第六話 最初の一歩

 結局、二日間でオルミー中にある十数軒の斡旋所を回ったものの、依頼が無い店や、勇者でなければ依頼すら紹介してもらえない店も多く、お手上げといっていい状態だった。仮に俺が出来る依頼があっても、そんな依頼がずっとあってくれるとは思えない。

 回り終わった頃には二日目の昼を過ぎており、俺は町をとぼとぼと歩いていた。

「やはり自由業は厳しい……三年前よりも状況が悪くなってるんじゃないか? 仕事を斡旋してもらうのは諦めるべきか」

 依頼は別に斡旋してもらう必要はない。困っている人を探し出して、条件の交渉をした後に依頼をこなし、お礼に何かを貰えばいい。だがその手間や斡旋所そのものが商売敵になることも考えると、中々厳しい手段と言えるだろう。

「勇者のお供として付いていけば、少なくとも依頼不足には困らないと思うんだがなあ」

 勇者は大抵他の勇者や戦力になる者と隊を組んで依頼をこなす。勇者と言っても一人で旅して戦うのは辛いわけで、旅の道中に寂しくもなる。そこで仲間の存在が必要となる訳だ。勇者一行に加わると待遇が良くなったり、経歴に箔が付いたりするため、一行に入りたがる者は多い。

 依頼と一緒に、俺を仲間に入れてくれる勇者を探していたのだが、勇者はみな知り合いで固まって組んでいる様子で、どこの馬の骨とも知れない俺を入れてくれる気配は全くなかった。

「あー。どこかに俺のような魔法剣士を雇ってくれる勇者はいないものか」

 そこでふと、あの魔法使い兼勇者マグスと助手の妖精ラウラを思い出す。強烈な二人の個性はとても思い出しやすい。だがすぐに彼らに頼み込む案は却下する。

「俺は二人に助けてもらった身の上だ。仲間に入れてくれなんて図々しくて言えるもんか」

 大体俺が頼んだとして、二人が仲間にしてくれるかどうかも分からない。困ったことがあれば言えと言っていたが、そこまで面倒を見てくれるとは限らないだろう。

 行き詰まった思考を止めたところで、市場に到着した。食べ物だけでなく生活用品、旅人が使うような道具、武器や防具、美術品などが並び、人々の間で言葉や物や金が行き交っている。いつもながら大した品揃えと繁盛ぶりである。ある程度整って並んだ出店の間を抜け、広場に出ると、そこには沢山のテーブルや椅子が置かれ、屋外で飲み食いすることが出来るようになっている。時にはここに舞台が置かれ、即席の劇場となることもある。去年の夏頃に俺もここで勇者劇を行ったものである。

 周りを眺めつつ広場を過ぎようとしたところ、やけに聞き覚えのある声が聞こえた。

「やから! 手持ちの金が足らんねん! 今から家へ取りに行かせてくれんか?」

「そんなこと言って、食い逃げするつもりだろう?」

「しないよ! ね、マグス!」

「せやで! ワシの目が嘘を吐くような男の目に見えるか? 見えへんやろ! れっきとした勇者様の目やで!」

「目を見て分かる訳があるか! 無いなら兄ちゃんに働いて返してもらおうか?」

「しゃーない、ラウラ! お前を人質にするで!」

「妖精なんざ置いて行かれても困る! これだから近頃の勇者は全くよぉお! 食い逃げなんかさせるかってんだ!」

 広場に面した食堂の出入り口に設けられたカウンターで、店員ともめているマグスとラウラを見つけてしまった。

「はっ、マグス! あそこにリヒトが! おーい!」

「ちょ、リヒト! 助けてくれー!」

 こちらが見つけた途端に、向こうにも見つかった。仕方ないのであちらに向かうことにする。マグスの隣に立つと、マグスはいきなり肩を組んで、潜めた声で話す。

「銅貨二枚あるか? ポケット探っても足りんねん。頼む!」

「あ、ああ。分かった」

 あまりにも情けない顔で懇願してくるので俺は思わず頷く。マグスは返事を聞いたと同時に店員に向き直る。

「こ、こいつはワシの……仲間や、仲間! 代わりに払うてくれるんで、それで勘弁してもらえんか?」

「まあ、払ってもらえるなら文句は無いですけどね。そちらさん、銅貨二枚あるの?」

 元々贅沢な暮らしは好きではないので、金はそこそこ貯まっている。銅貨二枚ならば大丈夫だ。マグスには恩もある。腰のポケットの袋から取り出し、店員に渡す。

「ありがとうございます。今度はお忘れなきよう、お客さん?」

「分かっとるっちゅうに! 今度は存分に払うてやるわい! 邪魔したな!」

「お邪魔しましたー」

 波が引くように、俺達はそそくさとその場を離れた。広場の反対側辺りで振り返り、話を聞いてみる。

「どうしたんだ?」

「うん。お前の疑問も分かる。が、ワシは決して食い逃げを図ってたわけやないで! 信じてくれえ」

「昨日と今日にね、斡旋所回りながらゴーレムの粘土探してたの。どこも売り切れで困ってたところでようやく見つけた粘土の値段が高くて高くて。買ったのはいいけど、お金が少なくなっちゃって」

 ラウラがマグスの背負った袋を指差した。そこに粘土が入っているのだろう。

「ほんで、昼食ったらこのざまや。すまん、家に帰ったら返すな」

「分かった、なるほど……」

 取りあえず話を信じて、納得する。もしかしたら、これは好機かもしれない。俺は彼らが家に帰るのを追いかけながら、確認を取ってみる。

「マグス。金が少ないということは、近々勇者として依頼を受けに行くのか?」

「そやな。むしろ今日にでも行こうと思うてる。それがどないした?」

「出来れば、でいいんだが、俺もそれに連れて行ってくれないか?」

 マグスは思わずといった様子でその場に立ち止まる。

「なんやて!? リヒト、役者やろ?」

「そこら辺の話は長くなるんだが……」

 マグスとラウラに俺が以前勇者を目指していた事と今また目指し始めた事をかいつまんで話す。

「そういうわけで、試しにでもいいから、俺を本当に仲間にしてくれないか?」

「はああ。なるほど、おもろいな。その夢、ええやないか。ウチは二人でやってるだけやし、剣使って前で戦ってくれるっちゅうなら、こっちからお願いしたいくらいやわ。お前なら、信用出来る」

「昨日と今日の恩もあるしね!」

 二人からの反応は良好だ。今度はマグスから切り出してくる。

「んじゃこの後、ワシの家来てくれ。外階段からな。こっちも準備して、銅貨持って待っとるわ」

「ありがとう! きっと役に立ってみせるよ!」

「ええ意気や。このマグス様に付いて来りゃ、勇者なんてあっという間やで」

「あっというまさ!」

 かくして、勇者と妖精と役者は隊を組むことになった。

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