わたくしは自分の戦う理由がわからなかった。

 わたくしの生まれた家は古くから天魔獣の討伐を生業としてきた、早い話が猟師や傭兵のようなものだった。先祖には功績を認められて騎士の位を授かった者もいるらしい。地元ではちょっとは名の知られた名家だった。

 三人の兄と二人の姉もこの学園の卒業生で、今は立派に父の仕事を手伝っている。三年前には甥も生まれた。

 兄姉と同じように、わたくしも期待されてこの聖ヴォルフガング学園へと入れられた。

 だけどわたくしは戦いが好きではなかった。友達と一緒にお茶したり、買いものをしたり、恋の話をしたり、そして実際に男の人と交際してみたり。いつかは誰かと結ばれて、家庭を築いて、子供を授かって。そんな普通の女の子の人生を送っていたかった。

 この学園にきた当初も、わたくしは周囲と一線を置いていたように思える。

 私は不思議でならなかった。彼らはどうして戦いに臨むのだろうか。危険な目に遭って、怪我をして、そして死んでしまう人もいた。

 痛いのは嫌だ。悲しいのは嫌だ。死ぬのは、もっと嫌だ。考え始めると怖くて怖くて、頭から布団をかぶって一晩中涙を流していたこともある。

 だけど戦友たちと肩を並べて戦っていくうちに、わたくしは知ることとなった。彼らもわたくしと同じように、好き好んで戦いの場に進んでいるわけではないのだ。ただ、彼らは身に染みてわかっていたのだ。天魔獣によって起こされる悲劇を。犠牲者の涙を。

 彼らは目の前で悲劇を繰り返させないため、自分たちの身を犠牲にしてでも人々の盾になろうとする気高い人物たちだった。

 わたくしはこの場所で、ようやく自分が戦う理由を見つけたのだ。


 なのに、どうして。


 空はまだ薄暗い。水平線の彼方から太陽の漏らした光が、世界を黒から白へと塗り変えていく最中でした。

 鮮烈な朝焼けの中に、夕日色の人影が浮かび上がっていた。魔人長ヂェゼビードです。

 ヂェゼビードの全身は負傷に彩られ、失った触手も、背中の傷もそのまま。回復に要する時間を割にあわないと判断し、負傷を度外視して即座の再襲撃を仕掛けてきたのです。

 しかしその算段は、わたくしの目の前で破られていた。

「ふっはははははは! どうだ、貴様の手に渡さずにおいてやったぞ!」

 ヂェゼビードの目の前では偏屈像が破壊されていた。高らかに笑うエミーリオ副会長の手の中に、キャリバーの拡張器と思しき二つの腕輪が握られている。ヂェゼビードが拡張器を奪う寸前、エミーリオ副会長によって横取りされていたのだ。

 エミーリオ副会長からの連絡を聞きつけ、わたくしを始めとして前庭に人影が続々と集まってくる。ヴェイルさんとディノさん、ミラジュリアさんにマユキさん、そしてケビンスさんにグラサンさんといった、選抜組と志願の生徒たちがヂェゼビードへの包囲網を形作っていく。

 自らの目論見が潰されたにもかかわらず、ヂェゼビードは落ち着きを崩さない。

「さて、どうやって私を出し抜いたのか、一応は理屈を聞いておこうか?」

「ふっ。なあに簡単なことだ。我々の内部には貴様の内通者がいる。ならば拡張器の在処も筒抜けだと仮定して、寝ずにこの像を見張っていただけだ」

「なるほど、確かに簡単な理屈だな」と、ヂェゼビードは頷いた。顔には不敵な笑みが貼りついたままだ。

「だが内通者を炙りだせなかったのは、この場面では痛い手抜かりだな」

 わたくしの顔が血で染まった。

「…………え?」

 エミーリオ副会長が呆けたように言葉を吐きだす。視線が下げられ、自らの胸を貫く凶器を目にし、そして眼球が裏返って絶命した。


 なのにこいつは、どうしてわたくしの邪魔をするのだろうか。


 全員が口を半開きにして、驚愕の表情のままに動きを凍りつかせていた。なにが起きたのかまったく理解できていないのだ。

 絶命したエミーリオ副会長の手から、内通者によって拡張器が奪われた。凶器が引き抜かれ、彼の体はゴミのように捨てられる。

「なにが、どうなって?」

 誰かの発した疑問が、この場の全員の内心を代弁していた。

 わたくしは笑いを漏らさずにはいられなかった。だってこんな馬鹿馬鹿しいことが起きていいはずがないのだから。

「まだ、わかりませんの?」

 わたくしは彼の胸の中へとしな垂れかかる。すると彼の力強い腕がわたくしの背中に回されて、わたくしを抱きしめてくれた。

「よくやったな、ゼヒルダ」

「わたくしが内通者。ご主人様の端女ということでしてよ」

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