第12話

「つーかーれーたーのー」


夜の帳の落ちた宿屋のバーの一角。食挑者試験と王への謁見など濃密すぎる一日が終わり、さすがに疲れを滲ませとるジュジュはそのカウンターに突っ伏しておった。あれからイラリアトム王の言伝としてこの宿屋で待つよう言われたので、ダイフクには戻らずここで時間を潰しておるのじゃった。

ついでに『呼んだ』やつもおるしの。

カウンター内にはセバスチャン(バーテンダーはどこに行ったかは面倒なので聞かん)がカクテルシェイカーを使ってシェイクしており、ガラスのコップにドロリとした液体を注ぎ込む。


「新鮮なフルーツ100%ジュースになります。疲れも多少は抜けると思いますよ。リメッタ様にも同じものを」

「すまんのセバスチャン〜」

「あら美味し、アマオウの作る物以外でも意外とイケるのね」


ジュジュがちびちび飲んでおったら、隣でジト目で見てくるやつがおる。確認せんでも分かる、リメッタじゃ。

言うか言うまいか迷っておるようじゃったが、「まさか」と囁くように呟いた。


「あなたが〝許す〟とはね。魔王時代なら必ず殺して生まれ変わらないよう魂をすり潰していたはずなのに」

「すり潰してたのは蘇生させられんようにじゃが、今の世でそこまでする必要性は無いじゃろ。レベルやスキルが出来たからか器用貧乏より特化型の魔法使いが増え、ただでさえ難しい蘇生魔法を覚えられる者は減った。魔物や魔獣はレベルという判断基準のお陰で無駄死にが減り、スキルレベルによって強い魔法をどんどん覚えられるようになっておる。それにジュジュは人族じゃ、あそこで殺しておればその事実が今後の関係の大きな溝となって横たわったじゃろう。またあのような戦争など、ジュジュは絶対やりとうないからの……」


しんみりとした声で言いすぎたか、場が無言になってしもうた。じゃからジュジュは努めて明るい声を出して、「それに」と言葉を続ける事にした。


「あの王の願いを聞いて〝首が落ちた状態〟のまま生かしておいたのじゃ。ジュジュ達は奴らに貸しを作った、それはいつか返してもらう事にするぞいおはははは!!」

「そうね、私を崇め奉(たてまつ)る私のための国とか作ってもらいましょうか」

「え、なんでリメッタが出しゃばるんじゃ関係なくない?」

「声のトーン下げて真面目風に言うんじゃないわよ!? ジョーダンに決まってるでしょ……二割くらい」

「本気の割合が高すぎるんじゃが」


フルーツジュースは無くなっておるがストローを未だ噛んでるリメッタが可笑しくなり笑う。と、セバスチャンが目線を宿屋の扉の方へと向けた。

ギイっと音が鳴り、入ってきたのはローブのフードを目深に被った三人組。その中の異様に小さい一人がジュジュらの前まで歩いてきて、そのフードを外した。


「おじゃまするよーーやあ、数時間振りだね元魔王。と執事と女神様。君が〝あんな事〟をしたせいで城は大混乱、〝僕〟もやっとの思いでここまで来る事が出来たよ」


紺碧色の髪を揺らしながら、金の瞳を細めて笑う年端もいかぬ少年ーーそこに居るのは先ほど謁見の間で会った、イラリアトム王その人であったーー


▲▲▲▲▲


「君に言われた通り、騎士団長は今夜のうちに出発させ君の実家のある都市……ええとなんだっけ?」

「セパクールでございます」

「そうそれだ! そのセパクールに向かわせたから安心しておくれ。首には大振りの首輪を付けさせたから、余程の事がない限り外れないだろうね」

「空間魔法で首の一部を別次元に飛ばしてるんじゃ。多少首が短く見えるがそれくらいは我慢してもらわねばの」

「そうだね、更に六百六十六日の君の実家、お菓子屋フラウマールへの奉仕で罰を終わらせてくれるなんて、まったくこちらが貸しと思わざるを得ないじゃないか」

「それが狙いじゃからの」

「はっはっは! そう言い切れる君はやっぱり凄いね!!」


イラリアトム王を始めとした三人がテーブルに着いたので、ジュジュもそちらに移動する。

セバスチャンは王達への飲み物を作って、リメッタはカウンターに居るが身体をこちらに向けながら、各々言葉を聞き取ろうとしていおった。


「ーーカレアだ」

「なにがじゃ?」

「僕の名前だよ。カレア・イラリアトム・ガスネト、こう見えで今年四十八歳だ」

「不老……いや、不完全じゃな。それが魔眼を授けた神族の、神秘の副次効果かの?」

「そうだね、これは不老の出来損ないさ。見た目が幼いまま止まり、そのくせ身体は衰えていく。自分でもたまに自分が悍(おぞ)ましく感じるよ。先代達もそうだったんだろう、だからいかにもな見た目の偽王を選んであの玉座に座らせてきたんだ。ま、僕はその中でも一番年若いみたいだけどね」


……四十八歳にしては軽すぎる言葉遣いじゃ。精神が見た目に引っ張られておるのだろうの。


「名を明かしたという事は呼んでよいという事じゃろう。ならばカレアと呼ぶ事にするぞい」

「もちろんだよ。僕の方こそ君の事、何て呼べばいいんだろうか?」

「アマオウでもジュジュアンでも好きに呼んでくれて構わん……してカレアよ、ここへは別に雑談をしに来たわけじゃないのじゃろう?」

「ならばアマオウ、まずは謝意を。あの時は臣下が迷惑をかけた。次に確認だ……〝アレ〟は本当にあのままでよいのかい?」

「カレアよ、謝意は要らん。もう罰は与えとるからの。あやつの忠誠心なら無いとは思うが、それでももし逃げ出したならその時は……じゃな。アレとはつまり、謁見の間の天井を吹き飛ばした〝アレ〟の事じゃな? 瓦礫を当たらぬよう退かしたリメッタの女神の力の事ではなく」

「女神リメッタ様の事は魔眼で見たから何となく分かるよ。あの時は助かりました、女神よ。そう……それしかないじゃないか。アマオウの言う言葉を信じるなら、いや信じるしかないんだけど。アレは元魔王軍幹部、文献にも数多く記述されている鎧の守護神、装甲兵長ガンダダンーーなのだろう?」


興奮か緊張か分からぬほど目を輝かせて聞いてくるカレアに、ジュジュは思わず口角があがる。それは同時に扉の向こうからアレがやって来ている事に気付いたからでもあるーーそら、来たようじゃ。


「ーー大変お久しぶりでございますアマオウ様。そして転生おめでとうございます」

「うむ、潜伏任務ご苦労じゃガンダダン。それと普通の出迎え感謝するぞい。そうじゃよな鼻血とか出さぬよな普通ーーと、カレアよ。紹介しよう。こやつが城で天井を穿ち吹き飛ばした巨躯の鎧の中身、幽体魔人族のガンダダンじゃ」


どこにでもいそうな、ややくたびれた感じの中年兵士。魔眼があればその周りを膜が覆っておるのが見えるじゃろう。それが幽体魔人族が取り憑いた証じゃ。

まあ何はともあれ、せっかく再会したのだしいっちょやるかの!!


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