第6話

「まだ眠気で頭が重いわ……」

「なんじゃ、おぬしが来たいというから連れてきてやったというに。ならばダイフクのところに帰るかの?」


王都の外壁を抜けた先に広がる城下町、石畳の敷かれた幅広の道を大勢の人と一緒にジュジュ達は歩いておった。

外壁にある屯所で検問もやっておったが、ジュジュの家名と紋章を見せたらすんなり通ることが出来た。フラウマールの名は伊達ではなかったようじゃな。

様々な色合いをした建物が盤面のように等間隔に建てられ、大通りから目を移せば小道の窓から向かいの建物の窓へロープをかけ洗濯物を干してある。

どこからか花びらが飛んできて風に遊ばれれば、まるで非日常な風景の出来上がりじゃ。


「異世界にあるヴェネツィアというところに行ったとき、こういったものを見た事があるの。懐かしいの〜」

「あそこはゴンドラが有名ですが私は特にマルゲリータピッツァが気に入りました。カフェラテ発祥の店にも行きましたが、店内は暑くとてもカフェラテという気分ではありませんでしたが。あちらで買い求めたコーヒー豆ですが、カカオ豆と同様この世界でも普及させる事に成功しました」

「そうか! ビスコッティもじゃが、コーヒーとともに楽しむお菓子もあるからの。これでまたレパートリーが増えそうじゃわい」


そうやって楽しい気分に浸りながら周りを見る。

行き交うのは馬車や人族ばかりじゃが、時たま重い荷物を持っていたり荷車を押している、鎖に繋がれた獣人や魔人もおる。

六百年以上も経っているというに、この世界はまだ奴隷制度などが存在しておるのか……まったく。


「ねえ、アマオウ……様?」

「なんじゃリメッタ? あぁ、あとセバスチャンも呼び方にいちいち目くじらを立てんでよいぞい。して何かの?」

「呼び方ありがと。いま私達ってどこに向かってるのかしら? お父様に言われたから地上でのサポートをするけど、私、疲れる仕事とか汚れる仕事はしたくないわよ。だって女神だし!!」

「こやつ面倒くさっ」

「直球で文句言うのやめなさいよね!!?」


まぁ仮にも月を司る三姉妹女神の一柱じゃからの。というかセバスチャンがいる現状、弱体化した女神などお荷物以外の何物でもないんじゃがな。


「おぬしはそうじゃの。売り子でもしてもらおうかの。まだ先の話になるじゃろうから、今のところはタダ飯食らいに甘んじておれ」

「そういうのほんとオブラートに包まないわよねあなた」

「それよりもアンドムイゥバから祝福を受けたようじゃが、どんな内容なのじゃ?」

「あぁ〜、私も確認してなかったわ。〝オープン・ステータス〟」

「う〜む、昔と違ってステータスを見れば内容が分かるというのは楽じゃの」


そこだけは評価してもよいと声をかけたのじゃが、リメッタは身体を震わせるだけで返事をせん。

不審に思ったジュジュは魔法でステータスをこちらにも見えるようにしてこっそり覗き込んだ。


(各パラメーターの数値はジュジュより高いくらいじゃな……魔力値が小国の国家予算並みの単位なんじゃが神族じゃし仕方ないのかの。おかしなところは別にーーうん? 称号〝成長する神〟)


「効果アマオウの作ったものを食べる事で体重+一ゾン。神族の固有スキル、その他魔法よりもこの効果は優先される……リメッタ、これ」

「読んだの……読んじゃったのね。うふふふふお父様もやってくれたわ。神族は不老だから体型も変わらないからって油断してたらこの仕打ち。すでに二回食べてるから二ゾン太ったって事じゃない!!」


ビスコッティとエッグベネディクトを食べてもいきなり二ゾンも太らんからの。祝福じゃなく呪いじゃなこれ……


「リメッタ様。体型を変えたくなければアマオウ様の作るものを食べなければいいのです」

「無理でしょ!? 今朝エッグベネディクトっての食べたけど美味しさが神々の晩餐レベルよあれ!! 称号アマオウを封じてるのにあの美味しさって、お菓子作られたら私が耐えられるはずないじゃない!!?」

「そんな言い切られてもの。まぁ美味しく食べてくれて感謝じゃよ。さてダラダラと話をしておる間に着いたようじゃぞーーここが食挑者(しょくとうしゃ)本部、兼冒険者本部の建物じゃ」


飾り気も何もない石壁と、二本の長い煙突が特徴といえば特徴の建物じゃった。入り口にたむろしておるのは剣や弓を担いだ軽装の男女数人、意外としっかりした作りの皮鎧とブーツ、揃いのマークの彫られたガントレットを付けておるから中堅あたりの冒険者かの?


ジュジュ達三人が近づくとお喋りをやめこっちを見てニヤニヤしだす。特に一番前にいる年若い茶髪の男が、かなり侮蔑の混じった笑みをしておるの。


「ーーよぉ金髪のお坊ちゃん。その身なりからしてどっかのボンボンかお貴族様だろ。こんな腐ったビックルみたいな場所には近づかない方が身のためだぜ?」


ビックルとはこの世界の豆類の一種で、味はともかく長期保存ができるので旅をする者には重宝されておる。それが腐ってるって大概なのじゃが、いやそれより、こやつ口調とは裏腹に心配してくれてるようなんじゃが実は良い奴なのかの?


「心配してくれて感謝するが、ジュジュ達はここに用が」

「アマオウ様への無礼な言動死を持って償いなさい」

「やめるんじゃセバスチャンーー遅かったか」


言った直後、話しかけてきた茶髪の男が二階建ての家くらいまで跳ね上がるのを見た。

目の前では綺麗なアッパーカットを決めた態勢のセバスチャン。

思ってなかった事態に反応しきれていない他の男女達。

暇なのか欠伸をしておるリメッタ。

ジュジュは溜息を吐くと吹っ飛んだ男に風魔法をかける。峰打ちという言葉が間に合ったのか寸止めだったので怪我はしておらんが、一応水魔法もかけておく事にしようかの。ここまでで一秒にも満たない時間じゃ。

風魔法が補助となり緩やかに着地してこれまたゆっくりと尻餅をついた男は目を瞬かせ、何も分かってない顔で「へ?」と呟くだけじゃ。

きっと視界に映っておるのはアッパーの姿勢から微動だにしないセバスチャンと、寝不足で不機嫌そうな目のリメッタと、ニヤニヤ不敵な笑みを浮かべるジュジュじゃろう。

とりあえずはこれで、ただのボンボンや貴族とは思わんじゃろうて。


「すまぬがこの中に用があってな。どけてくれぬか?」

「あ、あぁ……」


きょとんとした顔のままどけた男女達を一瞥して、さて、遂に食挑者本部へと突入じゃーー


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