ラムネ
走っているだけで笑うことが出来ていた幼少期の夏は、気が付けば蝉の抜け殻となって地面に落ちてしまった。
どこへ向かうかは決めないというのが僕達のルールで、田んぼの畦道やら森の中、浜辺や狭い路地を、蝉の清々しい鳴き声を背にしてどこまでも走っていた。
あの日々はどこへ消えて行ってしまったのだろう。
入道雲を指さし、あっちへ行こう、こっちへ行こう。それこそ探検でもするかのように走り回っていた夏の日々は、古ぼけたモノクロ写真へと成り果ててしまったようだった。
あの時抱いた高揚と、彼等と眺めた真っ赤に燃える夕日と空は、時折襲う感傷の原因となってこの胸の奥に刻みつけられている。
虫取り網、海、川、プール、夏祭り、屋台、提灯、体を震わせる爆音と共に夜空に咲く大輪。笑って、ひたすらに走った夏に、決して届くことはない女の子に対して抱くような片思いをするようになった。
あいつらは今、どこで何をしているのだろう。
あれから十数年。僕は狭いワンルームで夏を迎える。
ベランダに出ると暑さが体中に纏わりつくようで、どこかで打ち上がった花火が夜空に弾けて消えてゆく。
仕事帰りにスーパーに寄って買った瓶のラムネには、変わってしまった僕の顔が映り込み、その先で花火は散って行った。
それを飲み込んで、しかしラムネの味は昔のままだなと、そんなことを思う。
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