第4話

「魔王の頃、異世界に渡ったときに知ったお菓子がビスコッティじゃ。その異世界は知能を持つ種族は人族しかおらんでの、しかも魔物や魔獣など外敵も存在せんから人族が溢れかえっておった。そこのイタリアという地域で有名な焼き菓子がビスコッティで、こちらの世界のシュペンタのようなものじゃな」


粉ふるい器でダマを除いた小麦粉と卵を混ぜ、ベーキングパウダーを加える。魔界の黒トウキビで作った黒糖を加え、小屋内の牧場で飼育されとる魔界牛の乳から作った生クリームを少量、香り付けに蜂蜜をひと匙。二つに分けた生地の一つに乾燥させたドライフルーツを入れる。

もう一つにはクルミなどを加え、手頃な大きさにちぎって細長く伸ばしてクッキングシートを敷いたプレートの上に置いておく。


「ビスコッティはビスケットという焼き菓子をルーツにしておるそうじゃが、二度焼きするから結構固めじゃ。その分保存は効くが、今回は保存するわけじゃないし多少柔らかめでいいじゃろ」

「アマオウ様、オーブンの温度は百五十度でよろしかったですか?」

「うむ……どうでもいいんじゃが、このオーブンは多機能すぎんかの? ジュジュは石窯でも大丈夫なんじゃが」

「アマオウ様が渡っていた異世界のニッポンという地域では、オーブンはこのように機能が豊富で様々な調理ができます。アマオウ様の記憶が戻られる前にベーキングパウダーなどの材料や調理器具など色々買い揃えておきましたので、あとでぜひ試してみてください」


異世界に渡る魔法はジュジュしか使えんが、念のため渡るための魔法具を作ってセバスチャンには渡しておいた。まぁジュジュの為にならないものは揃えてないじゃろうし、焼き上がったら他のも見てみるかの。


「アマオウ様、木苺のジャムが完成しましたので味見をお願いできますか?」


小鍋をかき回していたヴィーがスプーンを持ってジュジュに近づいてくる。「あーん」と言われるままジュジュは口を開けて味見するーーうむ、ちょうどいい塩梅(あんばい)じゃな。


「一度焼きあげたクルミ入りのほうに塗ってくれるかの? 焦げるから二度目の焼きあげは短時間でいいぞい」

「分かりましたわ。あ、アマオウ様お口の周りにジャムがーーふふふ。とれましたわ」


とってくれたジャムをそのまま自分の口に含み、なんだかとても熱っぽい視線を送るヴィー。

……ジュジュはまだ十二歳なんじゃが、あきらかに肉食獣な目をしておったの。気をつけねばとって食われそうじゃ性的な意味で。


「まだなのー? 私お腹減ったんだけどー?」


ジュジュとヴィーがお菓子づくりをしておる間、リメッタは椅子に座ってとても暇そうにしておった。手伝わせても良かったんじゃが……神族が物を作ると祝福を授けてしまうからの。ただの焼き菓子が聖遺物になっても困るので止めさせておいた。

セバスチャンはオーブンの温度を設定した後、ダイフクが降りても大丈夫な山や湖を外で探しておる。そろそろジュジュも眠気が限界じゃからの……


「よし、完成じゃ。名付けて〝アマオウ特製ビスコッティの詰め合わせ〟じゃな。これを持って神界に戻るのじゃリメッタ」

「やった! これを使えばまた神界の神族(バカ)達を顎で使えるわ」


人様のお菓子をエサに何をしておるんじゃこやつは……まぁよいわい。それよりジュジュが頼んだ事を忘れておらんじゃろうな。


「リメッタよ、神族の長への伝言をしっかり頼んだぞい」

「え?」

「え?」

「あ、ああアレねアレ! 大丈夫私に任せときなさいアマオウ!!」


いや明らかに忘れていたじゃろおぬし。


「……ジュジュが言った伝言を復唱してみい?」

「えっとね、ほらアレよ……それよりこれ味見しちゃダメかしら!!」

「もうよい、魔法具に投影魔法を込めるからそれを渡すだけでよいわい。味見は別に取っておるのがあるから、そっちなら食べてよいぞ。ヴィーも食べたかったら食べてよいからの?」

「いえ、私が食べたいのはアマオウさーーいえ何でもないですわ。それではいただきます」


だいたい言おうとしておった事の予想はつくがあえて無視じゃ。と、先んじてビスコッティを食べていたリメッタが咀嚼の動きを止め、「アマオウ、これ……」と声をかけてくる。


「味が落ちてるとは先に言っておったはずじゃ。文句は受け付けんぞ?」

「いや、これーー」

「美味しい!!!!」


突然ヴィーが大声で叫び、見開いた目から涙を一筋流す。あまりの事に驚いたジュジュに、震える声をヴィーがあげる。


「アマオウ様……このビスコッティ、まるで私の心にある孤独や不安を溶かしてくるような優しく素朴な甘みです。生地の柔らかい甘みに、少しだけ酸味をもたらすドライフルーツ……ジャムを塗ったほうは食べた者を安心させるような甘さと違う食感をもたらすクルミ、私がこれまで食べたどのお菓子よりも美味しく心に響いております!!」

「お、おお。どうしたんじゃヴィー?」


ヴィーの事は昔から知っておるが、こんなにテンションが高いのは初めてじゃ。なんか魔薬的な効果のある材料使ったかの……


「アマオウ、このお菓子ほんとに魔王の調理器具を使ってないわけ?」

「当たり前じゃろ、そもそも手に持つことすら出来んのじゃぞジュジュは」

「そう……自分で食べてみなさいよ。それであなたも分かるはずよ」


そういえば自分は味見をしていなかったの。ヴィーはああ言っておるが、魔王の頃に作ったビスコッティと比べたら全然ーー


「う、美味いっ……!!」


何じゃこれは! 魔王の頃のお菓子より更に洗練された甘みと食感、食べた一口目からまるで世界中の幸せを口いっぱいに頬張っておるような感覚に陥ってしまうぞい!!


「魔王時代より美味くなっておる、なぜじゃ!?」


使った材料は昔の方が高級じゃった。となるとこのオーブン……いや、これだけではここまでの味の向上を説明できんぞ! なぜなのじゃ!!


「もしかして……アマオウ、あなた自分のステータスを確認してみて」

「自分の状態が数値化されておるアレか、そういえば幼年式の時から見ておらんのーー〝オープン・ステータス〟」


五歳の時に参加した幼年式以来じゃから、約七年振りのステータスの確認じゃ。黒い板のようなものが目の前に現れ、見ればレベルは1のまま、体力や魔力も……って!!


「数値の後ろに無限を意味するマークがくっ付いておるのじゃが……」

「やっぱり。ステータスの下のほうに〝New〟って文字が浮かんでない? その文字を押すイメージを浮かべてみて」


浮かび上がっているNewの文字を言われた通りに念じると、数字の浮かんでいた画面が別の文字に切り替わっていく。

称号一覧? なんじゃ、これーー


「称号〝アマオウ〟ーー全能力値∞補正、全スキル十段階UP、全スキルポイント限界突破ーーおいリメッタ、いったいどうなっておるんじゃ……」

「た、たぶん私や神界の奴らがあなたの事アマオウって呼んだから称号に認定されちゃったのかも。称号は獲得するのは難しいけど簡単に強くなれる裏技バグみたいなもので……まさか元魔王にも適用されるなんて思ってなかったわ。ビックリよ」

「つまり、なんじゃ。おぬしらにアマオウと呼ばれたせいで称号なんぞというものを獲得して、ジュジュの努力関係なしに腕前が上がってしまったというわけじゃな。ほ〜うそうかそうか」


レベルやスキルまではまだ何とか我慢したが、これはさすがに無理じゃ。己の努力など関係なしに恩恵を与える世界のルールなど、ジュジュからすれば悪意以外の何物でもないわ!!


「これもあんの親バカ神の仕業じゃろう! 今すぐあやつの御使いを降臨させて問いただしてやる!!」

「お、お待ちくださいアマオウ様! さすがに大神アンドムイゥバの御使いを呼べばここ一帯が聖域、または魔境になってしまいます!! せめて呼び出すのは結界魔法と儀式魔法を巡らせた後でお願いしますっ」


ヴィーの慌てた声に少しだけ冷静さが戻ってくる。確かに大神というだけあって、御使いでも地上に多大な影響を与えてしまうからの。

くそ! 転生前の身体ならば事象も影響も全て捻じ曲げ意のままに操れたというのに!!

人族の身体がこれ程もどかしく思えたのは初めてじゃ。


「ーーアマオウ様。いまよろしいでしょうか?」


と、外に通じておる扉からセバスチャンの声がジュジュに話しかけてくる。そして扉は開かれ、セバスチャンが一礼した後「お客様がお見えです」とその身を横にずらす。


「久しぶりだな、魔王ジュジュアン……いや、アマオウよ」

「この感じ……アンドムイゥバかの?」


姿を現したのは、白絹の一枚布を身体に巻きつけた二本足で立つ白い猫。尻尾は二股にわかれ背中には天使の羽根、頭には水晶で出来た王冠を被り……ものすごく申し訳なさそうな顔をしておった。


「うむ、御使いを通して話してるーーまぁ、とりあえず、うん。ごめん」


そう言って頭を下げた白猫の御使い兼大神アンドムイゥバ。大神の威厳もなにも感じられない雰囲気に、そこはかとなく悲しくなったのはジュジュだけではなかったじゃろうーー


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