ヴェイルが勿体ぶって口にしたように、一握り大のカクリ石からはヂェゼビードを前にしたときにも似た、尋常ではない力の波動がひしひしと伝わってくる。

(…………だけど)

 それでもまだ足りない。こちらの手札は魔人級と準魔人級キャリバー。魔人三体分に匹敵するとされる魔人長に対抗するには、最低でも同格の手札がもう一枚必要だ。その上ヂェゼビードが魔装してくれば戦力はさらに開くだろう。

 ディノははっと閃いた。

「そうだ。例えば…………例えばだけど、これと同じカクリ石を用意してあいつの命を吸ってしまえばいいんじゃないだろうか?」

「無理だな」「無理よ」「無理ですね」

 ディノの提案は全員によって切って捨てられた。

「生物の強さとは寿命や免疫力、外傷耐性や回復力など、言い替えるなら命の強さだ。魔人ほどの強い命を吸うためにはカクリ石にも相応の品質が要求される。魔人数千体に対して魔人級キャリバーが僅か二百ってところからも、カクリ石自体を調達する難しさがわかるだろう。魔人のその上、魔人長級の命を吸えるカクリ石なんて、世界中に数十個も存在しないだろうな」

 ヴェイルが口にした説明に、ディノも口を閉じるしかなかった。

「戦力差を埋めるにはこちらも策を講じる必要がある。そのための連絡が……」

 そのとき執務机の卓上電話が音を出した。ヴェイルが口元に不敵な笑みを浮かべる。

「きたようだな」

 ゼヒルダが端末を操作して空中に像が結ばれる。どこにでもいるような、くたびれた印象の壮年男性の姿が作りだされた。

『エセルドレイデ伯から粗方の事情は聞いた。お初にお目にかかる。私は当聖ヴォルフガング学園の当代学園長、アレクシオ・クラウゼン』

 クラウゼン学園長は、ヴェイルとマユキに目礼した。

「クラウゼン学園長には、放浪癖がありますのよ」

「…………は?」

 ディノは聞き返していた。

「ですから、放浪癖です。ふらっといなくなってふらっと帰ってくる、あの」

「いや、それはわかりますけど、仮にも学園長ですよ? 放浪とかしてていいんですか?」

『気にする必要はない。学園長は影が薄くてね。いようがいまいが関係ないのだよ』

(あ。真面目な顔で駄目なこと言ってる。この人、駄目な人だ)

 ディノはすべてを理解した。

『さて、それでは単刀直入に話そう。まず、君たちの要求の一つめは叶えられない』

 クラウゼン学園長のその言葉だけで全員に動揺が広がっていく。

『学園島に援軍を送ることはできない』

「なぜ……です、の?」

『詳細な内容はエセルドレイデ伯爵から回されるだろうが、現在、帝国の沿岸地域一帯で魔人による同時多発襲撃が発生している』

 その場の全員が愕然として顔を強張らせた。

『帝国本土の戦力はほぼすべてが制圧と救助に出払い、残った戦力も各地の防衛強化に回されている。無論、民間組織や彼ら以外の人外部隊の面々もだ。余力はない』

「同盟国に援軍を要請することはできないのでしょうか?」

『もう打診している。が、沿岸部は帝国で最も他国から離れた地域だ。陸上部隊も海上部隊も間にあわないだろう。ゆえに現在学園島にある戦力だけで事態を打開するしかないのだ』

「ヂェゼビードはこの学園島を孤立させるために、横の繫がりに手を貸させたのか」

 ヴェイルは乱暴に頭を搔いた。ヂェゼビードはどこまでもこちらの手を予想して先手を打ち続けてくる。ヂェゼビードを出し抜くためには対応策や最善手ではない、根本的な予想だにしえない奇策が必要だ。

『さて、二つめの要求についてだが、どうやらこちらには答えることができそうだ』

 僅かに射した光明に全員が顔を上げた。

『魔人が学園島を襲った目的に心当たりがある』

 しかしクラウゼン学園長は一向に話そうとはしない。意を決するための時間のようにも思えた。一つ唾を呑みこみ、神妙な面持ちで口を開く。

『これは学園が長年に渡ってひた隠しにしてきた闇であり、最大の汚点だ。そして代々の学園長とその側近だけに伝えられてきた秘密でもある。しかし教師たちが全滅した今となっては、学園防衛の最高責任者はゼヒルダ君、きみだ。ゆえに私はきみに伝えなければならない』

 クラウゼン学園長は顎に手を添えて、どこから話せばいいのかと思案を浮かべていた。

『さて。まずはこの聖ヴォルフガング学園の前身が、第五次大陸戦争時代に開設されたキャリバーの研究施設であったことは知っているな?』

 クラウゼン学園長の確認に、全員が頷いた。

『研究施設は戦争を勝利に導く画期的な新技術の開発という肝煎りで開設されたわけだが、当時から黒い噂が絶えなかった。いわく、軍部との癒着、捕虜を使った非人道的な人体実験、そして魔人との密約による協力と研究成果の横流し。あまりにも絶えない黒い噂と、一向に形にならない研究から、施設は大陸戦争の終結とともに即座に閉鎖となった』

「それくらいは俺たちも調べた。だが、研究記録も成果も破棄されたと聞いている。だから目的はそれではないと判断した」

『いや、その後も研究は極秘裏に続けられていたのだ』

 クラウゼン学園長の告白に全員が表情を変えていく。

『初代学園長に就任したキューリアスは研究施設の一員だったのだ。キューリアスはどこかに保管していた設備と研究記録を使って、再びこの学園島で研究を再開した。それも人体実験のために生徒を使ってだ』

「確かにこの学園では生徒の死亡は珍しくない。露見するには時間がかかったことでしょう」

『これは世間に知られてはならない、とんでもない不祥事だ。それゆえ学園はこの事実を闇に葬ることにした。学園長キューリアスと、その研究成果とともにな』

 ゼヒルダは多機能生徒手帳に指を滑らせて学園史を参照する。キューリアスは学園創設九年めにして急逝とだけ記されていた。

「今もこの学園には、そのキューリアスの研究記録か成果が隠されていると、そういうことだな? そしてそれがヂェゼビードの狙いだと考えている」

 ヴェイルの推論にクラウゼン学園長は頷いた。

「それでその研究ってのは、具体的にどういうものだったんだ?」

『その研究とは、二つ以上の魔身キャリバーの同時使用に関するものだ』

「どういうこっちゃ?」

「キャリバーは二つ同時に使うことができないんだよ」

 ディノの疑問にヴェイルが答えた。

 ディノは考える。言われてみれば、一人につき適合するキャリバーは複数存在する。なのに通常はその中で最も適した一つだけを使っていた。複数のキャリバーを所持しているヴェイルやヂェゼビードでさえも同時に使用したところを見ていない。キャリバーの数が少ないからだと思っていたが、それとは別の理由があったようだ。

「それを狙いにきている、と考えるからには、研究には一定の成果が出ていたんだな?」

『伝えられてきた話によれば、通常の場合は使用者とキャリバー、二者の相性によって魔装が行われるのだが、これを複数同時に行う場合にはさらにキャリバー間の相性、そして三者全体での相性が問題になるらしい』

「友達の友達は友達、ってわけにはいかないってことですね」

「赤と青を混ぜれば紫になり、赤と黄色を混ぜれば橙になるが、赤と青と黄色を混ぜたら黒になっちまうからな」

「妻妾同衾というわけには参りませんものね」

 ヂェゼビード風に言うならば、食べあわせのいい同士の食材でも、三つあわせると美味くなるかはわからないといったところだろうか。

『研究の成果とはそのキャリバー間の相性、さらには三者全体での相性の問題をある程度緩和することのできる、緩衝装置のようなものだったらしい。研究が進んでいけば三つ以上のキャリバーによる同時変身も可能となるかもしれなかった代物だ』

 そこまで聞いて、ヴェイルは新たな問題点に気がついた。

「聞いた限りでは画期的な技術革新だが、そこまで成果が出ていて、どうして研究は完成しなかった? 闇に葬られた?」

『そこまで成果が出ていて、まだ解決されない最大の問題点があったからだ。使用者の命だ。装置を使った試験運用において、被験者の死亡が相次いで起きたのだ。大戦中の捕虜を使った人体実験とは、おそらくはこれを指していたのだろう。キューリアスは同じ結果になると知りながら学生に運用試験を行わせた。そして……』



 気難しく歪められた顔にはチョビ髭が貼りついていた。夕日の赤光が薄くなった頭皮を照らしている。常ならば知性を表す白衣も、変人性に磨きをかけることにしか役立っていない。両手は下げられ、股のすじに沿って手を動かす『ハイレグ、ハイレグ』という一世を風靡したギャグの姿で時間が止まっていた。

 聖ヴォルフガング学園の校門を入ってすぐ。前庭に佇む初代学園長アルバート・ヴォルフガング・キューリアスの偏屈像は、今日も今日とて生徒たちに睨みをきかせていた。

「誰が呼んだか偏屈卿、か」

 ディノはぽつりと呟いた。ディノと同じようにヴェイルが、ゼヒルダがマユキが、エミーリオがミラジュリアが像を見上げている。

 全員の頭の中には、先ほど執務室で行われた秘密の告白が思いだされていた。そしてキューリアスの研究成果の保管場所が、この偏屈像の内部というわけだ。

「……僕たちは、毎日何気なくこの像の横を通りすぎていて、顔を見上げるなんてこともめったにしてこなかった」

「ああ」

「だけどあんな話を聞いたあとに改めて見上げてみると……」

「ああ」

 今までは偏屈なだけに見えていた顔は、他人の命を値踏みする狂人の顔に見えていた。

「考えてみたが、噂にあった魔人との協力関係は事実なんじゃないだろうか?」

「というと?」

「魔人側に流された研究の概要が、回り回ってヂェゼビードの耳に入った。そして内通者を得て計画を実行に移した。そんなところが発端だろうということだ」

 ヴェイルが口にした推論に、全員が納得して頷いた。

「しかし彼はこの像を真っ先に狙ってこなかった。つまり彼自身も内通者も、目的の品がどこにあるのか摑んでいないことに他なりません。これはわたくしたちにとって大きな優位性です」

「そうだな。で、どうやって利用する?」

「わたくしとしましては、下手に警備を固めるよりも」

「あえて警備を巡回させる、か」

 確かに一騎当千のヂェゼビードに対しては、半端な警備など目的の位置を知らせた上に即座に蹴散らされてしまうだろう。

「ヴェイルさん、彼はいつ攻めてくると思いますか?」

 ゼヒルダに尋ねられて、ヴェイルは少し考える。

「傷と消耗の具合から考えて、数時間でとんぼ返りしてくるってことはないだろう。だが、魔人の回復力と生命力からすれば一眠りで休息は充分だ。早くて明日中……いや、明日の朝には戻ってくると仮定しておくべきだろう」

「わかりました。彼に対する策の準備と部隊の編成はあなたがたに一任します。ただし決戦に臨ませるのは熟練者と志願者だけとします」

 ゼヒルダの顔がエミーリオとミラジュリアへと向けられる。

「お二方は非戦闘員及び負傷者の島外脱出を進めて下さい」

「了解しました」と、二人が姿勢を正した。

「それでは、以降は各自待機とします。今の内に英気を養っておいてください」

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