ラインハイトの幻術
「♪~~~~~~」
透き通った歌声が響き渡った瞬間、怪物がくらりとよろけた。
ラインハイトの歌声から波動が広がり、風が巻き起こる。
それは建物の奥の森にまで広がり、飛んでいた鳥がふらふらと落ち始めた。
「逃がさないよ、蛸の怪物さん!」
「‥‥蛸ではないと思うのだが‥‥」
一息ついたラインハイトを確認して、クヌートは自分の耳から手を放す。
「しかし慣れんな‥‥直接聴いていなくても体がふらつく」
「まだ修行が足りないんじゃない?クヌート」
「お前の幻術の威力がでかいんだ。丁度いいんじゃないか。そのくらいでないと耳をふさげば防御できてしまうからな」
「うーん‥‥そっかあ」
ふらついた怪物に向かって歩みを進めながらクヌートは言う。
確かに彼の足取りもいつもよりほんの僅かに遅い。まともに喰らえば“自分が最も幸せな夢”をみて、眠りに着くか、しばらく動けなくなるはずの幻術だ。しかし2人は蛸の怪物(仮)がうずくまる亀裂辺りまで進んだところで違和感を感じた。
「‥‥」
「なんか地面が揺れてる‥‥?」
「ラインハイト!避けろ!」
「えっ?」
ゴゴゴゴゴ‥‥
「わっ!!な、なに‥‥」
二人の足元が突如割れ、蛸の足が飛び出てきた。
いや。蛸じゃない。蛇だ。怪物は突然の事に動けないでいたラインハイトをあっという間にぐるぐる巻きにして自分の元に引き寄せる。
「捕まえた、綺麗な子」
「‥‥!」
怪物はメドゥーサのような頭をして、人間の体の腰のあたりに蛇の尻尾が8本生えている若い女の姿をしていた。どうやらラインハイトの幻術に咄嗟に気づき、蛇のような髪で耳を塞いだらしい。亀裂から地面の下に尻尾を潜ませ、近づいてくるのを待っていたのだ。
「貴方、とっても綺麗。私の屋敷へいらっしゃらない?」
「‥‥なんで?食べるの?」
「ふふ、簡単に食べたりしないわ。私は
「魔女の子‥‥?」
「ローブのあの子よ。すごく綺麗な目をしているわ。あの目が欲しいの。あの目、きっととても美味しいわ。」
怪物はふふふ、と笑うと舌なめずりをする。私、美食家でもあるの。とつぶやいたので矛盾だ、と抗議しようとすると怪物はラインハイトの顎をそっと掬った。
「貴方もきっと食べると美味しいんでしょうね」
ニタ、と笑うその表情に寒気がした瞬間、目の前に大剣が突き立てられる。クヌートだ。その衝撃で怪物の片腕が飛ぶ。
「貴様も焼いて食えば食べれんことはないだろうな。食えたところで不味いだろうが。」
「貴方もきっと不味いでしょうね。叩いてやわらかくしなくっちゃあね。」
腕がとんだことはさほど問題ではないらしく、空いている尻尾でクヌートの体を叩きつける。が、クヌートも負けじとその尻尾を切り刻む。再生能力があるらしい彼女の腕はいつの間にか元に戻っていた。
「ぐ‥‥、強い‥‥」
「あらあら、しつこいお人だこと。でもこの子は貰うわよ。」
「‥‥!‥‥!」
「ラインハイト!」
「気に入りすぎて殺してしまうかも♪」
怪物はラインハイトが声を出せぬよう尻尾で顔まで覆って、霧のようなものを出すとそのまま消えてしまった。
「!!」
一瞬だった。
クヌートもラインハイトの幻術の弊害で多少動きが鈍くなっていたとはいえ、出遅れてしまった。依頼主やローゼマリーにはなんと説明をしたら良いのか。怪物は仕留められず、仲間も攫われてしまった。
「‥‥クヌート、様」
「!!‥‥いつからそこに?」
「今来たばかりです。ラインハイトは?ラインハイトになにか‥‥」
いつの間にか後ろに立っていたローゼマリーの手にはラインハイトが託したピアスが握られていた。かすかに光っているようにも見える。
「さっきこれをくれたんです。だけど、急に魔力が弱まったみたいで‥‥」
「ラインハイトは‥‥攫われた」
「えっ?」
「そうか、ローゼマリー、お前は‥‥あの怪物が魔女だと言っていたが、本当か?」
少し驚いた様子でローゼマリーがクヌートを見る。
「魔女だなんてそんな‥‥ただ、少し変わった事が起きるだけです。特定の石に触ると光ったり‥‥」
「先程魔力が弱まった、と言っていたな。魔力を感じることは出来るのか?」
「は、はい。多少なら。好きで魔道書を読んだりはしていました。実践はしたことがないですけど、今もこのピアスから微かな魔力を感じます。」
クヌートは焦っていた。ラインハイトがいつ殺されてしまうか分からない。
ラインハイトは、接近戦は苦手だが幻術で敵の動きを封じる事が出来るし、近くまで来た敵はいつもクヌートが切り捨て、事なきを得ていた。今までこんなことはなかったのだ。こんなしぶとい怪物に出くわすこともいままでなかった。
迷っていた様子だったが、グッと拳を握り口を開く。
「頼む、ローゼマリー。ここからでいいから、魔力をたどっておおよその位置だけでも教えてくれないか。」
「‥‥はい。断るわけないじゃないですか。部屋に戻って地図で検証してみます。上手くできるかはわかりませんが‥‥」
快く返事をしてくれたローゼマリーにホッとしたクヌートは微かに笑って見せた。
「ありがとう。助かる。」
(‥‥!)
その笑顔にローゼマリーはこころなしか顔を赤らめ、少しそっぽを向きながら言った。
「た、ただし。お父さんには言わないでくださいね。私がそういう力があること、隠していたんです。家族にも、もちろん友だちにも。」
「ああ、約束しよう。」
「ほら、部屋に戻りましょう!早くラインハイトを助けなくては!」
「すまない。」
(ああ、もう!今こんなこと考えてる場合じゃないのに!クヌート様って真面目で仲間想いで素敵な方だわ‥‥!)
足早に部屋へ向かうローゼマリーを見て、早く作業に取り掛かろうとしてくれているんだな、とクヌートも自分の頬にぱしっと気合を入れながら部屋へ向かった。
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