第9話

見ればバーバリーと同じくらい筋骨隆々でツルピカの、たっぷりの白ひげを蓄えた年寄りがこちらに歩いてきておった。どうでもいいが顔年齢と身体がアンバランス過ぎんかの……


「グランドギルドマスター!!」


と、バーバリーが焦った声を出してその年寄りに駆け寄っていく。グランドギルドマスターという事はギルドの総元締め、一番偉いやつじゃな。

なんでそんな偉い人がここに来ておるのじゃ? それにジュジュの名前まで知っておったし。

二つ名は知らん。なんじゃあの恥ずかしい二つ名。


「いつもは王城から降りてこないのに、いったいどうしたんですかい?」

「昨夜、遠く東の地で大規模な魔力の解放を感じての。その会議を朝からしておったら通信魔法で食挑者(しょくとうしゃ)試験を受けにきた者がいると知らせがあったので顔出ししたまでじゃ」

「いや、珍しいとはいえ新人試験にグランドギルドマスターが出てこなくても……」

「食挑者試験があった場合は必ずワシが見届ける。それは絶対のルールじゃよ。さてそれよりもーーお初にお目にかかる、ジュジュアン・フラウマール。いや、それともこう呼べばよいかの……お菓子に愛され」

「いや呼ばんでいいから」


頑なにその二つ名を使いたがるなこやつは。じゃが大規模な魔力の解放……おそらくジュジュの発動した大規模魔法ではなく、リメッタが降臨した時のものじゃろうな。

障壁魔法を張っておけばよかったが、大規模魔法を使った直後じゃからそんな余裕は無かったわい。


「見届け人がいくら増えても構わんが、ジュジュの腕を保証してくれるのはなぜじゃグランドギルドマスターとやら?」

「おま!? グランドギルドマスターになんて口を!!?」

「構わん構わん。ワシは実際にお菓子屋フラウマールに行き、お主の菓子を食べた事があるからの。手渡してきた時の天使のような笑顔、まさに二つ名通りの美少年ぶりじゃったわ。もちろん味も素晴らしく、王都の一流菓子店に劣らぬ味じゃったよ」

「無類の甘党として有名なシュガンド殿がそう言うのなら腕前は合格のようなものだね。なら今すぐ合格にして歓迎会をーー」

「リンタム、お主は腕は良いのにうるさいのが邪魔をして評価に繋がらんのじゃ、何度も言うておるじゃろ。見るのは料理の腕前でなく腕っぷしのほうじゃ。料理の腕が良くても素材を狩れなくては食挑者とは言えんからのーー〝解放(リリース)〟」


リンタムからシュガンド殿と呼ばれたグランドギルドマスターがそう言うと、高性能っぽい収納袋から布を被せた巨大な鉄檻が姿を現わす。ふむ、この大きさと強度ならスイートドラゴンのダイフクも閉じ込められる逸品じゃの。


「お菓子屋の跡取りなら知っておろうが、チョコやココアの原料となるカカオマスはカカオ豆から出来る。そしてカカオ豆じゃが……この、ビーンズツリーナイトメアと呼ばれる魔物が実らせておるのじゃ」


そう言って布を取ると、メキメキという木のしなる音と共に悪寒を感じさせる唸り声が耳に届く。

檻の隙間から見えるそれは、まさに動く大樹。幹の真ん中に人の顔に似た模様があり、目の部分に空いた穴には青白い炎が灯っておる。

ビーンズツリーナイトメア、聞いたことはないがこの六百年で新しく生まれた魔物ーーいや、こやつはどうやら魔力を糧にしておるようじゃし魔獣じゃな。

人族に魔物と魔獣の区別は付かんから仕方ないが、それよりも……


「こんなデカさのビーンズツリーナイトメアは初めて見ました……苗木クラスのモノならまだしも、これはSクラス冒険者の俺でも手こずりますぜ。はっきり言って新人試験に使うレベルじゃない」

「グランドギルドマスター、ジュジュアン君のステータスを事前に拝見しましたがレベルは1でステータスも標準です。危険すぎるものは世間の風聞もありますので……」


バーバリーとハンナが苦り切った顔でシュガンドに言うが、当の本人は頑として譲る気はないらしい。

あのテンション高めのリンタムは楽しそうな顔をしておるが、審査員の残り四人も概ね否定的な雰囲気をしておる。

いや、というかその前にジュジュは確認せねばならん事があるんじゃが。


「とりあえず仲間と話をさせてもらってよいかの?」

「構わんぞ。仲間も入れて三人、いや、審査員の四人を貸し出してもよい。危なくなったらワシとバーバリーが助太刀するから安全は確かじゃ」


安全は気にしとらんがな。セバスチャンとリメッタを引っ張って彼らから離れるーーここくらいなら声も届かんじゃろう。一応障壁魔法を張ってと。


「さてセバスチャン、アレは何じゃ?」

「はい、ランダムで三種類の豆を実らせる事のできる新魔獣でございますアマオウ様」

「ジュジュはカカオ豆やコーヒー豆を普及させろとは言ったが、魔獣として広げろとは言った覚えがないぞい?」

「私も最初は通常の広め方をしようとしたのですが、どうやらこちらの世界にカカオ豆などは適応できなかったようでして。ならばいっそ魔獣として広め、更に美味しい豆をしようと模索した結果がアレでございます」

「仕事熱心じゃけど何か方向性がおかしいからのっ」


しかしまあ、魔獣化した事で勝手に育つし味も良くなっておるのは確かじゃろう。魔獣に実る豆じゃから魔豆(ままめ)……うむ、普通にカカオ豆やコーヒー豆でよいか。

ジュジュが頼んだ事を一生懸命した結果なのなら仕方ないが、自然発生じゃない魔獣じゃからの。後で生態系にどんな影響が出たか調べんといかんわい。


「それとリメッタ。あやつが言っておったのはおぬしが降臨した際の魔力の事じゃ。ステータス偽造の魔法と神秘封じの魔法はかけておるが、くれぐれも自分が女神などと言わぬようにの」

「分かってるわよ。私も好き好んで人族に崇めてもらおうとは……ちょっと良いかもしれないけど。もし足を引っ張ったらお父様からこれ以上どんな呪いをかけられるか」


祝福ではなく呪いと言われておるが、まあ十中八九お仕置きの意味もこもっておるじゃろうからの。


「ーー話し合いは終わったぞい。これくらいジュジュ一人で大丈夫じゃ。要は実っておる豆を取ればいいんじゃろ?」

「正気か!? あの太い枝を見ろ、あれで叩かれたらボウズなんて一発でお陀仏だぞ!!?」

「いいねジュジュアン君! その無謀、俺は大好きだ!! あ、けど危なくなったら助けるからね」


シュガンド達のところに戻りそう言ったのじゃが、バーバリーが唾を飛ばして止めようとする。顔に似合わず世話焼きじゃの、じゃからこそギルド長になれたのかもしれんな。


「グランドギルドマスターもジュジュなら出来ると思うて言っておるんじゃろ? それに危なくなったら助けるとも言っておるし、そろそろ立ち話にも飽きた。とっとと試験を始めよう!!」

「ああくそ! てめえら収納袋から武器を出してすぐに飛び出せるようにしとけよ!!」

「よかろう、では試験を始めるーーいくぞ!!」


▲▲▲▲▲


シュガンド達が十分に離れた直後、檻の鍵が開いて魔獣が出てくる。うねる根っこは触手のように蠢きながら地面を這いずり、バサバサと揺れる木の葉は瘴気を出しておるのか空気を澱ませていく。

眼窩で燃える青白い炎がジュジュを見据え、腕にも見える太い枝が獲物を狙う蛇のように鎌首をもたげーー


ーーとりあえず豆以外、全てを風魔法で輪切りにする。


「え?」


変な声を出したのはアンナじゃな。ジュジュはそちらを見ずに更に風魔法で豆を足元に運び、駄目押しとばかりに火魔法で輪切りにした魔獣を燃やす。

ちと火力が強すぎたのか、燃やした瞬間に炭にもならず焼失してしまったが、これくらいやれば腕っぷしも納得するじゃろうて。


「さて、これで満足かの?」

「…………」

「なんじゃ皆して押し黙りおって。一応蘇生魔法で復活もさせられるが豆の実は小さいままじゃと思うぞい」

「な、なにをしたんだいったい……?」


かろうじて、という感じでバーバリーがそう言うてきたが、はてそんな大仰な事はしておらんはずじゃが。


「なにって、風魔法で切って火魔法で燃やしただけじゃが?」

「え、詠唱は?」

「いや言わんでもあれくらいなら出来るじゃろ」

「ビーンズツリーナイトメアは魔法耐性が高いから剣や斧で切り倒すのが最適なんだが……」

「そんなまだるっこしい事せんでも風魔法で刻めばいいじゃろ? それにジュジュはひ弱な十二歳、剣や斧など振り回せんよ」


大神アンドムイゥバから貰った腕輪で称号アマオウを封じる今、ジュジュのステータスはレベルに準じておるので弱い。果物ナイフならまだしも斧など重くて持てるはずなかろうて。


「あ、有り得ん……だいたいレベル1だったら魔力も弱いはずで魔法なんて使えるわけがないだろうが」

「ギルド長は目で見たものを信じれんのかの? 無いなら借りればいいじゃろ」

「借りるとはどういう事だい? あ、いやその前に、素晴らしい手際だったよジュジュアン君」

「これくらい出来て当たり前じゃと思うが、まあありがとうと言っておくわい。じゃから借りるんじゃよ、大地、空、海、精霊、動物。人族や魔人族、魔物や魔獣からも。自然界にある魔力や、生き物から無意識に漏れている魔力を借りれば、どんなに自身の魔力が少なくても消費せんでよい」


まあその分精神的にだいぶ疲れるがの。あれくらいなら全然じゃが、昨日の大規模魔法くらいになると疲れて眠くなってしまう。


「なんだそりゃ……そんな事が出来るやつなんて初めて聞いたぜ。ボウズ、いや、ジュジュアン、お前いったい何者だ?」


そこでやっと、ジュジュはやり過ぎた事に気付いた。十二年の知識があるとはいえ、まだ常識が測りきれておらんかったか……六百年前は皆持っとる常識の技術じゃったんじゃぞこれ。


「これほどの才……まさかワシの代で〝転生〟してくるとはの。バーバリー、アンナ、あと食挑者(しょくけんしゃ)五人。今見たことは他言無用じゃ、もし喋ったらワシが直々に制裁を加えるからそのつもりでの。さて、ジュジュアン・フラウマール……いや、なんと呼ばせてもらったほうが良いかの?」


一人納得しておるシュガンドが他の者に口止めを念押しする。どうやらジュジュの正体を知っておるようじゃが、ジュジュアンという名前は後世に残らぬようにしておるはずじゃが。

まあ良いか、バレてもどうとでも出来るし。


「好きなように呼んで構わんが、名前以外の呼び名は禁ずる」

「……その言葉で委細承知したわい。なにを呆けておるアンナ、早く食挑者証の手続きをしてこんか」

「え、あっ、はい!!」


シュガンドに言われ大慌てで建物へ戻るアンナを尻目に、他の面々はまだ納得していない表情をしておる。

納得していないというより、未知への恐怖といったほうが正しいか……さてこの気まずい雰囲気、どうしたものか。


「ーーそうじゃ。のうギルド長?」

「な、なんだジュジュアンさん?」


呼び捨てから敬称付きになったが、まああえて突っ込まんでおこう。


「今から簡易キッチンを使わせてもらってよいかの?」

「……別に構わねえが、料理の腕はグランドギルドマスターが保証してくれてるから作っても意味ねえぞ?」

「意味ならあるじゃろ」


ジュジュの言葉にバーバリーが分からないといった顔をする。


「料理を作る。お菓子を作る。〝食べた者が笑顔になり幸せになる〟。それだけで作る意味はあると思わんかの?」

「ーーく、ははははははは!! いい、素晴らしいよジュジュアン君!! 君は確かに食挑者の気概を持ってる子だ。俺は君の事が大層気に入ったよ!!」

「お、おうそうかリンタム」


突然笑い出すからビックリしたぞい。さて気を取り直して、先ほどビーンズツリーナイトメアから採れた豆を見る。巨大なカカオ豆とコーヒー豆、それと……これはソラ豆か。なぜサヤに入っておらず剥き身で実っておるのかは考えんほうがいいじゃろ。

これならあそこの食材も使って、うむ、あれとあれを作る事にしようかの。


「期待するんじゃなおぬしら。ジュジュの作るお菓子はーー神族すら虜にするぞい」


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