第11話
「それではこちらでお待ちください。御用がありましたら、テーブルの上のベルを鳴らしていただければすぐにメイドを向かわせます」
「うむ、分かったぞい」
初老の執事に連れられ、迎賓室であろう部屋にジュジュ達は案内された。高価そうな調度品や家具の数々。沈み込むようなソファなど見るからに金がかかっとる部屋だの。
この部屋はイラリアトム王国の王都に鎮座する、姿の見えない巨城〝幻影城〟の中の一室じゃ。
幻影城ーーなんでも六百年以上前の魔族との戦争の際、この国に力を貸した神族が神具を用いて姿を隠したと言われておるらしい。
他にも維持に相当な魔石を使うが最高硬度の障壁魔法、攻めてきた魔族を惑わす為の幻惑魔法、どんな大規模魔法も一度だけ跳ね返すミラージュ・カーテンなる魔法も掛けられておるそうじゃ。
さすがにどことも戦争状態にない今は全ての機能は一時停止させ、使える時に使えるようにしておるらしいが、それでも毎年国庫の十分の一は魔石の交換で消えていく……そんな事をジュジュ達を幻影城まで案内する傍ら、シュガンドは愚痴のように漏らしておった。
「しかし、当時この王都にこのような仕掛けがされていたとは思わんかったわい」
「はい。我々からは打って出ず魔界領土での迎撃のみに徹していましたので。当時の魔王軍なら三日と経たず占拠は可能でしたでしょうが、アマオウ様は決して攻め入る事をお認めになりませんでした」
「ジュジュがしたかったのは和平交渉じゃからの。あっちが勝手に盛り上がって疲れたところで対等な和平を結ぶ。疲弊しとる時なら受け入れるじゃろうと見込んでおったが……まあ、その後の勇者を送り込む事を鑑みるに人とは馬鹿ばかりよの」
幻影城は普段は生い茂った森に見えるよう隠蔽されておる。現に王都に来た時、王族の住まう城が見えなかったので不思議に思ったものじゃ。
城壁を囲む堀の手前にある跳ね橋には担当の兵士がおって、シュガンドはそいつに紋章付きの通行証を見せて橋を下ろさせおった。
じゃが、これはとても手間である。
通行証が盗まれたらそれで終わりじゃし、また王城から逃げる時にも時間がかかりすぎて非常に困るはずじゃ。
「神具で魔法をかけたという神族は神格が低いのか手を抜いたのか分からんが、こんなもの大規模殲滅魔法を二〜三度撃ち込めば終わりじゃろう」
「あら分からないの? ここに魔法をかけたのは火の粉の神よ」
「火の粉の神ドン〝ブ〟タか?」
「ドン〝ガ〟タね。確かにブタっぽい見た目してるけど。本神(ほんにん)はあなたを裏切るみたいで嫌だって言ってたんだけど、ほら、あそこの主神って火と槌の神じゃない? オリハルコン製の武具を盗られた事を根に持ってたから、何かと人族に肩入れしてたのよ」
あぁ、そういえば魔王の調理器具に使うために鋳潰(いつぶ)した勇者の武具は火と槌の神が作ったんじゃったな。あそこの界隈だけお菓子を持っていっても睨みながら食べてたような気がするの……いや、じゃがしっかり食べてたよなあやつら。矛盾しとらんかの?
「まあその武具のおかげで神界の菓子が食べられるようになったから表立って悪いとは言えなかったみたいね。他にやったのはアダマントの鉱床をお告げで教えるくらいだったわ」
「そういえば、急に人族の装備が良くなった時があったの〜……」
「はい、ですがアダマント程度でしたら百獣兵団の騎馬隊の槍で貫けますので、さして効果があったとは言い難いでしょう」
「そういえば倒した敵の装備はどうしておったんじゃ?」
「無傷なものは装甲兵団に回して、使えなさそうなものは鋳潰して兵士達のボーナスに当てておりました。売ってしよ武器を作ってよし。食べれる者は食べてよし、でしたので」
「無駄のない資源運用じゃの……」
と、思い出話に花を咲かせておったらノックの音が鳴り、「準備が整いました」と声をかけられる。
うむ、それでは六百六十六年後のあの愚王の子孫、拝んでやるとするかのーー
▲▲▲▲▲
「ジュジュアン・フラウマール以下二名、謁見の間へ到着しました!!」
長い廊下を歩き、一際豪華で大きな扉が開くと同時、先行していた兵士が大声をあげて扉の中に入っていった。
ジュジュ達もその後に続くと、扉の先は大型の水棲魔獣も入りそうな広い部屋になっておった。扉から見て左右に鎧姿の兵士が立ち、中心の椅子から扇状に広がるように数人立っておる。その中にシュガンドの姿があるので、おそらく王国の要職に就く者達じゃろう。
ジュジュ達が立つ床より数段上にある白磁の椅子には、険しい表情をたたえた身なりの良い、初老の男が座っておった。
頭には宝石をちりばめた冠を被り、手には見事な意匠を凝らした杖が握っておる。
絵に描いたような王様像とはまさにこの事じゃな。
……あと説明もないし聞くのも憚れそうな雰囲気じゃから黙っておくが、椅子の後ろに鎮座しとる巨大〝アレ〟は、確実にアレじゃよな? ツッコミ待ちなのかの?
「!? 早く頭を下げぬかお主達!!」
腹がでっぷりと出ておる中年の男が怒鳴ってくるが、ジュジュは傅(かしず)く素振りすらせぬ。セバスチャンもジュジュに従って動かず、リメッタはそもそも神族なので人に頭を下げるなど絶対に嫌じゃろう。
「おのれ、ただの冒険者風情が王の御前に立つのも不敬であれば。その態度斬られても文句は言えんぞ!!」
いやに堅苦しいというか時代がかった口調で、扇状に広がる中の鎧姿の男が腰の剣に手をかけ殺気を放ってくる。
じゃがそれでも、ジュジュは首を捻るしかない。
「その男、王ではないじゃろうが。本物の王ならば一国民としてこうべを垂れるのも吝(やぶさ)かではないがの。呼びつけておいて偽物を出すなどそっちこそ礼儀がなっておらんのではないか?」
「なっ!? 貴様よくもそのような戯言をっーー」
「ーーやめよ。確かにそなたの言う通りだ」
更に男が怒号を発した時、声変わり前の、それでいて凛とする声が室内に響き渡った。
決して大きな声ではないが、それでも人の心に響く、そんな声じゃ。
「まさかバレてしまうとはね。やはり史上最悪と謳われた魔王の生まれ変わりに違いないのかな?」
「ルクアトム……いや、今はイラリアトム王国か。王は代々〝魔眼〟を継承した者が継いでおる。 直系が絶えれば近親者から、それも絶えれば近しい者から魔眼は発動する。偽物を用意するのなら魔眼まで似せねばならんじゃろう」
ジュジュは話しながら、椅子の後ろから出てきた人物に僅かばかり驚いた。いやーーかなり驚いたと言ってよいじゃろう。
紺碧色の髪に魔性の月を思わせる金の瞳。瞳の中には魔法陣が刻まれており、時おり赤く輝いておる。
そして見た目はどこからどう見てもジュジュより年下
、それもまだ幼年式を過ぎて少ししか経ってないくらいじゃぞい。
このような幼子が王じゃと? いや、じゃがそれにしては纏う気配が歪に感じるの。
「……魔眼の事を知っているのか。もう百数十年は秘匿されてきた我が一族の秘密なのだがね。ん? だけど私のこの姿には驚いてるようだ。どうやら最悪の魔王アマオウも、神々の祝福の副次効果には驚きを隠せないらしい」
ジュジュの事を笑うというより自嘲気味の笑みを浮かべる子供ーーいや、本物のイラリアトム王に、ジュジュは改めて片膝をついてこうべを垂れた。
「いやはや失礼したの、イラリアトム王。ジュジュからは別に用などないのじゃが、こうして呼ばれたので足を運んでみたぞい」
人族に転生し、その転生した国の王ならばと一応頭を下げる。じゃが言葉遣いまでは丁寧には出来んかった。
そういえば魔王時代も、ジュジュは丁寧口調は大の苦手じゃったの。
「貴様ああ! その口調改めねばその口今すぐ切り落としてくれるぞ!!」
「やめるんだ騎士団長。君の忠誠心はとても嬉しいんだけどね、残りの二人……このままだと王都が一瞬で吹き飛んでしまいそうだ。少し黙っていてくれないか?」
「っ、王がそう仰るのであれば……!!」
ぐぎぎと音が出そうなくらい歯を食いしばりながら、騎士団長と呼ばれた男は身を引いた。しかしセバスチャンとリメッタの魔力の高まりを見抜くか。かなり魔眼の扱いに慣れておるの。
理知的に話が出来るのと魔眼の扱い、この時点で既に六百年前の愚王は超える人物じゃな。
王を演じておった偽物は恭しく後ずさりし、空席に年端もいかぬ少年が座る。足が床につかずプラプラしておるので威厳ゼロじゃし微笑ましくもあるが、誰もツッコまぬのでジュジュも止めておいた。
「さて、どこから話したものだろうか。といっても謁見の間でこうして臣下も集めたんだ、聞くべき事は聞いておかないとね」
そうしてイラリアトム王は、その小さな瞳からは考えられぬほどの威圧感でもってジュジュを見据えてくる。
その胆力に更に評価を上乗せしながら、ジュジュは次の言葉を待った。
「史上最悪にして最後の魔王アマオウーーの生まれ変わり、ジュジュアン・フラウマールよ。そなたは我がイラリアトム王国に仇なす敵か?」
「ーー違う。魔族と人族の戦争は六百年以上前に集結しておる。どうやって転生の事を知ったのか分からぬが、ジュジュが転生したのは平和な世の中を楽しむためじゃ。決して人族に、ましてはこの国に復讐するためではない!!」
ジッ、とイラリアトム王の金の瞳が、赤く輝く魔法陣が、ジュジュの心を暴こうと見つめてくる。
じゃが痛くもない腹を探られてもジュジュに悪意など無い。どれだけ血眼になっても無いものは見つからぬじゃろう。
「……魔眼で心の底まで見させてもらったよ。抵抗しようと思えば出来ただろうにしなかった、それに私は、彼の言葉に別の意味が含まれてるように見えなかった。ここは信用してみよう」
王が苦笑しながらそう言うとざわめきが起こり、すぐに反対の声があがりだした。
「ですがイラリアトム王! やつが本当に魔王の生まれ変わりならいつ心変わりして、魔族を率いて攻めてくるか分かりませんぞ!!」
「そうです! 見た目は人族の子供に化けていますが、きっと王にさえ見えぬ心の奥底では復讐の炎を燃やしておるに決まってます!! ここは地下牢に入れ徹底的に調べ上げねば!!」
何ぞ物騒な事を言い出しておるが、要するにジュジュが何をするか分からないから怖いのじゃろう。
やられる前にやれの精神は分からなくもないが、何もする気のないこちらからしたら、たまったものじゃないんじゃがの。
「心の奥底でそう考えていたとしても、今はこの国に対して無害だよ。それに国民の一人でもある、私は自分の国に住まう民を理不尽に虐げるつもりは毛頭ない」
「ほう、昔のご先祖に聞かせてやりたいわい」
「この時代は善王に恵まれたようですね、アマオウ様」
「もう用がないんなら帰りたいんだけど私? お腹空いたわ」
「リメッタ、おぬしその調子じゃとデブるぞ……」
ジュジュらの雰囲気は周りと違って弛緩しており、とにかく早く帰りたいという思いじゃった。
せっかく食挑者(しょくとうしゃ)になれたのに、その活動の前にこんな面倒な話、誰だって勘弁してほしいものじゃ。
じゃがジュジュらがふざけておると思ったのじゃろう、忠誠心は強いが愚直すぎる騎士団長が腰の剣を抜き、ジュジュに切っ先を向けて立ちふさがった。
「っ!? 騎士団長、やめろ!!」
「いくら王の言葉でも聞けません! そもそも昔から言い伝えられているという、食挑者になる者の中に魔王の転生者が居るというのも嘘か誠か分かりません!! もしかしたら魔族が我々をせせら笑うために用意した戯言かもしれません」
「な!? 王家に伝わる予言を戯言扱いとは言っている意味が分かっておるのか!! 今すぐ王に謝罪を述べよ!!」
「もし私が間違っていようならその時はこの首、刎ねて晒し首にしていただいて結構!! だがその前にこの怪しき者達を捕まえ、フラウマール家の者も共に地下牢にーー」
「おい。〝貴様〟……今なんと言った?」
何気なかっただろう騎士団長の言葉に。
ーーぶちん、と。
自分の頭の中で何かが切れる音が、した。
「〝儂(わし)〟のお母上とお父上を、どうすると言ったのじゃ貴様は?」
視界がチカチカと明滅し、薄赤色に染まっていく。身体からは魔力が漏れ、密度をもって黒に染まる。
ーーこの男、儂の両親に手を出すと言ったのか?
儂を生み育て、最後まで心配をしてくれたあの両親を、地下牢にーー
そうか、人よ、人族よ。貴様らは六百年経とうと変わらずーー醜いままなのか。
儂の命を賭けた献身も、勇者の悲哀を込めて振るわれた剣も。
貴様らの醜い魂を変えるには至らなかったのか。
ーーーー許さぬ。
「いけませんアマオウ様ーー」
「〝こうべを垂れよ〟」
刹那、力ある儂(わし)の言葉によってその場にいる全ての者がこうべを垂れた。
魔法抵抗力の強い者は四つん這いに、それ以外は倒れ伏して。見えぬ圧力となってその身をギシギシと押さえつける。
「……セバスチャン、リメッタ。儂はこの者共に仕置をせねばならぬ。先に帰っておれ」
「なり、ませぬアマオウ様。ここでこのような事をすれば、六百年前に戦争を止めるため投げ打った、あなたの命が本当に無駄になってしまいます……」
「っこれ、ほんとヤバい。あなたステータス弱いままなのに女神を押さえつけるってどれだけなのよ!! ここで、はいそうですかって帰ったら月の女神の名が泣くわっ」
「頑固者どもめ……」
二人の言葉に少しだけ頭が冷めた〝ジュジュ〟は、改めて倒れておる騎士団長を見やる。奴の頭にかかる圧力だけ緩め、魔力で強引にこちらを向かせる。
その目には、明らかに恐怖が映っておった。
「騎士団長、こうやってジュジュに押さえつけられている現状貴様の推察は間違っていたようじゃの? イラリアトム王よ、こやつが放った暴言の数々、どう責任をとるつもりじゃ?」
「……臣下の過ちは私の責だ。その男は口より先に手が出る粗忽者だが、この国に必要な男だ。だから、処罰するなら私にしてもらえないか?」
「そんな! 王!!」
「おははは! 良い王を持ったようじゃな!! じゃが王よ、貴様にもあるようにジュジュにも許せぬラインというものがある。この男はそれを超えてきたのじゃ…相応の罰は必要じゃろうて」
イラリアトム王はまだ何か言いたげじゃったが、結局何も言わず顔を伏せた。これ以上言葉を重ねても意味がないと悟ったのじゃろう。
「ジュジュへの無礼を働きながら、たった一人で許される事に感謝せよ。この痴れ者の頭を切り落とす事で、貴様らの無礼ーー許してやろうぞ」
「やめろ!? 許してくっーー」
手刀の形にした右手を、下へとおろす。
ごとん、と何かが床に落ちたのは、そのすぐ後の事じゃったーー
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