「最も重要なことは?」

 ごくり。

「おっぱい揉み放題ってことだああああああああああああああああああああああああ!」


 揉み放題だああああああああああああああああああ

 放題だああああああああああああ

 いだああああああ

 だあああ


 天に向けて上げられたヴェイルの叫びは、何度も何度も反響して返ってきた。

「な、んだと……?」

「もしも天魔獣喰いや人間喰いが子供に遺伝するのなら、お前は普通の食事を摂れていなかったはずだ。つまり、俺たちは好きな女と所帯を持てて子供も育てられるんだよ」

 猫目は怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にして俯けていた。

「そうか、そういうことか!」

 と、ディノもなにかに気がついてミラジュリアを見る。正確には、ミラジュリアのたわわに実った巨乳をだ。

 自分は彼氏。つまり、彼女の乳は彼氏のもの。

「僕もおっぱい揉み放題だああああああああああああああああああああああああ!」


 揉み放題だああああああああああああああああああ

 放題だああああああああああああ

 いだああああああ

 だあああ


 空は青。吹き抜ける麗らかな春風が心地いい。

 少年少女が勉学に励み、競いあい汗を流す学び舎。

 青春の大舞台。

 男どもの煩悩が爆発していた。

 女子の視線は冷たい。

 エルビキュラスの口からは呆れたような溜め息が漏れる。

「こやつらはその…………ありていに言われれれる馬鹿なのか?」

 巨体から放たれれば溜め息といえど強風になる。周囲は一気に生温かくなった。

「……馬鹿は強い!」

 それでもヂェゼビードはまったく油断しない。上がりかけた士気を叩き潰すべく飛びだした。

「いくぞ!」「おう!」

 応じてヴェイルとディノも飛びだしていく。

 ヂェゼビードの触手が襲いかかり、ディノが前面に出る。カイザーキマイラの山羊や牡羊の骸骨の眼窩や鼻腔からも無数の蛇が飛びだし、触手を迎撃。蛇が触手に噛みつき、触手が蛇に牙を突き立て、互いに食い破り、絡みつき、引き千切る。蛇と触手の頭部が花吹雪のように舞い落ち、血液が豪雨となって降り注ぐ。

 それでも物量の差を覆すことはできず、蛇の防衛網を抜けて触手が二人に殺到。カイザーキマイラの巨体が受けて防御する。触手からは毒素が注入され、瞬時に蛇の何匹かが本体に牙を突き立てて解毒成分を注入、中和した。

「物量に対して巨体による負傷の分散か。それは以前にもやられたな」

 触手の先端が回転。ある触手は錐となってディノの体を貫き、ある触手は突き立てた歯で肉を抉る。ディノの全身から間欠泉となって血液が噴き上がった。

「無論、それでも私が勝ったのをギルズヴェルの記憶が覚えているだろう?」

「そんときゃ一人きりだったろうしな」

 カイザーキマイラの影から飛びだす影。ウサボルトとなったヴェイルだ。

 ヂェゼビードが迎撃に触手を繰りだして、停止。弾かれたように後方へと跳びすさる。ウサボルトの発した凍結の鏖力によって触手の先端が凍りついていたのだ。

「鏖力…………鏖力か。そういえば一つ疑問があった」

 カイザーキマイラの巨体がヂェゼビードへと飛びかかった。渾身の力でハルバードが振り下ろされる。

 ヂェゼビードを真っ二つにするかと思われたハルバードは、しかし長柄を握る拳を摑まれて止められていた。同時に繰りだした逆の拳も、同じように逆の手に摑まれて止められている。ヂェゼビードの全身が膨れ上がり、巨体の膂力に対抗する。

「どうした? 使えよ鏖力を」

 ヴェイルは舌打ち。ヂェゼビードがディノを盾にしていて鏖力で狙えない。位置を探して移動を始める。

「完全魔装をしておいて、まさか使えないわけではないだろう?」

 ヂェゼビードが蹴りを放ってディノを無理矢理引き剝がす。ディノがふっ飛ばされた先にはヴェイルの姿があった。

 二人が激突する寸前、ディノが翼を広げて姿勢制御。水平となった背中にヴェイルが飛び乗り、地上を走るヂェゼビードを追いかけていく。

「鏖殺能力! 生物とは他者を食うことでしか己の生を繫げない存在だ。そして他者を食うには殺さなければならない。鏖力とは捕食生物である我々が進化の過程で獲得した力、獲物を皆殺しにして喰らうための力だろうが!」

 追いかけながらも凍結の鏖力が連続してヂェゼビードへと襲いかかっていく。

 ヂェゼビードの姿が搔き消えた。上空から影が落ちてくる。咄嗟に見上げたヴェイルは、次の瞬間にはディノによって遠くに投げられていた。直後、地表を貫いてヂェゼビードが出現。ヂェゼビードが拳を放ち、ディノが腕を交差して防御する。上空に浮かぶ人型は膨らませた触手を人の形に組み合わせた囮で、本体は地下を掘り進めてきたのだ。

「それをギルズヴェルも貴様も使おうとしないとは何事だ! 私を侮るのも大概にしろ!」

 ヂェゼビードの逆の拳が跳ね上げられ、交差した腕の防御を弾き飛ばした。振り上げた拳が空中で肥大化、巨人の鉄槌となってディノの脳天に叩き落とされる。

「こんな力、使うかよ!」

 ディノが真横へと回避。一拍遅れて拳が地面に叩きつけられる衝撃と轟音。

 ヂェゼビードが目を細める。カイザーキマイラの姿が変化していた。カイザーキマイラの腰から下が前後に長く伸びて四足獣の胴体となっていたのだ。体の構成を自由自在に組み換える、鏖力ではないカイザーキマイラの基本能力だ。

「こいつの鏖力は、絶命」

 ディノの発した一言にヂェゼビードが言葉を失う。そこへ横手からヴェイルの蹴りが突き刺さり、ヂェゼビードはふっ飛ばされていった。

「こいつの鏖力は生物を即死させる力だ。対生物なら無類の優位性を発揮するだろう。だけどこの力は危険すぎる。こんな力を使っていたら、守りたい人たちも巻きこんでしまうかもしれない。だから僕はこの力を絶対に使わない」

 地面に四肢を突き立てて、土埃を巻き上げながらヂェゼビードが制動をかける。立ち上がり、ディノを見つめる目には、理解と尊敬の色があった。

「ギルズヴェルは武人だった。武の極地とは二つしかない。殺すか、活かすかだ。

 皮肉な話ではあるな。殺す力を求めた果てに究極の力を得たはずが、武人としての矜持が手にした力を使わせようとしなかったのだろう」

 ヴェイルとディノがヂェゼビードの左右から飛びかかっていく。ヂェゼビードは両腕と触手を使って迎撃。二人はすぐに位置を入れ換えて、ヂェゼビードを目まぐるしく攻め立てていく。

「貴様はどこかギルズヴェルに似ている。信念を持っている者の目だ。貴様ならば絶対に力を使わないと確信したからこそ、ギルズヴェルも手を貸してみようと思ったのかもしれぬ」

 ヴェイルは迎撃してくる触手を搔いくぐってヂェゼビードの背後に移動し、背中へと左右の二刀を繰りだした。一刀めで触手を薙ぎ払い、二刀めで渾身の突きを放つ。しかしそれは残されていた触手に受けとめられ、僅かに数本の触手を切り落とすにとどめられた。

「それをやられるのは本日二度めだ」

 ヴェイルははっとなって息を呑んだ。

「こちらには我がいることも忘れるでないぞおおお!」

 エルビキュラスの巨体が大地を揺らしながら突進してきた。

「だからこっちも二人いるんだよ!」

 エルビキュラスの超巨体へと、カイザーキマイラの羽蟻のような巨体が突っこんでいく。

 カイザーキマイラの三本の脚による蹴りが、片目を失ったエルビキュラスの頬へと襲いかかった。しかしこれは振り上げられた脚によって払われてしまう。翼を広げて旋回飛行しつつ牡羊の視線を向けると、エルビキュラスの甲殻の外周にいくつもの目が開いているのが見えた。

「巨体の死角をなくすために、感覚器官を全身に配置しているのか……」

 カイザーキマイラの全身にも顔が配置されていた。形は違えど同じような理論のようだ。

 感覚器官が存在しないのは、ヴェイルが攻撃した背中の甲殻部分だけ。

(……ヴェイルに倣って弱点を攻撃するべきか?)

 ディノの脳裏をエルビキュラス村が壊滅したときの光景が掠めていく。

「……違うな」

 思考に費やした僅か数秒の間に、エルビキュラスの脚がディノへと振り下ろされていた。暴走列車のような一撃に対してディノは左腕を掲げる。激突の瞬間、左腕が五本に増えた。超質量を受けとめるが、衝撃で体が流され、地面に叩きつけられてしまう。

 轟音が響き渡り、エルビキュラスの隻眼が目を剝いた。地面に亀裂を刻み、全身の負傷から再び鮮血を噴き上げながらも、ディノは四本の脚で踏みとどまっていたのだ。

「おおおおおおっ!」

 ディノが咆哮を放つ。五本の腕の先端に山羊の頭骨が生成されて爪となり、腕がまとめられて掌となった。腕の太さの指が握られて巨大な拳となり、エルビキュラスの脚を殴り上げる。

 脚に押されてエルビキュラスの巨体が浮き上がった。体勢を崩して斜めになり、踏鞴を踏む。

「馬ああああああ鹿ああああああなああああああっ!」

 エルビキュラスの驚愕を切り裂いてハルバードが一閃。巨大な脚の爪先から肩までを一気に両断する。

「……それじゃあ僕の気が治まらない」

 犠牲になった人たちの無念は晴らされない。

 カイザーキマイラの全身に顔を並べた獅子が、蛇が、鷲が、猛獣そのものといった凶悪で獰猛な笑みを浮かべた。

「正面からぶちのめしてやる」

 翼を広げてディノが飛び立った。

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