その他

地球より。届いていますか

 地球は生きているというけれど、皆そんなことは微塵も思っていなかった。もちろんそれは僕も同じことで、地球なんてただの星。それこそ無駄に増えてしまった人類が犇めく星程度だとそう思っていた。



 だけれどね、実際の所はそうではないようだよ。仮に生き物の定義が命あることだとしよう。改めてそう考えた時、やはり地球は生物と成り得るようだった。



 つまりね、地球の命はもう終わるらしい。どうやら地球は死ぬらしいんだ。地球の寿命は、それこそ僕等人間の何千、何万倍、いやそれ以上のものだろうし、その年齢もそれくらい僕等よりも上なんだ。そんな彼は、もうじき死んでしまうらしい。



 大人の皆さんはよく年長者を敬えなどと宣っていたけれど、皆さんどうも嘘吐きらしい。大人なんかよりも、地球上のどの生物よりも年長者であるはずの地球は、彼にとって赤子同然の僕達に敬われるどころか汚されてきた。人は奪うだけ奪い、無駄に増え、壊し、唾を吐きつけてきたわけだ。そんなことをしていれば彼の寿命が縮まるなんて当たり前のことのように僕は思うよ。



 さて、地球が死ぬと分かった時、なにより彼の寿命を奪った人間はどうしたかと思う? それは考えるまでもないだろうね。そう、捨てた。人間は地球を捨てたよ。死へと近づき地球の体温が嘘のように低下していった途端、領地がなんだ、領海なんだと、実にくだらない争いをしていた人間はそれら一切を止めて地球を捨てる話し合いを始めたわけだ。



 人類は生き残らなければいけない。繁栄を途絶えさせてはならない。英知を結集させ、今こそ力を合わせるべきだ。本当笑ってしまうよ。それまでは人間同士で殺し合っていたというのにね。そしてなにより、こんな僕もそんな人間の一人だということに大層笑ってしまったね。あれほど笑ってしまったのは生まれて初めてだったさ。



 宇宙船を作り人間は空の果てを目指す。宇宙船の乗組員は限られているなんて話が出た時、またくだらない争いが起こったものだった。人間はどこまでいっても嘘吐きらしいよ。これを僕の座右の銘としても良いくらいだ。



 色々あった。とても語り切れないほど小汚い人類の歴史というものがあった。ともかく、人類は宇宙船を作り出し、選ばれた人間は旅立った。地球を捨てて旅立った。



 そして僕は残った。この地球に残った。



 さて、あれからどれくらいの年月が経っただろうね。地球はすっかり冷たくなってしまったけれど、かろうじてまだ息はしているらしいよ。



 嘘吐きで小汚い人間と共に終わりなんて無いのかもしれない航海へ旅立った君は、果たして今どのあたりに居るのだろうね。あれから時間が過ぎると共に、君からの連絡の頻度は減ってしまった。



 次はいつ、君の言葉がこの地球に、僕の手の内にある小さな受信機に届くのだろうね。僕はさ、人間のことは嫌いで、自分のことも嫌いだけれど、どうしてか君のことだけはそう思えないんだ。それは今も変わらない。純粋に君には生きていて欲しいと願っている。



 もう長らく君の声を聞いていないし、顔も見ていないし、手だって握ってないけれど、驚くくらい君のことを思っているよ。



 とても不思議だよ。せめてその理由、原因を死ぬまでには見つけ出したいと思ってる。最近気が付いたのだけれど、それが僕の生きる理由になっているらしい。



 はてさて、その理由を見つけるのが先か、僕が死ぬのが先か、それとも地球が死ぬのが先になるかは分からないけれど、ともかくそう言う訳さ。



 そう言う訳で、僕はまだ生きているよ。

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