ヂェゼビードが呟くと同時、生徒の口から悲鳴が上げられた。生徒の口からは悲鳴だけでなく炎までもが吐きだされる。

「が、足元が疎かだったな」

 生徒の足元の地面には穴。触手の一本が地中を掘り進んで、無防備な甲羅の内側から生徒の体に熱線の剣を突き立てていたのだ。

 生徒の口だけではなく両目や鼻、耳からも炎が噴き上がる。周囲には脂の焼ける甘い匂いが漂っていた。体内から焼かれた生徒は人間松明となって燃え上がっていく。

 ヂェゼビードに鏖力の火炎や電撃が降り注いだ。火炎を食らおうと動いた触手に襲いかかった電撃を食らおうとする触手に飛翔する光弾を食らおうとした触手に放たれた弾丸を食らおうとした触手にぶちまけられた毒液を食らおうとした触手をディノのハルバードが切断。混乱に乗じて接近しようとするヴェイルを牽制の熱線が襲い、同時に別の生徒の腕を切り落とす。それぞれが大戦力を投入しながら少数しか削っていけぬ、泥沼の消耗戦が展開されていく。

 ヂェゼビードの長刀が翻って頭の横で停止した。直後に轟音。長刀に激突して止められたのは長距離狙撃用の弾丸だ。遥か遠くで息を呑む音がした。

「弾幕で釘付けにしたのなら次は狙撃がくる」

 ヂェゼビードの目が遠方、校舎の屋上に向けられた。

 位置を特定された狙撃手が驚愕に顔を歪めるが、それでも拭えない余裕が滲んでいた。例え位置を特定されようが、熱線は大気によって減衰し、さらに新校舎は旧校舎と違って防御性能は抜群。自分に攻撃が届くことはない。狙撃手は落ち着いて次弾の準備を始める。

 触手で周囲の生徒の相手をしつつ、ヂェゼビードは左手の長刀を校舎に向けた。長刀の峰が左右に割れて弦を張り、長刀が巨大な弩となる。引き絞られた弾力が解放され、魔弾を射出。

 着弾音は狙撃手の背後、校舎屋上の床から聞こえた。反射的に狙撃手が振り返ると同時、逆再生したかのような急角度で跳ね返った弾丸が狙撃手の額を貫いて空へと飛び上がっていく。

 弾丸の正体は鏖力によって生成された液体金属だ。それにかけられた強烈な回転と鏖力の遠隔操作によって、跳弾での長距離狙撃という離れ業を可能にしたのだ。

 ヂェゼビードが腰を落とし、長刀を脇に構える。顔は凶相となっていた。

「明かしてしまった手の内ならば!」

 ヂェゼビードが長刀を水平に一閃。刀身からほとばしった液体金属の斬撃が一人、二人、三人と生徒の胴体を輪切りにし、四人めの左腕を切断したところで、磁力によって拡散させられて無効化される。

 磁力の鏖力で仲間を救ったはずの女子生徒は、すでに熱線によって首を切断されていた。

 耐火甲羅と磁力、二つの枷から解き放たれたヂェゼビードが両の得物を存分に振るう。おうとして腕に抵抗感。いつの間にか両腕に鎖が巻きついて拘束されていた。両脚もだ。

 首を失った女子生徒の体が傾き、背後から飛びだしてくる影。非情な決断で女子生徒の遺体を接近のための遮蔽物としたヴェイルだ。

 ヂェゼビードは拘束を解くよりも触手での迎撃を選択。ヴェイルへと飛びかかっていった触手たちは、しかし次の瞬間、地面から飛びだしてきた鎖に迎撃され、捕縛されていった。もはや鎖が誰の仕業か、ヂェゼビードが理解するには充分だ。

「罠型の鏖力だと⁉」

 意外さに目を剝いたヂェゼビードの懐へとヴェイルが飛びこんだ。疾走の勢いもそのままに、無防備となったヂェゼビードの胸板に頭から激突。王冠のヘラ角がヂェゼビードを強打し、あまりの衝撃でヂェゼビードを拘束していた鎖のすべてが引き千切られた。

 それでもヂェゼビードは耐えた。踵で地面を割りながら踏みとどまり、両手の得物を繰りだす。ヴェイルは鈍重な戦鎚では咄嗟に対応できないと判断。戦鎚を手放し、蹄の手袋で左右の刃を摑む。刃を押しこもうとするヂェゼビードと耐えるヴェイルの力がせめぎあい、鏖力抵抗による発光現象が起こされる。

 ヂェゼビードの目がちらりとゼヒルダを見た。

「面白い天魔獣だろう?」

 ヴェイルが横目にすると、今しも何度めかの激突が始まる瞬間だった。

 ゼヒルダの花弁の翅から粉末が撒き散らされる。粉末は地面に触れると同時、爆発を起こした。爆炎が膨れ上がり、粉塵が広がって、ゼヒルダの姿を見失わせる。

 ヴェイルは怪訝に眉をひそめた。

「花粉、か? どうして女のゼヒルダが雄の天魔獣を魔装できるんだ?」

「だから言っただろうが。面白い天魔獣だと。いや、天魔獣たちか?」

 爆炎の陰から出現したゼヒルダが生徒の隊列へと向かっていく。ミラジュリアの号令に従って後衛系の生徒たちが鏖力や銃撃で弾幕を張り、同時に前衛系の生徒たちが突撃して距離を詰めていく。それに対してゼヒルダは透き通った翅を擦りあわせた。金切り音にも似た脳髄に響く不快音が発生し、生徒たちは耳を押さえて悶絶。その一瞬でゼヒルダの鉤爪が巨漢の生徒の喉首を搔き切る。

「ど、どうして俺たちが生徒会長と戦わなくちゃいけないんだよ⁉」

「そうよ! 私は生徒会長と戦いたくなんてない!」

 生徒たちの口からは次々に狼狽の声が上がる。しかしゼヒルダの顔に躊躇いはなかった。

「あなたたちを皆殺しにするのが、ご主人様の望みだからですわ」

 ゼヒルダの左右から上半身を装甲に包んだ防御型の生徒が接近していく。生徒たちの目には打算。ゼヒルダを殺すことなく、制圧して無力化しようとする魂胆があった。

 ゼヒルダの唇が三日月を描いて嘲笑う。

「優しさは強さです。ですが、厳しさなき優しさはただの臆病。それは弱さでしかない」

 ゼヒルダの蝶の翅が羽ばたき、周囲に鱗粉が撒き散らされる。鱗粉は集まって蝶の形となり、眼前の生徒たちへと飛翔。

 無警戒にも蝶を払いのけようとした生徒は、次の瞬間、腕を消失させていた。生徒の喉から悲鳴が上がる。無警戒になるのが当たり前と思えるほどの鉄壁を自負していた装甲が、なんの役にも立たなかった。

 鱗粉の正体は硬質の粒子、ヤスリだったのだ。

「ご主人様はわたくしの厳しさを証明せよと仰られた。それと同じこと。あなたたちが真に強き者であるというのなら、わたくしと戦いなさい!」

 透き通った翅が不快音波を発生させ、動きの止まったところへ花粉の爆撃と蝶のヤスリが襲いかかり、接近して鉤爪が肉体を引き裂く。生徒たちの中には片腕を失ったケビンスと頭から血を流すグラサンの姿もあった。ミラジュリアが箒を一閃させるが、ゼヒルダは三対の翅を使って後方飛翔。すでに離脱したあとだ。

「ゼヒルダは本来、体幹の柔軟さを活かした一撃離脱型の戦士だ。魔装する天魔獣は速度に優れているものが相性がいい。しかしこの学園に適合するキャリバーはなかった。だから与えた」

 ヂェゼビードが触手で首をつついて、ゼヒルダにはめた首輪を示す。

族長級マーダーフェアリーズ。雌と雄、そして雌雄同体の三体が連結した世界に一体だけ、固有体の天魔獣だ」

 言われて凝視すると、確かに花弁の翅には雄しべだけではなく雌しべもある。透き通った翅の音波が雄の求愛行為だとするなら、残った蝶の翅が雌ということだろう。

 ヂェゼビードがぎりぎりと両手の刃を押しこんでいく。根本的にヂェゼビードの膂力がルナエルクを上回っているのだ。歯を食い縛ったヴェイルが力をこめて対抗しようとその瞬間、血が噴きだした。

 ヴェイルの首筋から間欠泉となって鮮血が噴き上がる。首の肉が歯型を残して抉り取られていた。逆にヂェゼビードの首は妖怪のように長く伸びている。ヂェゼビードが血に濡れそぼった唇を歪めてにたりと笑い、喉が鳴って、噛み千切ったヴェイルの肉片を呑みこんでいった。

 ヴェイルの純白の毛並みが赤く、どす黒く染まっていく。

 ヂェゼビードの膂力に押しこまれ、そして負傷で、ヴェイルが膝を着いてしまったのは自然な流れだ。だからヂェゼビードはそれが罠だと瞬時には見抜けなかった。

 ヴェイルは体勢を崩したと見せかけて、両手で摑んだ刃ごとヂェゼビードを引き寄せた。二人の間の地面が盛り上がり、飛びだしてきた大蛇が瞬間的に仰け反ったヂェゼビードの顎先を掠めていく。

 大蛇の正体はカイザーキマイラの尻尾。ディノが骸骨の顔でほくそ笑んでいた。

「意趣返しというやつだ」

 ヴェイルが拳を握り、渾身の力でヂェゼビードの腹部へと叩きこむ。

「忘れたか? 私に打撃はきかないんだよ」

 ヂェゼビードは口の端を吊り上げて笑った。そしてヴェイルも口の端を吊り上げて笑った。

 ヂェゼビードの表情が固まる。次第に表情が崩れていき、そして完全に崩壊した。両目は見開かれ、半開きの口から吐きだされるのは苦痛の呻きと血塊だ。

「な……ぜ……私に打撃が……通じ、る、のだ…………?」

 さすがのヂェゼビードも初めて味わう種類の痛みを耐えることはできなかった。腹部を両手で押さえ、よろつく足取りで後退していく。腹部を押さえる感触で異変に気がついた。

「な、んだ……これは……?」

 ヂェゼビードの腹部には白い物体が巻きついていた。まるで拘束着のように。

「これは糸…………いや、毛か?」

 それもただの毛ではない。絡みついた毛の色は純白に血が混じる。ヴェイルの体毛だ。

 ただでさえ強靭な天魔獣の体毛が複雑に絡みあい、ヂェゼビードの腹に何重にも巻きついて鋼鉄のような硬さとなり、打撃の衝撃を受け流せないようにしていたのだ。

「お前が最も想定していない攻撃はなにか? それは軟体で無効化できる打撃だ」

 ヴェイルは誇るように、ヂェゼビードに向けて握った拳を突きだした。

「攻略してやったぞ」

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