⑥
ヴェイルとヂェゼビードが獰猛な笑みを浮かべた。そして示しあわせたように得物を横手に掲げる。それぞれの得物によって止められたのはハルバードと鉤爪。
ディノとゼヒルダがそれぞれヂェゼビードとヴェイルに奇襲を行い、さらにディノとゼヒルダが互いに爪を突きだす。ディノの貫手をヂェゼビードの触手が、ゼヒルダの鉤爪をヴェイルの蹄がそれぞれに阻止。ヴェイルの体が沈み、ヂェゼビードが跳び上がって、弧を描くような低空と上段回し蹴りが放たれた。ディノが小手を掲げてヂェゼビードの蹴りを防御して、ゼヒルダが三対の翅で空へと飛翔。
ゼヒルダの透き通った翅が擦りあわされ、至近距離から不協和音を鳴り響かせた。ヂェゼビードの表皮が波打って不快音波を吸収無力化し、全身に感覚器官を有したディノが思わず顔を歪めた瞬間、眼前で花粉が爆発。衝撃で頭部が仰け反り、熱で眼球が白濁を起こす。
そしてヴェイルはまったくの無表情。両耳からは血が流れていた。
(自分で鼓膜を破って聴覚を捨てたですって?)
驚愕するゼヒルダの顎に拳が見舞われ、打ち上げられてこちらも天を仰ぐ。
ヂェゼビードがゼヒルダを抱きかかえて後退しつつ、長刀の弩から液体金属を連続射出した。空を駆ける魔弾は三日月へと形状を変化させ、直線ではなく弧の軌道を描いて四方八方からヴェイルとディノに襲いかかる。
ヴェイルが鏖力を発動。地面から噴出した鎖が五つ、三つと三日月を撃墜し、続けて戦鎚を振るって三つを、四肢の蹄で二つを破壊。しかし撃ち落とせなかった二つがヴェイルの左肩口を深く切り裂き、ディノの脇腹を抉った。さらにゼヒルダからヤスリの鱗粉が蝶となって放たれ、ヴェイルの右膝から下を血霧と変える。
ヴェイルがディノの体に触れ、体を支えると同時に骨伝導での会話を試みる。
「左腕と右脚をやられた。耳も聞こえない。そっちは?」
「体の負傷は大したことないし、目の代わりも沢山ある。だけど単純に押されてる」
内臓が凍りつくような悪寒。二人が足元に視線を向けると、地表が盛り上がって割り砕かれていくのが見えた。ヂェゼビードが地下に潜らせた触手から熱線を放ってきたのだろう。
「さすがにこいつは見切れないな」
ヴェイルが呟いた直後、熱線が間欠泉となって噴出した。ヴェイルとディノが呑みこまれ、地表が砕かれて、粉塵が巻き上げられる。周囲には爆風と熱風が吹き荒れた。
ヂェゼビードとゼヒルダはまったく油断も慢心もしない。ヂェゼビードが粉塵の中心へと長刀の弩を向け、ゼヒルダがヤスリの蝶を次々に作りだしていく。
粉塵が内部から盛り上がったのはそのときだ。『ほらきた!』とばかりに、ヂェゼビードとゼヒルダが一斉攻撃を開始。相手が姿を現すよりも早く魔弾と魔蝶が粉塵に突入し、そしてなにも起こらなかった。
二人が訝しむ中で、最初に粉塵を突き破って姿を現したのは白骨化した山羊の顔、カイザーキマイラだ。続けて左右からハルバードと戦鎚、二つの得物が顔を出す。そしてヘラ角を頂いたヴェイルの顔が出現。ヴェイルの顔はディノの顔のすぐ下にあった。
粉塵から完全に体が抜けでて、ヂェゼビードとゼヒルダが驚愕に目を剝いた。
姿を現したのはカイザーキマイラでもルナエルクでもない。カイザーキマイラの肉体で身を包んだヴェイル、二人で一体の存在だ。
「カイザーキマイラを鎧にしただとっ⁉」
ヂェゼビードに接近していく間にもカイザーキマイラの肉体が組成を変えていく。より硬く、より薄く、より高密度に、鎧と呼ぶのが相応しい形状へと変化していった。ヴェイルの体躯が一回りほど大きくなり、負傷した左肩と右脚を補って、カイザーキマイラの膂力と防御力が上乗せされる。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」
ヴェイルとディノの雄叫びが重ねられた。
二人が翼を広げて飛翔し、ヂェゼビードとゼヒルダとの間合いを一気に詰めた。右手に握ったハルバードをヂェゼビードに、左手に握った戦鎚をゼヒルダに繰りだす。ヂェゼビードは熱線の剣と長刀を交差して防御するが、二人分の膂力を抑えきれずに弾かれた。最初から力勝負を不利と断じているゼヒルダは逆らわずに避け、手首に抵抗感。戦鎚を握った腕の陰から新たに形成した別の腕が伸びてゼヒルダの手首を摑んでいた。
弾かれつつもヂェゼビードが長刀を斬り返し、二人は翼を畳んで最小限の旋回運動で回避。同時にゼヒルダが大きく振られてヂェゼビードに叩きつけられ、ヂェゼビードはゼヒルダが負傷しないように衝撃を吸収して受けとめる。ゼヒルダがヂェゼビードに抱かれたままヤスリの蝶を飛ばし、蛇の口から毒液が吐きだされ、蝶は二人の体に届くことなく腐食して朽ち果てた。
ヂェゼビードが左腕に握った長刀と触手に銜えた熱線の剣を繰りだし、二人はハルバードと戦鎚を閃かせて応戦。剣戟による火花と金属音が撒き散らされる。その最中にカイザーキマイラの右腕からヴェイルの腕が抜けだし、鏖力を放出。放たれた熱線がヂェゼビードの脇腹を貫き、ヂェゼビードは思わず膝を着いていた。
ハルバードが変形し、自らの石突きを戦鎚の石突きに連結。長柄が身長の二倍を超える超長柄へと変化し、渾身の力で戦鎚が振り下ろされる。ヂェゼビードの前に出たゼヒルダが花粉爆弾を炸裂させるも、若干の勢いを殺せただけで止まらない。ゼヒルダが両腕を交差させて防御したところに戦鎚が激突。
ゼヒルダがふっ飛ばされ、地面に墜落し、二度、三度と地表を跳ねて止まった。負傷によって維持できなくなった魔装が解除され、口からは内臓損傷の血塊が吐きだされる。
「ぐがっ……」
漏れ聞こえた苦痛の呻きはゼヒルダのものではない。ゼヒルダを戦闘不能に追いやった攻撃は、半面大きな隙にもなっていた。突如としてヂェゼビードが飛びだしたかと思うと、間髪入れずに二人の間合いに侵入。ディノとヴェイルの全身に触手からの熱線を突き立てる。
空中に大量の鮮血が噴き上がった。二人の体を冷たい刃が貫通する。
「んなっ⁉」
ヂェゼビードが驚愕。二人の体を貫いて飛びだしてきたのは他でもない、二人の得物であるハルバードの穂先だ。細い槍に形を変えたハルバードが背中側から二人の体を貫き、腹側から飛びだして、ヂェゼビードの触手が銜えていた熱線のキャリバーを破壊。
いくら魔装を解除すれば負傷をなかったことにできるとはいえ、即死の危険性も死に値する激痛も無視した捨て身の一撃だ。
キャリバーの破壊に伴って熱線が消失。熱線の磔刑から解放された二人が独楽のように回転し、勢いをつけた回転斬りが両手の得物から繰りだされた。
重い一撃だ。防御に掲げた長刀を戦鎚が粉砕し、左の大腿にハルバードが半ばまで食いこむ。
そしてカイザーキマイラの内部からヴェイルの姿が消えていた。ディノが大きく横へと跳ぶ。
「こいつでっ!」
ヴェイルは後方に大きく距離を取っていた。頭上に掲げた両手の間に凄まじい熱量が収束していく。喰らった自爆装置の爆発をヂェゼビード目掛けて放出しようとしていた。
「終わらせてやる!」
そして両手が突きだされ、破壊の奔流が解き放たれた。
空中を駆けていくのは極大の光の流れだ。僅かに触れているだけの地面が根こそぎ削り取られ、消滅していく。キャリバーを失い、脚を負傷したヂェゼビードにはどうしようもない。
「……致しかたなし、か」
ヂェゼビードはどこか達観したように呟いた。
その体に衝撃が走る。
驚きに目を丸くしたのは当のヂェゼビード本人だ。ゼヒルダがヂェゼビードを突き飛ばし、攻撃の射線から退避させたのだ。
そして身代わりとなって、ゼヒルダが破壊の流れに身を晒していた。
くるであろう喪失感に耐えられないとばかりに、ディノは口を引き結んで顔を逸らす。
ゼヒルダにとってこの結末は本望なのだろう。自らよりも強く、価値のある存在のために戦い、そして犠牲となる。ゼヒルダは死に場所を見つけたのだ。
満足そうなゼヒルダの笑みが、光の中に呑みこまれていった。
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