プロローグ 黒いローブの男5

走馬灯が見える。

まぁ、たった八年間の走馬灯はすぐにスクリーンを閉じるのだけれど。

私は死を甘く見ているのか、死んだか死んでないかが、瞼を閉じて、目をつぶり、視覚を無くしただけで、全くわからないのだから。

私は、死んだのか?死んでないのか?

化け物は、大きな斧を私の頭目掛けて、降り下ろした。

そして、私は目をつぶった。

そこまでのことはしっかりと覚えている。

確かに化け物は斧を降り下ろした。なのに、何も痛くなく、感覚もはっきりとしている。

私は、生きているのか?

自分の生死をはっきりするべく、恐る恐る瞳を開ける。

最初に視覚がとらえたのは、化け物の持っていた岩斧の姿だった。

斧は、私の顔スレスレのところで動きが止まっていた。

あと少しで、顔を含め頭ごと押し潰され、倒れている母も巻き沿いをくらい、最悪な事態になる寸前で、斧は止まっていた。

化け物が油断や、失敗をするとも考えられない。

考えても考えても訳がわからない。

なんせ、化け物は獲物がこうしてる間も微動だにしないのだから。

ならばと、私は母を引きずりながらも後退りする。

そして、はっきりとした視覚がとらえた。

化け物が動かなくなった根拠となる人物を。

体型からして男の人だろうか、黒いローブを羽織って、左手で、あの化け物の腕に触れている。

私は、目の前の光景に疑問を抱くことしか出来なかった。

この黒いローブの男は何をしているのか?

化け物は何故、動かないのか?

そもそも、この男は誰だ?

そんな私の頭に浮かぶ疑問符を、全て嘲笑い解決するかのように黒いローブの男は、こちらを見て、はにかんだ。そして……


化け物の姿は消えていた。


は?

私は、その一瞬の出来事に唖然と口を開けていた。

何が起きたのか?あの化け物は、巨体を持つ化け物の姿は、居場所は?どこに行ったのか?

結局疑問が更に増え重なっただけだった。

驚きを隠せない私に、あれほどおぞましい化け物を消し去った黒ローブの男が近寄る。

そして男は、膝を地面につけて屈みながら、顔を近づけ、こう呟く。


「大丈夫か?」


私はカラカラの喉で答える。


「はいっ…大丈夫です……」


私は、再び現れた正体不明の生物、しかも男の人を、化け物から得た経験論のせいで疑心暗鬼の目で見つめる。

一応、私のことを心配してくれたし、それに死を覚悟した絶体絶命の場で助けてもくれた、いわゆる恩人なのだろう。

だが、よくよく考えてみても、あれほどの体躯と殺気を放っていた化け物を、一瞬で消し去るなんて、この黒いローブの男も、違いがわからないほどの人の形をした化け物と変わらないのではないだろうか?

私は、未だに起きない母にしがみつきながらも、その男から目を離さないようにした。

そんな目を尖らせて睨み付ける私に、黒いローブの男は口を開く。


「すまなかった…」


その言葉は、私を落ち着かせた。

何故かしら、この人が悪者とは思えなくなってしまった。

それでも私は疑いの目を保ち続けた。


「俺がもう少しでも速く助けに来れれば、君らをこんな目に会わすこともなかっただろうに……」


その言葉のしっかりとした意味や、伝えたいことなど、はっきりとはわからなかったがだけど、私の心はまた揺らいでしまった。

安心からか鋭い目をやめて、私は母を心配する。

そんな私を見て、黒いローブの男はポケットからなにやら白い錠剤らしき固形物と簡易式の水筒を取り出し、そして私に渡した。


「これをお母さんに飲ませれば、すぐに目覚める、信じてくれ」


錠剤らを手にした私は、黒いローブの男を疑いつつも、他に手が無い中、仕方なくお母さんの口に運んだ。

無事にお母さんは錠剤を飲んでくれた。

とにかくこれが本当なら、助けてもらった件も含めてお礼を言わなければいけない。

私が声を出そうとすると、同じタイミングで黒いローブの男は立ち上がった。


「それじゃ、俺はそろそろ行くよ」


私はお礼を言わなければならない。

手を伸ばし、私は口を開いた。


「他の人たちも助けないといけないので、お母さんはそろそろ目を覚ます頃だと思うよ、それじゃ、気を付けてね!」


黒いローブの男はこちらを振り返りながらそう言い、自分の胸に左手を当てた。


「バイバイ!」


最後にそう告げて、黒いローブの男は姿を一瞬で消した。

一体なんだったのだろうか。殺されそうで、生き延びて、助けられて、すぐに消えて。

これじゃまるで、休日の朝流れるヒーローものの主人公ではないか。

そんなツッコミを入れながら、またもや唖然と口を開けっぱなしでいた。


「んんっ!」


ボーっとしていると、母が目を覚ました。

これもあの男の渡した錠剤のおかげだろうか。

一体全体、彼は何者なのだろうか。

私はこの事を、この出来事を忘れることは無いだろう。



なんせ、百歳以上になってまで、こうして生きて語り続けているのだから。




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