完全武装された漆黒の波濤が押し寄せてくる。横一列に並んだ無数の巨体が土煙を蹴立て、地響きを上げて大地を駆けていた。猛牛のように大きな体躯に強固な装甲をまとい、額には一本角が聳え立つ。〈サイオオカミ〉の軍団による、重突撃部隊の突進だ。

陥穽かんせい展開!」

 ゼヒルダの号令が響き渡り、サイオオカミたちの足元に次々と落とし穴が開いていく。サイオオカミの一部が穴に落ち、足を取られて転倒。しかし大多数は落とし穴を突破し、戦列を乱すことなく突撃を続行する。

「防壁展開!」

 続く号令で地中から分厚い壁がせり上がってきた。

「第一射用意、構え!」

 サイオオカミたちは鼻っ面から防壁に衝突。凄まじい衝撃と音が発生し、防壁をへこませ、ひしゃげさせ、歪ませたところで勢いが停止。

「ってーっ!」

 防壁の狭間から砲撃と鏖力が斉射。銃口や砲口から放たれた弾丸は、それぞれに火炎や雷の鏖力をまとっていた。弾丸がサイオオカミの肉体を穿ち、発動した鏖力によって焼かれ、感電していく。砲撃が頭部を消し飛ばし、爆撃の鏖力が装甲を粉砕。放たれた矢が眼窩を貫いてその奥の脳を破壊し、鎖に繫がれた鉄球が射出されて頭蓋骨を叩き割る。周囲には瞬く間に血と硝煙と糞便の匂いが立ちこめていった。

「ゆけゆけゆっけーぇいっ!」

 防壁の奥から生徒たちが雪崩だし、続けて近接掃討を展開。巨漢の生徒が振り下ろした大斧がサイオオカミの首を刎ねる。小柄な女子生徒の振るった大鎌が地を這うような低空で弧を描き、四肢を切断して動きを封じる。膂力に優れる体育会系の生徒たちは、戦棍や戦槌といった単純な質量武器で力任せに殴り殺していった。

 サイオオカミたちの間をゼヒルダが渡り歩いていく。持ち前の体幹と柔軟性で蝶のように迎撃をかわし、両腕両脚の生体パイルバンカーが蜂の毒針となって装甲を貫く。ゼヒルダの素肌にシャツが貼りついて乳房の形を鮮明にし、激しく動き回るたびに瑞々しい果実のような乳房や尻が跳ねていた。

「まさか一度も使われたことのない本土防衛機構を、わたくしの代で使うことになろうとは」

 ゼヒルダの口調には無念さがあった。

 エミーリオの周囲ではサイオオカミが輪となっていた。接近するサイオオカミに対してランスが縦回転。石突きが下顎を打ち抜いて上を向かせ、剝きだしとなった喉を穂先が突き刺す。八本の馬の脚が地団駄を踏み、振動が発生。地面からの突き上げるような衝撃がサイオオカミたちの巨体を打ち上げ、無防備となった腹部をランスの連続突きが襲う。後方から接近しようとすれば馬の脚力による後ろ蹴りが見舞われ、装甲が砕かれ頭部が割られる。

 上級生たちに混じってケビンスもサイオオカミの頭を殴りつけた。それだけでサイオオカミの頭部が粉砕し、脳漿と眼球が零れ落ちる。

 自らの放った打撃の凄まじさに、ケビンスは思わず口笛を鳴らしていた。

「ひゅ~っ。これが天魔獣の力か。すげえもんじゃねえか」

 冷気。その場に霜が降りていた。サイオオカミの動きが鈍くなり、見る見る間に体が白く凍りついていく。戦槌が振り下ろされて爆砕。肉や血も凍りつき、桃色の氷となって散っていく。

「どんなに硬い装甲だろうが、凍らせてしまえば簡単に砕ける」

 坊主頭の巨漢が自慢げに言い放った。おそらくは講堂でヴェイルの戦いを目撃し、真似してみたのだろう。

 巨漢の前方では別のサイオオカミが新たに凍結させられていく。

「ほうれ、もう一丁!」

 巨漢が勢いよく戦槌を振り上げて、その頭部が消し飛ばされた。上空で旋回するニセウミヒツジの体当たりだ。

「気をつけろ! いくら相手がレベル灰でも生身に食らえば終わりだ!」

 ニセウミヒツジたちが急降下を開始。地上に展開する生徒たちに体当たりを敢行し、次々と生徒たちの手足が吹き飛ばされ、腹に大穴があいて内臓を撒き散らし、頭部が転がっていく。

 グラサンを始め遠距離系の生徒が空中に向けて応射するが効果は薄い。十体二十体を撃ち落とそうが空を覆う無数の前では微々たる被害であり、上下の位置関係と距離のせいで大多数のニセウミヒツジには命中すらしない。

 さらに後方には山のような巨影。エルビキュラスの威容が泰然とした足取りで進んでくる。

 エルビキュラスの背では無数の動きがあった。隊列を組むのはサイオオカミ以上の巨体だ。両腕両脚は鰭状をし、上顎からは角にも見える長大な牙が鋭く伸びている。

〈グレンイッカク〉が頭部を回して狙いを定め、牙を射出。生体火薬による火を噴いて飛翔する牙が後衛の生徒たちの只中に着弾した。内部の炸薬によって爆発が発生し、巻きこまれた数人の生徒が肉片となって飛散した。撃ちだされた牙が急速度で再成長し、第二射が放たれる。

 エルビキュラスの背の上という高所に陣取るのは遠距離戦の基本であり、同時に地上に展開された防壁を無視できる角度から攻撃を与えてくる。ニセウミヒツジの際に問題であった上下の位置関係が再び問題になっていた。

「私たちが上空から援護します!」

 発言した褐色の女子生徒以下、数人の生徒が天魔獣の翼を広げて飛行の態勢に入る。口から吐きだされたのは悲鳴だ。褐色の女子生徒の胸からは血に染まった刃が飛びだしていた。血に濡れた唇が開閉するが、なにも語ることができないまま絶命して倒れる。

 次々と生徒たちが血を流して倒れていく。不可視の暗殺者までもが送りこまれているのだ。

 エルビキュラスの巨体が進撃を続ける。狙撃や砲撃、光線といった遠距離攻撃が放たれるが、強固な甲殻や外皮に阻まれ、なによりも巨体に対しては虫刺され程度の損傷にしかならず、まったく通じていない。別々に動く八本の脚は体勢を安定させ、なにより機敏だ。

 攻めて守って動くその様は、まさに移動要塞そのものだ。

 通常、拠点防衛戦においては、攻める側は守る側の三倍から五倍の戦力が必要になるとされる。しかし本来なら立てこもられる拠点であるはずのエルビキュラス自身が移動要塞となって進撃してくるのだ。生徒たちは拠点によって守られた相手に攻めこまれるという、わけのわからない状況に陥っていた。

 加えて、防御力と質量と速度に優れたサイオオカミの重突撃に、数が多く空を飛ぶニセウミヒツジによる援護遊撃、エルビキュラスという移動要塞に位置と安全性を確保された上でのグレンイッカクによる遠距離砲撃、そして暗殺者。一体一体は手強くないものの、数が多く、人間側の専売特許であるはずの部隊連携をやりたい放題やられまくられていた。

 エルビキュラスは異なる種族の天魔獣を率いている。群長級が一つの種族を率いるのに対して、族長級は異なる複数の種族とそれらを統率する数体の群長級を率いている。族長級よりも上の階級である準魔人級ならば当然の戦力なのだ。

 エルビキュラスの群れに押しこまれて、戦線は砂浜から旧校舎横手の運動場にまで後退していた。右側は体育館や闘技場といった屋内施設の屋根が連なり、左側は校庭。後方に茂った雑木林の奥には本校舎の屋根が垣間見える。

 眼前には再びの黒い波濤。サイオオカミによる重突撃の第二波が押し寄せてきた。

「身を隠せ! 早くしろ!」

 生徒たちは跳躍し、仲間を踏み台にして、そして手を伸ばして引き上げて、素早く防壁の奥へと退避する。

 サイオオカミたちの突進によって振動する地面が一際大きく揺れた。サイオオカミたちが一斉に跳躍し、巨体が宙を飛ぶ。さらに仲間の死体を足場に再跳躍、防壁よりも天高く躍りでる。

 サイオオカミたちは次々と防壁を飛び越え、巨体が一気に下降。質量爆弾となって降り注ぎ、着地の衝撃で地表が爆ぜ、生徒たちが紙屑のようにふっ飛ばされた。瞬時に前衛系の大柄な生徒たちがサイオオカミに肉薄し、追撃を放たせぬように睨みあいへと持ちこむ。

 サイオオカミの背から跳び上がる一回り小柄な影があった。四本の脚で着地し、生徒たちに顔を向ける。頭頂部には三角形の耳、前方に突きでた鼻がヒクヒクと動く。物静かな瞳が周囲を睥睨していた。

 犬の姿をした天魔獣が生徒の只中を颯爽と進んでいく。

「へっ、へへへっ。なんだこの小っこいやつは?」

 引きつった嘲笑を浮かべた老け顔の男子生徒は、次の瞬間には喉首を搔っ切られていた。首の骨まで切断されて、皮一枚でつながった頭部が背中側へと転がっていく。一拍遅れて、思いだしたように首の断面から血液が噴き上がった。

 犬の両肩からは枝のような節が伸び、先端には三又の鋏が備えられていた。それが男子生徒を殺害した凶器だ。

「このっ!」「よくもっ!」

 犬の左右から二人の生徒が剣と槍を繰りだした。しかし鋏が翻って剣を弾き返し、槍は長柄を摑まれてしまう。槍を摑んだほうの鋏が渦を巻いて回転。槍を折り砕き、突きだして生徒の胸部を掘削。鋏の回転にあわせて噴きだす血液が渦を描く。逆の鋏は刃を開かれて、こちらも回転。円盤となって振られ、防御の剣ごと生徒の胴体を輪切りにした。

 犬が跳躍。全方位から殺到してきた刃の群れを跳び越えて回避する。円盤が横薙ぎされ、浅黒い肌の男子生徒の両腕が飛び、長身の女子生徒が胸から血を流し、小柄な男子生徒の首を刎ねる。さらに回転する鋏が翻り、巨漢の生徒が構えた大盾を粉砕。その奥の生徒の顔面に爪となって突き立てられ、再び回転。眼球と鼻と口と脳みそをぐちゃぐちゃに攪拌する。犬の両脚が開かれ、左右から接近していた茶髪と眼鏡の男子生徒の首を蹴りつけてそれぞれへし折った。

 それでも生徒を一網打尽にはできず、数えきれないほどの得物が犬目掛けて繰りだされる。

 絶対回避不可能なはずの攻撃は、しかし空を切っていた。犬の姿は生徒たちの遥か頭上にある。左右の鋏が開かれ、一対の回転翼となって犬の体を宙に飛ばしていたのだ。

 犬は強すぎた。生徒数人を一瞬にして屠った力量を兵隊級と評することはできない。サイオオカミの群れを統率する群長級〈ドゥリルハウンド〉が、上空から生徒たちを睥睨する。

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