「いや、いやいやいやいや」

 目の前の現実を否定する言葉を何度も何度も吐きながら、生徒たちは首を横に振っていた。ネクタイの色は最上級生を意味している。

「初めての魔装で、初めての実戦で、こんなに強いなんて反則でしょう?」

「魔装の強さは元となる天魔獣の強さに比例します」

 胸を強調するように腕を組み、ゼヒルダが口を開いた。

「族長級のキャリバーですら数が少ない。その上、魔装という不完全な再現では元の天魔獣の力を半分も引きだせていません。ですので魔装すると敵性指数が二つほど低くなります。準魔人級のキャリバーなど、世界中で五百振りも存在しません。それに適合し、力を完全に引きだせる人間ともなれば、逸材としか言いようがありませんわ」

 上級生たちの口からは歯軋りの音が漏れる。自分たちの積み重ねてきた訓練が、経験が、そして仲間の犠牲が、奇跡的確率という一言に踏みにじられたように感じてしまったのだ。

 対して新入生たちは感嘆と憧憬の固唾を呑んでディノの戦いを見つめていた。

 ディノがハルバードを突きだした。ハルバードからは斧の刃が消えて長柄だけになっている。長柄がエルビキュラスの足首を突き刺し、貫通したところで大鎌の刃が出現して完全拘束。

「おおおおおおっ!」

 ディノが咆哮を上げ、左手でエルビキュラスの背中に爪を立てて膂力を全開。エルビキュラスの脚がありえない方向へと捻り上げられ、間接の破壊される生々しい音が連続。

「があああ、ああああああああああああっ!」

 エルビキュラスの口からは怒号とも悲鳴ともつかぬ叫びが放たれる。

「ディノが一人で体を張ってるんだ。俺たちもなにかしよう」

 誰からともなく、そんな言葉が発される。

「なにをすると仰られる?」

 浴びせられたのはゼヒルダの冷静な一言だった。

「見ていたとおり、あの二体には鏖力がききません」

 ヂェゼビードは鏖力を喰らい、エルビキュラスの抵抗力を突破することはできない。

「しかし、接近戦など自殺行為でしかない。あの二人を除いては。我々はただ手をこまねいて、戦いの結末を傍観することしかできないのです」

 ゼヒルダの顔には悔しさと歯痒さだけがあった。



 ヂェゼビードの背中には真新しい傷が刻まれていた。どくどくと真っ赤な血を流している。

「さすがに彼らは強かったよ」

 ヂェゼビードの指先がガルジオの生首に向けられた。声には感心と畏敬がこめられている。

「無数の触手に守られた背中が死角だと瞬時に見極め、相討ち覚悟の一撃を見事に決めてみせたというわけだ。が、相討ちに持ちこむには些か傷は浅かったがね」

 ヂェゼビードが言うほど傷は浅くない。傷口は一向に塞がる気配を見せず、動くたびに鮮血を吐きだし続けている。

「こんな重傷をかかえたまま、大立ち回りをしていただと……っ?」

「どうした?」

 ヂェゼビードの視線が肩越しにヴェイルを見た。口の端が吊り上げられる。

「今さら怖くなったのか?」

 二人は弾かれたように距離を取った。離れつつも触手がヴェイルに襲いかかっていく。

「怖いさ!」

 ヴェイルの口から悲鳴にも似た内心の吐露が放たれた。

「俺を殺して喰うことしか考えていないケモノの前に身を晒していると思うだけで怖い。怖くないわけがない」

 ウサボルトの鏖力によって地表が凍結。ヴェイルは足を滑らせて氷上移動し、触手を次々と回避していく。追いすがる触手も鏖力によって凍結し、粉々に砕けていく。

「だけどお前を野放しにしておけば多くの人が血を流す。それ以上の涙を流す! だから俺はお前の前に立っていられる!」

「それは貴様のほうだ!」

 ヂェゼビードの拳が、無数の触手が、一斉に校庭を殴りつけた。瞬時に地表が爆散。平地という平地が凍結ごと破砕され、氷上移動を不可能にする。

「私を殺して喰うことしか考えていないのは貴様のほうだよ! 貴様を野放しにしておけば多くの同胞が屠られて喰われる。だから私は貴様の前に立った」

 ヴェイルの顔には気付きがあった。霧が晴れたような澄んだ瞳となっている。

「そうか、お前たちも俺が怖かったのか」

 考えてみれば当然のことだ。天魔獣は人間を喰う。その天魔獣を自分は喰っている。だったら自分は天魔獣にとっての天敵、潜在恐怖の対象だったのだ。

「俺とお前は、平行線だったのか」

「そうだ。ようやく気付いたのか。私と貴様は決してまじわらない平行線だ。硬貨の裏表だ。鏡のあちらとこちらだ。我と彼は対存在なのだよ」

 ヴェイルが一歩を踏みだす。ウサボルトの尖った鼻先に霜が降りた。

 ヂェゼビードも一歩を踏みだす。背後に続く無数の触手が、王に率いられた軍勢のようにも思えた。

「それじゃあ、」

「ああ」

「どちらかが皆殺されるしかないな」

「ああ」

 ウサボルトの足元が、大気が、周辺が見る見る間に凍りついていった。ヂェゼビードの口からも白い息が吐かれる。

「最大鏖力を全方位に放射し続けての、絶対圏の確立というわけか。確かに無数の触手に対しては効果的だが……。さて? 体力が続くかな?」

 鏖力も無限に湧きでてくるものではない。使えば枯渇していくのだ。最大鏖力を放ち続けている今のヴェイルは消耗速度も尋常ではないはず。

「となれば短期決戦!」

 ヂェゼビード目掛けてヴェイルが飛びだす。よりも早くヂェゼビードが飛びだしていた。短期決戦狙いのヴェイルに、それ以上の速攻をぶつけて潰しにきたのだ。

 ぎょっと目を見開いたウサボルトの横っ面に拳がめりこみ、ウサボルトの矮躯が横へとふっ飛ばされる。ウサボルトは横への衝撃を回転に変換して着地。

 ウサボルトの眼球が潰れ、ヂェゼビードは全身に霜を張りつかせていた。ウサボルトを直接殴りつけた拳は凍りついている。

 同時にウサボルトの両腕も失われていた。ヴェイルは左右の剣を交叉で繰りだそうとしたものの、ヂェゼビードの触手に両腕を噛み千切られてそれもままならなかったのだ。触手が振られ、ウサボルトの両腕と二振りの剣が遠くに投げ捨てられる。

 表皮に張りついた霜を振るい落として、ヂェゼビードが一歩を踏みだす。踏みだしは即座に疾走となった。ウサボルトが後退するよりも早く間合いを詰め、凍っていないほうの拳を今度は腹部に叩きこむ! 衝撃でウサボルトの体がくの字にへし折れ、口からは内臓破裂の鮮血が吐きだされた。

 ヂェゼビードの拳が連続し、二発めで止められる。左右の拳はヴェイルの両掌に受けられていた。両腕を失っていたはずが、魔身変現を解除することで生身の両腕を呼び戻したのだ。

「解除をそうやって使ってくるのか」

 ヂェゼビードが気を緩めた一瞬に、今度はヴェイルの拳がヂェゼビードの腹部に叩きこまれる。衝撃でヂェゼビードの背中が爆発したように伸びていった。ヂェゼビードの顔には笑み。

「こちとら軟体! 打撃がきくかよ!」

 ヂェゼビードの筋肉が隆起してヴェイルの拳を弾き返した。そして全身が蠕動。胴体に叩きこんだはずの衝撃が力を衰えさせることなく体内を移動し、触手の先端に集中。

「貴様が叩きこんできた衝撃を! そのまま弾丸にして贈り返す!」

 触手の口腔から放たれた衝撃波の弾丸が豪雨となってヴェイルに降り注いだ。

 ヴェイルが跳躍。長い脚が前方に伸ばされ、衝撃波の弾丸を踏みつけた。足裏の皮膚が破裂し、ヴェイルの歯が噛みしめられて痛みに耐え、衝撃波を踏み台にして再跳躍する。

「俺の力から作った衝撃なら、俺の力で相殺できないわけがない」

「道理だ!」

 ヴェイルは大きく跳んで着地、地面へと手を伸ばす。そこに寝ていたのは生徒の死体だ。両手に遺品の剣を握り、ヂェゼビードへととんぼ返りする。

 ヴェイルが片手の剣を突きだし、触手が鞭のように翻って弾き落とした。すかさず繰りだされた逆の剣も同じように迎撃される。

 そこへさらに別の剣。足の指に挟んでいた三本めの剣が真下からヂェゼビードに迫る。発生したのは火花と金属音だ。三本めの剣はヂェゼビードの握る筒によって防御されていた。腰に吊るしていたキャリバーの一つだ。

「戦う力を失い、それでも抗うか。その意気やよし!」

 ヴェイルの腹部にヂェゼビードの蹴りが叩きこまれて無理矢理引き剝がされる。

「ならば私も持てる力のありったけで貴様に応えよう!」

 ヂェゼビードが握るのは、剣身のない柄と鍔だけの物体だ。ヂェゼビードの右腕が魔装の光に包まれ、肘から先が鋼の籠手と化す。柄口からは熱線がほとばしり、収束されて刃となった。

「……どうして魔装した?」

 ヴェイルの口からは純粋な疑問が出された。

「適合係数の高い魔人なら、魔身変現だろうが完全魔装だろうが自由自在のはずだろうが」

「それが人間と我々魔人の違いだ。何人もの同胞を屠ってきたと聞いていたが、どうやら三下相手ばかりだったようだな。よろしい。ならば頭(ず)を高くして講釈を垂れてやろうか」

 問答を口にしつつ、ヴェイルもヂェゼビードも一瞬たりと気を抜かない。一触即発の緊張感のまま、じりじりと開戦の機会を窺い続ける。

「人間にとってキャリバーの相性とは使い勝手、それ以前に適合するかどうかだが、我々魔人にとっては違う。キャリバーの相性とはどれだけ自身の特性を伸ばし、欠点を補えるかだ。

 魔装可能な天魔獣は最低限群長級のレベル緑だが、一部分だけの再現なので力が低下し、レベル紫と拮抗する。魔身変現や完全魔装は生前の天魔獣本来の力と言っていいだろう。

 が、私たち魔人はそもそも族長級の天魔獣より強い。魔身変現や完全魔装でわざわざ力を低下させる意味はない。

 わかりやすいように、貴様らの大好きな料理で例えてやろう」

 ヂェゼビードの言葉は皮肉だ。彼にとっては人間も料理も同じだと、そう言っているのだ。

「貴様ら人間は、いわば白米やパン、麺と言ったところだ。魔装は具材を乗せるようなもの。肉をあわせようが魚をあわせようが野菜をあわせようがいい。魔身変現や完全魔装で、そもそもを魚料理や肉料理に変えてもいい。

 対して私たち魔人は完成された一品の料理だ。肉料理を魚料理に変え、魚料理を野菜料理に変える意義がない。なによりも肉の野性味、魚の上品さ、野菜の甘みなど、本来の持ち味を捨てるようなものだ。味に深みを与えるには、魔装でちょい足ししてやるくらいが丁度いいのさ」

 ヂェゼビードの手が自らの胸に置かれた。

「私は、端的に言って最強だろう?」

 言葉は傲慢ではなく自負からだ。自他ともに認める圧倒的な力が彼に語らせていた。

「一人で軍を従えているにも等しい手数、軟体の攻防への転用、膂力と速度。欠点らしい欠点といえば、遠距離での火力が足りないことくらいか」

 ヂェゼビードは握った剣を天へと掲げた。収束させた熱線は、触れた物体すべてを焼き斬る絶対の刃だ。同時にヂェゼビードの背後からも無数の熱線がほとばしる。触手の口腔から熱線が放出され、収束して何十もの刃となる。

「その問題も、こうやって解決したというわけだ」

「なるほど」と、ヴェイルは何度もうんうんと頷いた。そして顔を上げる。

「すまないが、なにを言っているのかまったくわからない」

「…………なんでだ?」

「いや、俺は、味音痴なんだよ。料理の味がどうこうって、正直ちょっとよくわからない」

「……そうか。…………味音痴なのか……」

 ヴェイルの言葉を聞いたヂェゼビードは、心なしか消沈しているようにも見えた。

「それに、だ」

 問答の時間も終わったようだ。ヴェイルから敵意と威圧感が膨れ上がっていく。

「どうせ腹に入れちまえば同じだ。便所で流されていくころにはもっと同じになっている」

「はっ。それもそうだ。そうに違いない」

 ヂェゼビードも喉を反らしてヴェイルの言葉に賛同した。

「要は強いほうが相手を喰らうってだけだろうが」

「では、私が喰らう側だと決まったも同然だ」

 敵意の笑みをかわしたヴェイルとヂェゼビードが、同時に飛びだした。

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