プロローグ 黒ローブの男4

母の叫び声に気付きその方へ顔を向ける。

そこには、怯え地面に腰をおろし、後退りながら逃げようとする母の姿と、そして、その叫び声の動機となった、先程、私が見た、そして、私を見た化け物の姿が合った。

小さい路地など関係ないように巨体ながらも長い腕を活用し建物の屋根をよじ登り、そして、屋上から私たちを冷たい視線で見下ろしていた。

そして、ニヤリと笑った。

その笑みが、その表情が、私たちをより深く、そして、より黒い恐怖へと叩き落とした。

すると、化け物は勢い良く屋上から降りてきた。

七メートル程の高さから、三メートルの巨体が落ちてきたのだから、私も母も、軽々と風圧で吹っ飛ばされてしまう。

砂ぼこりは濃く舞い上がり、どこから来たのか、火の粉が飛び込み、偶然と、いや運命的というべきか、何故かそこに放置されていた大量の木材に、火の粉を受け取られ、猛火と化した。

先程まで安心で温かな空間は、瞬間的に地獄絵図と成り果ててしまった。

だが、私としては助かったのだろう。

何故なら私が飛ばされたところは、運良くも物陰に囲まれていて、しかもあの化け物の、視覚外に位置していた。

しかし、それはやはり一瞬の幸運にすぎなかった。

ここには母の姿はなかった。

飛ばされた方向が違い、またその際に頭でも撃ったのか、母は化け物の目の前で、足元で土汚れなど気にすることもなく、倒れこんでいた。

私は怖かった。

このままでは、母が、お母さんが、あの化け物に捕まってしまう、そしてもう二度と会えないのではないのか、お母さんは殺されてしまうのではないのか、等々、最悪な可能性がどんどんどんどん風船のように膨らんでいった。

嫌だ!嫌だ!まだまだ一緒にいたい。最後にしたくない!死んでほしくない!嫌だ!嫌だ!

そして、パンッと風船は割れた。

私は、右足を強く踏み込み、全力で走って、母を庇うかのように、化け物の目の前に飛び込んだ。

一体自分が何をしているのかなんてそんなの、自分でも理解不能だった。

だけど、頭の中は、お母さんを助けることしかなかった。

化け物は、未だにニヤニヤと口角を上げている。

母はまだ起きない。

化け物は、右手にある巨大な斧をブゥンっと振り上げた。

母はまだ起きない。

何故、化け物が私を、私たちを殺そうとするのかも、そもそも化け物の正体はなんなのか、何でこんな状況に陥ったのか、私はこれから死ぬのか?死んだらどうなるのか?全てが謎のまま終わってしまうのか?

私の思考回路がオーバーヒートしているなか、化け物の殺気はドンドンと大きく、そして鋭くなっていく!

辺りを照らす猛火によって汗も垂れ、砂ぼこりも落ち着き、化け物が持ち上げた大きな斧が良く見える。


私は、この世の物とは思えない、化け物に襲われた。

私は、死と隣り合わせというべき恐怖を初めて知った。

私は、地獄と絶望という状況に陥った。

そして、私は……

今から殺されるのだ。

誰かに助けを求めようとも、声もでない。

体どころか、腕一本動きそうにない。

ただただ私は、この斧が振り下ろされるのをじっと待つことしか、死を覚悟して待つことしか出来なかった。

そうだ……もう…どうしようも……ないのだ…諦めるしか……ないのだ…。

諦める?そうだ、諦める。

他に方法は?そんなのあるのだろうか?

生きたい!生きたい!生きたい!生きたい!

死にたくない!死にたくない!死にたくない!

だから……

誰か……助けて!


化け物は、そんな私に情けを成すこともなく

軽々と勢い良く斧を降り下ろした!

私は目を閉じ、倒れこんでいる母にすがり付いた。そして願う!


死んだ、と思った。






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