第10話
「まずこのカカオの実からじゃが、いや、ほんと巨大じゃのこれ……とにかくカカオの実、カカオポッドと呼ばれる外の白い実を剥いて中のカカオ豆を取り出しローストする。外皮を剥き、潰して胚芽を取り除く。工程は面倒じゃが細かくしっかりの。異世界ごほんごほん……とある伝手で手に入れたカカオバター、ココアバターとも呼ばれるものを入れボウルに移して湯煎しながら混ぜ、馴染んだところで粉砂糖を入れる。ザッハトルテに使うから少し苦めでよいじゃろ。あとはテンパリング、最初に全体が溶けるまで温度を上げ、その後28度から31度くらいで安定させる。乳成分の割合で温度は変わるが、今作っておるのはこれくらいじゃな。テンパリングはやり過ぎると食感がザラザラになるから手早くの? とまあこの工程を自動人形(ゴーレム)に任せてと……」
「いやいやいや」
「ん? 何か問題があるかの?」
チョコレートから作る場合は言う通りに動く人手が欲しい。食挑者五人組も考えたが、あやつらがどれだけ出来るか分からんし、ジュジュのワガママじゃからの。
こうやって土魔法と創成魔法の合わせ技で自動人形(ゴーレム)を作り助手にしておるのに、バーバリーは文句でもあるのかの。
「……一つ聞くが、自動人形(ゴーレム)は人のサイズに近づくほど作るのが難しく、調理補助なんて細かな命令をこなせるものは一流の魔法使いじゃないと作れないのは?」
「……知らんかった。ジュジュはお菓子の事なら多くを知っとるがそれ以外の事はあまり興味がなくての」
「そういう問題じゃないんだが、いや、もうこれ以上何か言うのは野暮だろうぜ。ああ! 楽しみだなボウズのお菓子!!」
半ばヤケクソ気味に叫んでおる気がするが、色々と突っ込まんでくれるのは面倒がなくて良い。
チョコレート作りは自動人形(ゴーレム)に任せて、ジュジュはもう一つのほうに取りかかる事にしよう。
「ずんだ餅、ニッポンのトーホク地方の郷土料理として有名なお菓子じゃ。中の餡子にはさまざまな豆を使うが、ソラ豆を使う餡子もあるので今回はそれじゃな。まずソラ豆を湯がいて薄皮を剥き、潰してペースト状にした後銅鍋に移す。水、砂糖を入れ焦げないように注意しながら混ぜていき、水分が飛んで程よい固さになったら火を止め水飴を少し入れ、混ざれば完成じゃ。冷ますためにパッドに移してとーー お、チョコレートも出来たようじゃな」
ジュジュが手を叩くと地面がモコモコと盛り上がり自動人形(ゴーレム)二体目が姿を現わす。ずんだ餡は出来たので、餅のほうをそいつには作ってもらう。
さすがにギルドももち米までは用意しておらんかったのでこちらで用意し(セバスチャンに言うと一分弱でダイフクまで行き戻ってきおった、有能じゃの)、それを餅にする。
本来は一晩水に浸けなければいけないが、魔法で水に浸けたもち米の時間を一晩分加速させたから大丈夫じゃろ。
「餅はザッハトルテの生地を焼き始めてから蒸すようにの。あ、チョコレートを作ったおぬしはオーブンの温度を180度で予熱しておいてくれ。それが終わったら卵白を混ぜてメレンゲ作りじゃ」
テンパリングが終わり滑らかになったチョコレートは湯煎にかけられてボウルに入れてある。あまり温度を上げ過ぎるとこの後混ざるバターが溶けるから注意じゃな。
「バターをボウルに入れホイッパーでクリーム状に混ぜ、そこに湯煎しておいたチョコレートと砂糖を加える。馴染んだら卵黄を三回〜四回に分けて混ぜ合わせ、それが馴染んだらーーおお、丁度いい時にメレンゲが出来たようじゃの。メレンゲに数回に分けて入れ、ゴムベラで底からしっかり混ぜる。ここはあまり綺麗に混ぜずマーブル状になれば良いぞい。用意してあった薄力粉を粉ふるい器にかけながら加え、潰して空気を抜かぬように注意しながらキッチンペーパーを張った容器に入れ、オーブンで三十五〜四十分ほど焼く。竹串を刺してくっ付いてこなければ焼き上がりじゃ」
オーブンで焼くのに結構時間がかかるので、その間にとアンナが食挑者証(しょくとうしゃしょう)を持ってきてくれた。冒険者と同じで食挑者もランクがあり、EランクからSランクまで用意されておる。ただSランクでも飛び抜けて強く優秀なものはEXランクというものに上がり、その発言力は小国の王族レベルだとか。
だがしかし、ジュジュは積極的にランクを上げる気はない。
食挑者試験を受けたのは、人族の管理しておる魔境や森にスムーズに入る為じゃ。無資格者が勝手に入れば密猟と見なされるからの。人族に生まれたのなら人族のルールは守らねばならん。
「ではこのカードに一滴でいいので血を垂らしてくださいーーはい、これで登録完了です。今からジュジュアンさんはEランク食挑者です、今後精進を重ね、目指せ憧れEXランク!! ……です、はい」
多分試験に合格したものにはそう言う決まりなんじゃろうが、尻すぼみになった声を聞いてさすがにジュジュも申し訳なく思ってしまうぞい。うーむ、次からはもっとしっかり手を抜かねばな。
「あの、そちらのお二人は試験を受けないのでしょうか?」
「ん、ジュジュが食挑者証を持っておれば要らんと思うんじゃが、二人はどうしたい?」
「私はアマオウ様のご命令に従います」
「面倒くさいんなら私はパス。すぐに終わるんなら取ってもいいけど、けど私は料理なんて作れないわよ?」
そうじゃ、セバスチャンも何でも出来るが料理だけは苦手じゃった。いや他にも決定的に苦手なものがあるが……それは別として、となると二人に食挑者は無理かの。
「でしたら冒険者試験はいかがでしょう? 有望な冒険者はギルドとしてはいつも募集しておりますし、場所によっては高ランクの冒険者しか入れないところもあります。お仲間に冒険者が一人いるだけで動ける範囲がバッと広がりますよ?」
「おう、最初の時と違って優秀そうに見えるぞおぬし」
最初の時はちょっとおかしな子と思っておったが訂正しておこう。皆が引き気味の中セールストークでもこうやって言えるというのは素直に感心する。
「セバスチャン、冒険者試験を受けるんじゃ。依頼は基本的に魔獣の討伐や採取依頼しか受けんようにすれば良いじゃろ」
「分かりました、ではギルド長殿よろしくお願いします」
「あ、俺が試験官をする感じかこれ? 身体の動かし方や気配の隠し方とかで、かなり出来る人とは思ってたが……俺も引退したとはいえ冒険者の端くれだ。強え奴とはやってみたいもんでな。試験方法は模擬戦だが、遠慮なくいかせてもらうぜ?」
「お手柔らかにお願いします」
あちらの話がまとまった辺りでどうやらザッハトルテの生地が焼きあがったようじゃな。
もち米のほうを見ればあちらも蒸しあがったようで、餅作りは引き続き自動人形(ゴーレム)に任せておくとしよう。
オーブンから出した容器を何度か台の上に落とし、容器の底と生地の間に空気が入るようにする。
周りをパレットナイフで切り離し、ゆっくりと生地を取り出す。ここが結構神経を使うんじゃが、上手くいって良かったわい。
「表面のデコボコを切り、真ん中に横にナイフを入れて二等分にする。そこにアプリコットジャムを塗って閉じ、網み目の台に乗せ残っておるチョコを全体に流してコーティングする。あとはホイップした生クリームを添えてーーよし、完成じゃ!!」
十二等分と少し小さめじゃが、切ったザッハトルテに生クリームを添えて皿に盛る。ずんだ餅のほうも完成したようで、つきたての餅にずんだ餡を絡ませて皿に盛ってある。
「見事な手際だな……ザッハトルテといったか? 俺ぁあんまり甘い菓子を食べねえんだが、これはそんなに甘くないんだよな?」
「ずんだ餅と比べればじゃがな。それに本来はコーティングチョコに砂糖を大量に入れてジャリジャリ感を出すが、そこまで甘くしたくないから今回は入れておらん。餅も食べ慣れてない者からしたらとまどう食感じゃし、食べたい者だけ食べるんじゃの〜」
「俺はどっちもいただく事にするよ。バミーソンとシュメットもどっちも食べるだろう? ガゾブ兄弟は言わなくても大丈夫! どっちもだね」
リンタムが意気揚々と皿を配る。まあ食挑者なら料理に興味はあるじゃろうし、異世界のお菓子ならなおの事じゃな。どんな感想を言うか楽しみだわい。
「ワシはずんだ餅からいただくかの」
「なら私も。ザッハトルテと比べてこっちのほうがカロリー少なそうに見えるし……一ゾン増えるのは変わらないんだけど」
「餅は喉に詰まる可能性もありますので、私の方で紅茶とコーヒーを用意してあります。飲みたい方はご自由にお取りください」
いつのまに飲み物を用意しとったんじゃセバスチャンは。さて、お菓子の出来がどのくらいかジュジュも食べてみるかのーー
▲▲▲▲▲
まずはザッハトルテからじゃ。無糖の生クリームを付けずに、フォークで一口分切って口に入れる。
途端にチョコの濃厚な味と匂いが口の中に広がり、すぐにアプリコットジャムの酸味と甘みが追っかけてきた。
今度は生クリームと一緒に食べる、と、先ほどよりさっぱりして口当たりが軽くなり、次の一口と手が動いてしまいそうじゃ。
結論ーー成功じゃな!!
「おぬしらどうじゃーーと、その表情を見たら聞かんでも分かるの」
恍惚とした表情を浮かべておるのはセバスチャンとリメッタ以外。シュガンドに至っては今すぐ天に召されそうなくらい穏やかな顔をしておる。
ジュジュ達はさすがに食べ慣れておるからそこまで大仰なリアクションは取らんが、こうやって喜んでもらえるのはやはり嬉しいの。
リメッタは澄ました顔でずんだ餅を食べておるが、時折堪えかねたように地団駄を踏んでおる。顔に出すのを必死に抑えておる感じじゃな。
シュガンドやリメッタにそんなリアクションをさせるずんだ餅じゃが、餡子は今まで作っとるからの。何となく味の予想は付くが食べてみるかの。
「これはっ」
食べた瞬間、今まで食べた事のあるどんな餡子よりも強烈な豆の風味が口内に広がる。じゃが決してクドくなく、ソラ豆本来の甘みを砂糖が後押ししているようじゃ。
「そうか、魔獣に実ったものじゃから昔より味が上がっておるのか」
魔王時代は異世界でそのまま買ってきておったからの。ザッハトルテと比べて混ぜ物が少ないから、味の変化をより感じれたというわけじゃな。
「うむ、ずんだ餅は大成功じゃ。おぬしらもどうじゃった? 神々すら虜にするジュジュのお菓子は?」
見れば全員が分けられた分を完食しておった。アンナは泣きそうな目でこちらを見ており「美味しかった、美味しかったよ〜」とずっと呟いておる。ちょっと怖い。
「美味いなんてもんじゃねえ……こう、ああもう! 言葉に出来ねえなこれは!! 美味かった、今まで食べた中で最高の菓子だったぜ」
「……ジュジュアン君、俺は君は過小評価しすぎていたようだ。これ、俺の家兼お菓子屋の住所だ。王都じゃなく西の都〝ドラビル〟にあるからもし来た時はぜひ立ち寄ってくれ。それじゃ俺は行く! あんなものを食べさせられて、食挑者の先達として黙ってられない!!」
名刺を渡し痛いくらいの握手をすると、リンタムはすごい速さで走っていった。ほかの四人も「ほんとに美味かったぞ」、「今度秘訣を教えてね?」、「「グッ(二人とも親指を上げておる)」」とジュジュに一声かけてその後を追っていきよった。
まあ、ちょっとうるさかったがあのような者達が食挑者をしているのなら、まだまだ絶滅はせんじゃろうの。
「ワシの記憶の中にある昔のおぬしより、このお菓子は数段上の味じゃった……魔法に精通し、その歳でお菓子作りの極致に達する者か」
ハンナが皿や簡易キッチンの片付け、セバスチャンとバーバリーが冒険者試験の模擬戦のため離れていく中、シュガンドがジュジュとリメッタに近づいてくる。
そして片膝をつき、人族特有の敬礼をやってきよった。
「なんの真似じゃ?」
「ここからはイラリアトム王国、宰相付特別臨時顧問としてお相手させてほしい。ジュジュアン・フラウマール……いや、魔王アマオウの転生者と思われる者よ。因縁深き我らが王国の王への謁見を、どうかお頼み申し上げる」
イラリアトム王国ーーかつてジュジュに女勇者イラリアを差し向け戦争をやっておった王国の、役人としてのシュガンドの言葉を、ジュジュは無言で聞いておるのじゃったーー
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