⑦
ヴェイルが大剣を振るい、グレンイッカクの首が次々と刎ねられていく。グレンイッカクが迎撃の牙を射出するが、ヴェイルが避け、その先にいた同族に着弾。爆裂が起き、体内の生体火薬に誘爆して次々と肉片に変えていく。今まで安全安心に砲撃をしてきたグレンイッカクは、懐に入られてからの対処法を持たないのだ。
上空から影が急降下。落下してきたのは白と黒の一塊、ハッスルペンギンの尻落としだ。ハッスルペンギンは自らの群れに損害を与えたヴェイルへと敵意の演武を舞う。
ハッスルペンギンは流れるような動きで翼を振り、突きだし、足を捌き、首を回して、突如として跳躍。畳まれていた膝が伸ばされ、奥の手にして必殺の空中回し蹴りが放たれる。
しかしヴェイルの姿はどこにもない。
「通常、ペンギンは両脚を曲げてしゃがんだ体勢のまま生活している。本物のペンギンは脚を伸ばせないが、天魔獣なら可能だ。だったら奥の手が脚を伸ばしての蹴り技だと想像がつく」
ヴェイルの声は真下。跳び上がったハッスルペンギンの体の下から聞こえてきた。
「そして短い脚と一撃必殺の奇襲のせいで、お前は足元に潜りこまれた経験がない!」
ヴェイルが大剣を一閃。真下から跳ね上がった刃がハッスルペンギンの股間から腹部、胸部、喉、嘴、眉間と駆け上がり、脳天まで縦断。三枚の刃がハッスルペンギンを四分割した。
「我が背から離れろガキいいいいいいっ!」
エルビキュラスは怒号とともに背中へと腕を回した。生き残りのグレンイッカクたちが次々と薙ぎ払われていく。
「勿論、お前の弱点もわかっている」
すぐそこまで破滅の大津波が迫っているというのに、ヴェイルは呑気に甲殻の上を歩いていく。エルビキュラスの腕はヴェイルに届くことはなく、足元を素通りしていった。
「お前の背中には苔がこびりついている。どう考えても腕が届いていないだろうが」
加えてエルビキュラスの象の脚では、なにかを摑んで射程を伸ばすことも不可能だ。
「俺は弱点を攻撃しない。なぜなら弱点ってのは最も厚く対処法を重ねる部分だからだ。あるいは相手を誘いこむ罠という可能性もある。だが、矛盾するようだが、弱点はある」
ヴェイルが大きく大剣を振りかぶった。
「お前は常に自分よりも小さい生物を相手にしてきた。だから下からの攻撃に対する防御も発達していた。では、お前が最も想定していない攻撃はどこに対してか? それは体の中で一番の高所にあり、かつ硬い甲殻に守られた場所」
ヴェイルが甲殻目掛けて大剣を振り下ろした。まるで重金属同士をぶつけたかのような鈍い音が鳴り響く。大剣の刃は刃毀れを起こしていた。
しかしヴェイルは止まらない。甲殻に向けて何回も、何十回も、狂ったように大剣を振り下ろし続ける。
「お前のこの分厚い甲殻の下には、一番柔らかい肉が隠れているはずだ!」
「あいつは……馬鹿なのか?」
エミーリオは呆然と、唖然として呟いた。
「一番強固な場所に隠れた部分が一番脆弱だと? その強固を破れないから、誰もが違う攻略法を編みだそうとするのではないか」
「やめろ! やめろおおおおおおおおおおおおっ!」
エルビキュラスが八本の脚を背中へと回すが、どれもヴェイルを掠めもしない。
激突音が変わった。何度となく叩きつけた大剣によって、ついにエルビキュラスの甲殻に亀裂が走ったのだ。ヴェイルが渾身の力で大剣を振り下ろして甲殻を粉砕。何物にも守られていない剝きだしの柔肉が白日の下に晒される。
風が触れても激痛が走るだろうそこへ、間髪入れずに大剣が突き立てられた。そして捻る。
「ぐぎゃああああああああああああああああああああああああっ!」
エルビキュラスの喉から絶叫がほとばしった。巨体に見合った大音声が響き渡り、生徒たちやサイオオカミが体勢を煽られる。突風が生まれ、木々が揺れ動いて、塵が舞った。
「お前の甲殻を砕くのに丁度よく刃毀れを起こした。鈍い刃物で抉られるのは痛いだろう?」
「おおおっ…………おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおっ!」
エルビキュラスの喉から絶叫とも怒号ともつかない咆哮が吐きだされる。
なにを思ったか、エルビキュラスは体育館目掛けて頭から突っこんだ。破壊された体育館の残骸が土石流となって背中を駆け抜け、ヴェイルの姿が消えてなくなる。
「そんなっ! ヴェイルがっ!」
ディノの口から狼狽の声が漏れた。
「……今のは間一髪、というやつだな」
ヴェイルの苦い声は上空からだ。大剣が再び羽バイクに変形して宙を飛んでいた。ヴェイルの半身には創傷が広がり、血を流している。完璧には避けきれなかったのだ。
身震いして残骸を振り落としつつ、エルビキュラスは憎悪に燃える瞳でヴェイルを見上げた。
「運のいいやつめ」
「そうだな。確かにそのとおりだ」
エルビキュラスの怒気に、ヴェイルは静かに同意する。
「俺が間違っていた。お前を相手にしておきながら余力を温存しておこうだなんて、いくらなんでも正気の算段じゃなかった」
羽バイクの機首が大地へと向けられた。ヴェイルとともに真っ逆様に急降下しつつ、再び大剣へと変形していく。
「魔! 身!」
大剣に向けてヴェイルが文句を口ずさむ。
「変! 現!」
「させるかぁぁぁっ!」
ヴェイルが白光に包まれるのと、エルビキュラスの脚が突きだされるのはほぼ同時だ。そして白光の中から突きだされた巨大な拳がエルビキュラスの脚を受けとめたのも。
ヴェイルの体積が爆発的に膨張していく。巨体はエルビキュラスには及ばないものの、校舎ほどの大きさになっていた。大地を踏みしめ、地表を割るのは蹄を有した四本の牛の脚。牛の首の位置から生えるのは逞しい人間の上半身。腕は四本ある。背中では炎で形作られた光輪が燃えていた。そして頭部は笑い牛、泣き牛、怒り牛の三牛面。
準魔人級〈アシュラゴズタウロス〉となったヴェイルの四つの拳が鏖力の炎に包まれる。燃え盛る拳がエルビキュラスへ連打された。
ヴェイルの後方では生徒たちと天魔獣の戦いも苛烈を極めていた。エルビキュラスという全体指揮官とグレンイッカクによる援護砲撃を失ったことで、サイオオカミとニセウミヒツジの軍団との乱戦に突入していたのだ。
「一列め、防御陣形!」
ゼヒルダの号令が響き渡った。迫るサイオオカミの突撃に対して、防御力に優れる生徒と膂力に優れる生徒が二人がかりで押しとどめる。
「二列め、対空防御!」
続いて盾が重ねられ、上空からのニセウミヒツジを防御。
「三列め、斉射!」
防壁の隙間から攻撃が放たれ、サイオオカミとニセウミヒツジたちを屠っていく。
ゼヒルダとエミーリオは頷きあった。
「やはり連携が乱れているようですね」
「今のは後列の射撃要員を攻撃してこちらの反撃を潰す場面でした。しかしサイオオカミの援護を優先したため、反撃を許してしまった」
サイオオカミの突進にも精彩がない。破壊された施設の残骸が障害物となって充分な速度を出せないのだ。
本来ならば、ここは施設やその残骸を壁としての遠距離戦・奇襲戦を行う場面だ。しかしグレンイッカクとサバクエイ、遠距離と奇襲の戦力はすでに削られている。
「専門職がそれぞれの仕事を完璧にこなす集団は凄まじく強い。しかし専門職は一要素に特化しすぎているため戦法の切り替えができず、一度崩れだすと途端に脆くなってしまう」
戦列の二か所から悲鳴が上がった。生徒たちを次々と蹴散らしながら突き進んでくる二つの影がある。ドゥリルハウンドとハンマーヘッドイーグルによる強襲だ。
「戦局を変えるための大駒の投入ですか。ならばこちらも大駒で迎え撃ちましょう」
ゼヒルダの宣言と同時に二つの影が飛びだした。
生徒たちを切り刻んでいたドゥリルハウンドの鋏が円錐によって弾かれる。長大なランスを構えたエミーリオが立ちはだかった。
まるで鉄球のようにトサカを振り回すハンマーヘッドイーグルの前にはミラジュリアが立つ。
ミラジュリアは竹箒を長刀のように構え、飛びかかってくる頭突き鳥へと横薙ぎした。竹箒は吸いこまれるように頭突き鳥の脳天に叩きつけられ、しかし次の瞬間にはバラバラに分解されてしまう。
頭突き鳥はそのまま直進。ミラジュリアが素早く体を捻って回避し、交錯。飛び去っていく頭突き鳥は嘲りに嘴の端を歪める。
突如として頭突き鳥の動きが止まった。破砕されたと思われていたミラジュリアの竹箒が節ごとに分割されて多節根となり、頭突き鳥に巻きついて拘束していたのだ。頭突き鳥は慌てて脱出しようとするがもう遅い。竹箒の先端から誘導の鏖力が発される。
「撃てえーっ!」
ミラジュリアの号令が響き、生徒たちが一斉射撃。誘導の鏖力に従って全弾が、全鏖力が頭突き鳥に命中する。頭突き鳥は蜂の巣となって絶命した。
エミーリオのランスとドゥリルハウンドの鋏が打ちあわされて激しく火花を散らす。ドゥリルハウンドは気付いていた。相手は自分の攻撃を潰して持久戦に持ちこんでいる。ヴェイルと同じように息切れを狙っているのだ。
そしてそれは直後に訪れた。ドゥリルハウンドが急に脚をもつれさせたのだ。
機を逃さずエミーリオがランスを突きだす。僅かな逸りが招いたのか、その攻撃は大振りだ。
瞬間、ドゥリルハウンドが弾かれたように横っ飛びした。その動きはどう見ても疲労困憊のそれではない。脚をもつれさせたのは攻撃を誘いこむ演技だったのだ。
鋏が回転翼となってドゥリルハウンドが加速。回転の勢いもそのままに、左右の鋏をエミーリオの横っ腹に突き刺した! 馬の胴体が大きく抉れ、エミーリオの口からは内臓損傷の血塊が吐きだされた。重傷によって魔装が解かれる。
痛みは襲われるだけで体力を奪う。破壊されたのは天魔獣の部位であり致死でこそないものの、このときのエミーリオも著しく息を荒らげていた。脳内で激痛の余韻が暴れ回っている。
毅然としてキャリバーの長柄を構えるが、魔装は一度解けてしまうと再び使用可能になるまで若干の小休止が必要だ。
死に体となったエミーリオを前に、ドゥリルハウンドはひたひたと嘲弄するような足取りで間合いを計っていく。
背中に軽い衝撃。顔を向けるとディノが石を投げつけていた。エミーリオを助けるための無謀な挑発だ。獲物の仕留めを邪魔されたドゥリルハウンドの顔に苛立ちが表れる。
そこから先のドゥリルハウンドの行動は早かった。エミーリオへのトドメを一旦棚に上げ、ディノへと一目散に飛びかかっていく。
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