バニラビーンズはもう取り出してもよい。それを耐熱ガラスの容器に移す。移す前に底にブルーベリーのペーストを入れるのを忘れずににな。ここには七人おるが、余裕を持って十個作っておこうかの」
幽体魔人族のガンダダンは物を食べる事を必要とせぬが、生物に取り憑いた時に食べた感動が忘れられんようじゃ。特にプリンとの出会いは『運命の相手』とまで言っておったし、今も見ておると土気色の顔に並々ならぬ期待をのせてこっちを見ておるわい。
「そういえばガンダダン、まったく聞かされておらんかったのじゃがなぜ謁見の間におぬしはおったんじゃ? というかおぬし、勇者に倒されておらなんだか?」
「幽体魔人族は実態を持たない代わりにその身を分割させる事ができます。勇者イラリアに倒された時、何らかの魔法で分けた分身も消滅しましたが一つだけ残ったものがありましたーーアマオウ様がお戯れに作った幽体包丁です」
「ああ、そういえば幽体系の魔獣や素材も使いたかったからそのようなものを作ったの。取り憑かせたのはおぬしの一部じゃったと思うが、そうか。幽体包丁は城で最も厳重な金庫に入れておったからの。魔法の影響もなかったんじゃろーー良かったわい」
底の浅い鍋に水を張り、沸騰したらキッチンペーパーを入れて沸騰の衝撃を弱める。一旦火を止めガラス容器に入れたプリンを乗せ、弱火を付ける。
これで十分ほど熱し、火を消し予熱で一分ほど放置して固める事にする。
「ありがたきお言葉です……そして長い時間をかけて復活した私ですが、その時にはもうアマオウ様はこの世におらず、魔王城も殆どのモノは居なくっていました。ちょうどその時に、アマオウ様の調理器具を取りに来たセバスチャン様と出会い、なんやかんや幻影城の謁見の間に鎮座する流れとなりました」
「最後の大事なほう端折りすぎじゃの……カレアはあの巨大な鎧の事、何か聞いておらんかったのか? 装甲兵長ガンダダンの事が記述されていたなら、巨大な鎧には注意すると思うのじゃが」
「さすがに六百年以上も昔のモノが残ってるなんて、人族には考えもつかないね。それにあの鎧は、王家の文献では勇者が着ていた鎧と言われていたから……」
「……あんな大きな鎧をか?」
「……実は幻の巨人族の末裔だったとか、魔法で巨大化して着てたとか色々な説はあるよ。けどいつ頃着ていたとか、何でそれが新品同様で残ってるんだとか疑問もあったはあった。勇者所縁の品、これだけで王家も人族も真偽を確かめず目の色変えて飛びつくから困ったものだよね。はははは」
どこか乾いた笑い声じゃ。それもそうじゃろう、勇者所縁の品と思われていたものが、実は魔王軍幹部そのものじゃったのじゃし。しかも話の限りでは何百年もあの場所にあったようじゃが、ガンダダンもよく微動だにせず耐えられておったの。
あの時ーー首を落としお菓子屋フラウマールへの奉仕をすれば許すと言った後、ガンダダンに気付いていたジュジュは名を呼んだ。
律儀なものでそれまで魔力の気配すら見せなかった巨大な鎧は一気に膜に覆われ、歓喜するようにその身を立ち上がらせた。
鎧兜の眼窩には意思あるモノの灯が点いて、傅く様は昔を彷彿とさせたの〜。
まあ多少なりともビビらせる為に天井の破壊を命じたが、あそこまで綺麗に吹き飛ぶとは……お陰で幻影城としての機能が一部破壊され、頂点のない不恰好な城を晒す羽目になっとる。
財政を圧迫した魔石ももう必要じゃないんじゃし、逆に感謝してほしいくらいじゃな!!
「あ、けど城の修繕費は出してもらうからねアマオウ? それとこれとは話は別だろ?」
「うっ……近々魔王城に戻って宝物庫を覗いてくるわい。ガンダダンが動くと何かこう、大きな建物とか壊したくなるんじゃよの」
「男としては賛同できる意見だけど、やられたほうはたまったものじゃないからね?」
そんな話をしておる内にプリンもある程度固まったので冷蔵庫入れ、その間にホイップクリームを作っておく。
冷えたプリンを取り出し、上にクリーム、乾燥させたブルーベリーを載せれば完成じゃ。
「よし完成じゃ。〝ブルーベリーソースのなめらかプリン〟、こんな感じじゃろ」
セバスチャンに言うてスプーンと一緒に配らせ、ジュジュもテーブルに着く。ではいただくとしようかの。
「金眼鶏や魔界牛って無害な魔獣のようなものだからか、普通のものと比べて濃厚なのよね〜。ブルーベリーソースの甘酸っぱさや、あえて残した実もアクセントになって、これなら何個でも食べられそう」
「あまり食べるとまたお太りになりますよ? とても美味しゅうございましたアマオウ様。食後のお口に合う茶葉を見繕ってまいります」
この二人は思っとる感じの反応じゃったが、さて他の者達は……そう思って見た時、最初に目に飛び込んできたのは大号泣しておる中年の兵士、もといガンダダンじゃった。
「どうしたガンダダン!?」
「こ、これは、これほどのプリンをわた、私は食べた事が、ございません!!」
「わ、分かったから少し落ち着くんじゃ、な? レベルやスキルが出てきたせいかジュジュも分からんのじゃが、昔より美味しくなっておるとは思う。じゃがそんなに泣かなくても」
「これが泣かずにはいられません! 六百六十六年の歳月を経て、アマオウ様のお菓子をいただく事が、それもプリンをいただけたのです。このまま神界まで登り浄化されてしまいそうな気分です!!」
「それは待て、な、待つんじゃよガンダダン?」
幽体と名のつくモノは浄化魔法や神聖魔法で浄化するか、超火力の魔法で消し去るかのいずれかじゃ。満足して勝手に浄化されるモノも居るが、いまガンダダンがそうなってしまっては困るぞい!!
「ガンダダン、おぬしは引き続きイラリアトム城に残って情報を流すのじゃ。まあ殆ど必要はないかもしれんが一応の。見つかってしまったが、おぬしなら何をされても大丈夫じゃろ?」
「っはい! 装甲兵団を任されていたこのガンダダン、たとえ大規模殲滅魔法を撃たれようと神の雷(いかずち)を落とされようと耐えきる自信があります!!」
「それじゃと城のほうが先に壊れそうじゃが、ならば任せたぞい」
未だ感涙しておるガンダダンから、目線をカレアのほうへ向ける。と、こちらは目を見開いたまま動きを止め、あわあわと何か呟いておった。
「だ、大丈夫かの……?」
「……いや、ダメだ」
ややあって返事をしたカレアの声は、ただでさえ高い声なのに更に上ずっていた。
「とても美味しい、思考が完全ストップするくらいには堪らなく美味しいよこれは。ただ僕が驚いたのはそこじゃないーーこのお菓子は〝ステータスを上げる事ができる〟」
「は?」
「君の料理を食べた事のある者は他にいるかい? もしいるのなら即刻調べなくてはいけない!!」
「お、おお居るぞい。食挑者試験の時に食べさせたシュガンドとギルド長のバーバリー。受付のハンナと食挑者の五人じゃ」
「結構いるじゃないか! 君はこれがどんなに凄いか分からないーーいや、ごめん。興奮しすぎたようだ。そもそも僕の魔眼を使って分かる程度だから常人では気づかないか。だけど確かに、アマオウのお菓子はレベルを上げずにステータスを上げる事ができている」
プリンを食べて同じく呆けておったローブの二人も魔眼で覗いて「やっぱりね」と言うと、カレアは一際真面目な顔をしてジュジュを向いた。
「お菓子の材料なのか君の腕なのかまだ分からないけど、これがもし別の国にバレたら……君は確実に狙われるだろう。レベルを上げずにステータスを上げるなんて、ステータスの数値が全てのこの世の中じゃまさに魔性だ」
「ジュジュらはそんなもの感じないんじゃがの」
「それは君達が元々ステータスが高く、人族とは感覚が違っているからだよ。これは言っても仕方ないんだろうけど……君のお菓子を誰かに食べさせるのはリスクが高いから止めた方がいい」
「無理じゃ」
「言うと思った、ただ僕も一応言っておかないといけないと思ってね。気を悪くさせたらごめん」
「美味くてステータスも上がるなら確かに魅力的じゃが、イラリアトム王としてはジュジュの力に執着はせんのか?」
「目の前で城の屋根を吹き飛ばされたんだ、どうこうできるものじゃないと思い知らされたさ」
すると近くのローブの一人が耳打ちをし、「もうそんな時間か」とカレアが苦笑する。
「長居しすぎたようだ。そろそろ戻らないと残してきたのが偽物だとバレてしまうかもしれない」
「いかにもな王様か?」
「いや、僕にそっくりな人造人間(ホムンクルス)ーーこの話はやめておこう。僕は王様だし、祝福のおかげでこんな身体だ。普通に接する者は少ないから……今夜はとても楽しかったよ、アマオウ。我が王国との因縁はまだ根深いだろうけど、せっかく僕の代で出会えたんだ。対等な関係になれる事を女神リメッタ様に祈らせてもらおうかな」
「あら、信心深い人族は好きよ?」
「ご利益は薄いぞこやつ」
「失礼ね!?」
「ははは! それじゃご馳走さま、君の大事な部下には手を出さないよう厳命しておく事にする。けどあまり目立つ諜報活動はしてくれるなよ? 今夜は僕の為に居残っててくれてありがとう」
すっと立ち上がって外へ歩いて行く様は、身体の小ささも相まってとても儚げに見えた。
ので、ジュジュは「カレア」と声をかける事にした。
「もしもまたジュジュのお菓子が食べたくなったらガンダダンに言うんじゃ。そしたらとびっきり美味しいお菓子を作りに行ってやるわいーー〝対等な友達〟として、のう」
「友達ーーに、なってくれるのかい? 君は、因縁のある一国の王と」
「そんなもの、転生の時に全て置いてきておる。いやちょっとキレたりしたのも事実じゃが……おぬしならあの国を良い方向に導ける。人と魔の関係も、もっと良くできるかもしれん。それにーー」
そこでジュジュは、今できる最大のドヤ顔でもって言ってやったのじゃ。
「ジュジュのお菓子をーーまた食べたいじゃろう?」
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