魔導師の卵
「ふう、落ち着くのよ、
部屋へ戻るとローゼマリーはなにやら落ち着かない様子で部屋を右往左往し、鍵のかかった戸棚からガチャガチャとガラス瓶を取り出した。ガラス瓶の中には見たことのない草や花が入っている。古びた地図を広げながらなにやらブツブツ呟くと、キッと強い視線をクヌートに向けた。
「クヌート様。まずは第一にラインハイトを見つけ出します。ただし、焦らないで下さい。隠しているけど怪我しているでしょう?見つけたらすぐに治療しますから、追跡するのはそれからにすると約束してください。」
「....分かった。そちらも無理な願いを聞き入れてくれているんだ、約束しよう。だが、あの怪物がいつラインハイトに危害を加えるか分からない。出来るだけ....早く見つけ出してくれ。」
「任せてください。これでもかくれんぼは得意ですから」
「信じよう。頼む、ローゼマリー。」
ローゼマリーは地図の真ん中に魔力が徐々に薄らいでいるラインハイトのピアスを置くと、その周りに花を配置した。一息つくと、手を翳し真剣な顔をする。
「
ローゼマリーがそう呟くと、花がポン、という音をたててはじける。花弁がふわふわと舞い、鈍く光を発した指輪はズズズ‥‥と引き摺りながら地図上を移動し、焦げ付いた痕を残した。
「‥‥迷っているみたい」
一直線に町外れの砂漠の方に向かった指輪が、砂漠付近までくると曖昧な動きのまま止まらなくなり、しばらく待ってみてもその動きは続いた。怪物によって微かに魔力がブロックされている様だ。
「しかし、砂漠付近という事だな。上出来だ、ローゼマリー。早く向かわねば‥‥」
「場所は大体わかりました!‥‥ラインハイトが心配ですが‥‥とりあえず治療を!クヌート様」
クヌートは相当焦った様子だったが、約束なので仕方なく椅子に腰掛けた。やや苦しげに目を閉じると、すまない、と控えめに腕を差し出す。
「失礼します、クヌート様。‥‥
ローゼマリーがクヌートの腕に手を翳すとポウ‥‥と緑がかった光が優しく包む。ヒーリングの魔法らしい。傷がじわじわと塞がり、痛みも緩和されていく。まだ魔法は完璧ではないらしく、完全な治療は出来ない為、ある程度治ってきた所で薬草を貼ると上から丁寧に包帯を巻いて蓋をした。
「‥‥あの、良ければ私も連れていってくれませんか?近くにいけば正確な場所がわかるかもしれませんし‥‥。」
「駄目だ。治療や場所の探知は助かった。だが、あの怪物はお前のことも狙っている。近寄ると危険だ。」
「‥‥?私を?あの怪物、石を捨てたあともずっとウロウロしていたのは、やっぱり私を狙ってたんですか?何故平凡な私を?」
ローゼマリーは、怪物が綺麗な物が好き、ということを理解はしていたが自分が狙われる意味は理解していなかった様で、目を真ん丸にして心底驚いた様子だ。
綺麗な物を狙う怪物。魔導師の卵の少女の目。攫われたラインハイト。クヌートは一つの仮説をたてていた。
「綺麗なものが好き、というのは理由があるのではないかと思うのだが」
「え?」
「綺麗、というのは見た目だけの話ではなく。あの怪物はラインハイトにも綺麗だと言ったが、お前の目も綺麗で食べたいと。そう言っていた」
「‥‥食べたいって、あの怪物、変態みたいなこと言いますね。」
あまりにも突拍子のない怪物の言葉に、ローゼマリーは恐怖や気持ち悪さよりも呆れが勝ったような顔をした。
「変なのには変わりはないが、単に食べたいから食べるという訳ではなく、魔力が欲しいのかもしれない」
「‥‥だからラインハイトを?」
「恐らくそうだと思う。ラインハイトは半分人間の形をしているが、そこらの人間に比べれば魔力は桁外れだ。それに―ローゼマリー、お前は魔導師の卵だ。だから奴はその目にも魅力を感じるのだろう」
「私の目にも魔力が‥‥」
ふと、ローゼマリーは考え込むような仕草をした後に頭の上に電球でも出てきそうな顔でそうだ!と叫んだ。
「そんなに欲しいならくれてやりましょう!」
「‥‥何を言っている‥‥?」
突然の提案にクヌートは心底理解できない、という表情で問いかける。
だが、ローゼマリーはお構い無しに自分の荷物を纏め始めた。
「クヌート様!私にいい考えがあります。場所までご案内しますのでその後はこのローゼマリーにお任せ下さい。」
「‥‥いや、待て。駄目だ。着いてくるなと忠告したはずだが。」
「ラインハイトが心配なら、どうか。自分の事は自分で責任を持ちます。」
「お前の父親にはどう説明する?どう考えても、はいそうですかとはならないだろう」
渋るクヌートだったが、ローゼマリーは自信満々に自分の胸を叩く。
「お任せ下さい!怪物退治は、元々私の父の依頼ですから。それで攫われたとなれば私も黙っていれません。隠していたけれど‥‥父も私の魔法を見れば認めてくれるかもしれない。」
「だが、それは―」
魔法を使える者、他者と姿が違う者、怪物。差別をする者もいれば怖がって近寄らない者もいる。仕方の無いことではあるが旅をしているうちに何度も見てきたのだ。
クヌートからしてみれば、故郷は少なくとも表向きは差別のない国であり、幼い頃から半鳥人のラインハイトと共に過ごして来た為、そういった反応は心が痛むものだった。
「分かっています。もし、拒絶されるのであればそれまで。魔力を感じるのはおかしなこととは思っていたけど、魔法を使える自分は嫌いじゃないんです。だから、打ち明ける時が来たんだと思って、家族に魔法をみせるわ」
怪物と対峙する前のほんの僅かな時間だったが、優しく接してくれたラインハイトにローゼマリーは相当な信頼を寄せたらしい。ピアスを握りしめたローゼマリーからは、この家に来た時には感じなかったオーラを感じた。
黄金の瞳から溢れ出す光に、ピリピリと空気が揺れている。微かな恐れともとれるそれに、クヌートは決意したようにローゼマリーの前に跪いた。
「そこまで言わせてすまない、高貴な魔女殿。ラインハイトが攫われてしまったのは俺の責任だ。どうか、お力添えを頼みたい。」
「く、クヌート様?」
「君は立派な魔女だ。恐れずに魔法を見せてくれ。もしそれで差別や偏見の目で見られるのであれば、間違っているのは彼らだ。」
クヌートはローゼマリーの小さな手をそっと取り、軽く頭を下げる。ローゼマリーは驚いた様子だったが、じわりと目に涙を溜めて首を縦に振った。
「ええ、ええそうよ!そうだわ。今まで我慢してきたのが馬鹿みたい!私は私であっていいのだわ!」
叫んだ瞬間、今までひた隠しにして人に見せたこともなければ認められたこともなかった、生まれながらの魔法の才が開花したらしい。というより、本人も知らぬところに隠された宝箱の鍵が今このタイミングで外れて溢れ出てしまったというのか、とにかく。ローゼマリーの体から魔力が溢れんばかりに放出され、ドーン!と物凄い音をたてて屋根が崩壊した。
「‥‥やっぱり、その、立派な魔女というのは言い過ぎかも‥‥しれないわ。魔導師の卵ね、まだ‥‥」
ローゼマリーは顔を赤らめてボソボソと喋っていたが、クヌートはローゼマリーの隠された才能に本気で驚いていた。
「いや‥‥素晴らしい。子供扱いをしたこと、許してくれ。」
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