半鳥人と王子
そこで、冒頭に戻る。
しん、とした部屋に1人横たわる子どもは、クヌートが部屋を出ていくのをただ見つめていた。
――――
助かったのかな。
こわい声がしていた。自分のことをさがしているみたいだった。のどがすごく痛くて、息が苦しい。声が出ない。となりの村の人たちは、大きな声を出して近づいてくる。途中まで一緒にいたはずのお父さんとお母さんはいない。
このままここでじっとしていれば、やり過ごせるかもしれない。そう思ってじっとしながら、みんなはどうなったのか考えていた。逃げろって押されたあと、うしろを向いちゃいけないと言われてここまできた。
「‥‥ふ、う‥‥」
「セイレーンか‥‥?」
こわい声のほうを向いていたら、いつの間にか目の前にだれかがいてびっくりした。その人はだいじょうぶか、と声をかけてくれながらのどに布をまいてくれた。
そのまま抱っこされて、寝ちゃった。気づいたらここにいた。
――――
半鳥人の子どもが意識を取り戻してから数日、クヌートは付きっきりで看護をしていた。見た目から少女だと思っていたので湯浴みはメイドに任せていたが、どうやら少年らしいので傷を配慮しながら一緒に入るようになった。傷にしみないよう、ゆっくりと背中に湯をかけてやる。
「しばらくここに住んで良いから、ゆっくり治せ」
喉はまだ万全ではないが、少年は首を縦にふって返事をする。ニッコリと笑ったので、少しは信頼してくれているみたいだ。
「そういえばお前、名はなんという?」
驚いた様子の少年は少し迷って、クヌートの手をとる。続けて手のひらに“Reinheit”と綴った。
「ラインハイト?」
うんうん、と首を縦に降る。俺はクヌート・アルトナーだ、好きに呼べ、と言うと口の動きだけでくぬーと、と言ってまた笑った。
なんだか弟が出来たようでクヌートは少し嬉しげにラインハイトの頭を撫でる。
反面、かなり辛い思いをした筈のラインハイトがニコニコ笑うのがなんだか見ていられずに、頭を撫でた手をそのまま額に置いてさりげなく顔を隠した。
ここ数日間、昼間は半鳥人の生き残りがいるのではと探し回ったり、真実を突き止める為に近くの村々に潜入して情報を集めていたが、決定的な情報は全くといっていいほど出てこなかった。ただ、半鳥人の住処のすぐ側の村に異変が起きている、という事だけ。
ただ、先日の話のように古くからここら一帯に住んでいた半鳥人の仕業とは考えにくい。
そもそもこの地域は元は海であったから住処になった訳で、船を幻術で驚かそうとも、陸地の人間を襲うなんて聞いたことがなかった。半鳥人に会うと帰ってこれないというのも、その美しさに魅了されて一生添い遂げたいと、二人でどこか遠くへ旅立ってしまうという噂もあるくらいだ。
半鳥人は普段人前に現れない為その噂も大して信じてはいなかったが、ラインハイトを見て納得した。成程、確かに美しい。
ただ、今回の騒動はそういうことではないらしい。いなくなった人を探しに出ると、必ず血溜まりと食い残しの手や足があるのだ。
それに恐れ戦いた村人たちはすぐに近くに群れをなすセイレーン‥‥半鳥人を疑い、すぐさま群れを襲撃したのだが。いや、どうにもおかしい。
いつも通りラインハイトの喉に巻いてある包帯をかえながら考え事をしていると、不思議そうな表情で顔を覗かれた。
「クヌート‥‥、考えごとしてるの?」
まだ小さな声だが喋れるようになったらしい。
「いや‥‥、ラインハイト、辛いことを思い出させてすまないが、襲撃された時に何か異変はなかったか」
「襲撃‥‥?」
「ああ、例えば村人の様子とか‥‥いや、あれは見るからにおかしかったか。人間以外の気配とか、そういうのだ」
「うん、あれ、オレなんでケガしてるんだっけ、襲われたの?村人に?」
「え?」
「なんだか喉が痛くって、追いかけられてたような気はするんだけど‥‥クヌートが来てくれて、それから気づいたらここにいた」
「‥‥」
多分、この少年は全部見てしまったのだと思う。ここに来てすぐはよく眠りながら泣いていたからだ。ただ、強いショックのせいで記憶が曖昧になってしまっているか―魔術や幻術で記憶を徐々に消されたか。
“何者か”の手によって。
「すまなかった、何でもない。それよりラインハイト、城の裏に庭があるんだ。花が沢山植えられている。良ければ見に行かないか」
「えっ!いいの?行きたい!」
体力も幾分か回復したらしい。ピョン、とベッドから飛び降りるとクヌート早く!と急かすように手を引かれた。
「ところでその羽、そのままで痛みはないのか?」
「えっ?ああ、これ?」
とれかけた片翼はそのまま、背中の傷は既に塞がっていた。
「これ、実はしまえるんだ。ちょっと痛いけど、ほら」
言うとグッと体に力をいれ、背中の肩甲骨辺りがじわりと開いたかと思うと、翼がそのまま背中に飲み込まれていった。
少しの間をおくと開いていた皮膚は完全に塞がり、大きな翼が収納されたらしい。仕組みはわからないが。
翼を仕舞うと、同時に尾骨辺りから伸びていた鳥の尾のようなものがなくなり、足もシュルシュル音をたてて人間の足に変わる。
「耳はこのままなんだけどね。ツメもほら、人間みたいだろ?翼をしまえばしぜんになおる」
「驚いた‥‥、半鳥人はみんなそうなのか‥‥?」
「ううん、オレだけだよ。みんな出来ないんだ、不思議だなって思ってたんだけど、何でかわからないんだよね。」
花が咲き誇る庭園を歩きながらポツポツと話すラインハイトの声に耳を傾ける。
微力だが魔力で傷を治せること、子どもだから人間にイタズラをしに船に乗る年上の仲間たちに混ぜて貰えなかったこと、案外ここの暮らしを気に入ってること。
他愛もない話だが嬉しそうに話すラインハイトをただ見守っていた。
先程、嫌な事を思い出させてしまったかと心配していたが、当の本人は割かし暢気にしている。
「クヌートはこのお城の王子さまなの?」
「ああ、一応俺の父上は王だ」
「すごいね!国王様、オレの仲間たちも好きだったんだよ!異種族差別しないって有名だったもん」
「‥‥そうか」
当たり前といえば当たり前だ。
この地域にはエルフも魔法使いもいるし、良い
自分の能力を使うことは禁じられていないが、但し悪さをするやつは人間も怪物も平等に裁かれるのだ。
ところが全ての地域がそういう訳ではなく、偏見から異種族を見つけるや否や迫害する地域も少なからずある為、争いが起きたり、見つからぬようひっそりと暮らしたりしていた。
元よりあまり人里に姿を見せぬラインハイト達も、この地域は大丈夫だと安心して暮らしていた筈だ。あんな事になるなど予想出来ただろうか。
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