プロローグ 黒ローブの男1
私は、黒を見た。
それは、とてもおぞましく、凶悪で、蠢いていて、そう、それは黒霧。
私は、黒を見た。
それは、黒き輝きを放ち、それと伴って優しさや、暖かさを感じれる、そんな黒を。
その正体は、黒いローブを身にまとった凛々しい男の姿だった。
その頃の私はまだ生まれて八年しか経っていない、幼き少女だった。
新しい記憶ではその頃、世界では太平洋上空に突如現れた黒霧に対して、様々な評価、批判、対策、デモ活動等が行われており、又それらをメディア各社は逃すことなく、これ以外に流すネタがないのか、厚かましいほど写し続けた。
謎の存在が身近に現れたのだからそれはそれで仕方のないことなのだろう。しかし、当時幼き少女だった私にとって、その事は単なるひとときの出来事のように感じるのか、全く関心を持つことがなかった。それよりもお人形さんや、おままごとに目が移るのが落ちだった。
そんな周りの大変さに能天気な私に、運命は試練を与えたのか、それとも神のお遊び程度なのだろうか、いずれにせよ、事件は起きた。
いや、それは事件と言う言葉で片付けるには無理があるほど残酷な物だった、だからこういい表そう。私は、地獄を見た。
それは世界を騒がせた黒霧が出現して十七日目の朝だった。
早朝にも関わらず、私と母は、錆び付いた繁華街へ足を運んだ。その目的は、激安セール中の食べ物を買い漁るためだからだった。
突如現れ世界を騒がせた黒霧の影響は、漁業はおろか、黒霧に正体不明の物質が含まれており、それらを含んだ海や雨を通した農作物も関連的に使用不能にしていた、これにより食に対する生産量と経済力は日々低下しており、私たち一般市民からしては懐がいたい状況下におかれていた。国はどうにか政策をとってこの状況をいち早く回避しようとしているが、問題が悪いのか、議員らの頭が悪いのか、政策のせの字も未だに公開されなかった。そう、政経の高校担当教師であった母は語った時の事は、未だに耳に残っていた。
まぁ、そんな問題もその頃の幼い私にとってはやはりどうでもいいことに過ぎないのだったのだが。そんな懐のいたい状況の中、こんな寂れた繁華街に現れた救世主が、今田八百屋というお店だった。そこの店主が秘密ルートで得た食材を、人のため、市民のために、この悪状況の中では安い値段で売られていた。
その情報をいち早く手に入れた母は、留守番さえ任せられない私を連れて朝早くに家を出て今に至るのだった。
しかし、その努力も水の泡のように、八百屋にはすでに数十人もの、家族と家計を託された戦士らが心火を燃やして戦っていた。
その光景に驚く私は、思わず母の方を見る、がしかし、母の目はまだ死んでいなかった、というか、こちらもこちらで主婦としての血が騒ぐのか心火を燃やしているような感じだった。
さすがは専業主婦ならぬ、戦業主婦だ。
いつも冷静沈着な母の意外な一面を見れたことに嬉しさを感じたが、母はそんな私に構う暇もなかった。
母は、多くの主婦という列強なる戦士に怯えることなく、母もその戦士の一人としておぞましい戦場へと飛び込んだ。
その際、母は私にこう言った。
「ここでじっとして待っておきなさい!すぐ戻ってくるから」
そう、私に告げると母は戦場へと一直線に向かった。
ここで話は変わるのだが、幼き少年少女たちにとって、
「ここで待っておきなさい」
や、
「じっとしていなさい」
は、捉え方が一回転するのか、
「冒険してきなさい」
や、
「動き回りなさい」
に聞こえてしまうらしい。
それは幼い頃の私にも、もちろん当てはまることで、私は母の監視がなくなった自由状態の中、この荒れ果てた繁華街を冒険することを決断した。
私がその場から逃げ出すのに母はやはり気づかない、それはそれで仕方がないことだ。
私は小さな歩幅で、トコトコトコトコと歩き回っていた。自分で過去の自分を言うのもなんだが、そんな可愛らしい姿の子供を叔父さん伯母さんが可愛がろうと見逃すはずがないが、私は誰に可愛がられることも、ましてや見られることもなかった。
そう、私の前に平がっていた光景は、誰一人いないガランとした繁華街の姿だった。
若夫婦の営むお花屋さんは、一輪も花を見せることなく、厚いシャッターに閉ざされていた。
夫婦喧嘩の絶えない老夫婦のお肉屋さんは、若者の嵐が来たのか、シャッターにはよくわからない絵やペイントが施されていた。
他にも、このようなお店が増えて、一ヶ月前の活気溢れる面影も見せることなく、通っていて馴染み深い繁華街は、落ちていた。
これも全て黒霧が原因だ。
そう思い私は、悲しみとどうしようもない微かな鬱憤がたまっていった。
優しい叔父さんや、お菓子をくれる叔母さんに囲まれ楽しい日々を過ごしていたあの時をもう繰り返すことができないようにも思えて、私は泣いた。音もなく泣いた。
目尻から鼻にかけてスーっと雫が、涙が流れた。
初めての経験で、混乱しているのだろう。幼い子供には早すぎたのかもしれない。
別れから来る寂しさが、怒りや憎しみ等の憎悪に変わっていくこの感覚が、そしてどうすることもできない自分の惨めさが、当時の私にとっては馴れるはずもなく、その場で立ち止まって静かに泣いた。
いつもなら、ギャーギャーと泣きわめいて、回りに迷惑と心配をかけるが、今となってはかける人もいなく、静かな繁華街に鼻水を啜る音だけが響き渡った。
きっと私以外誰一人いないとでも思ってしまったのだろう。私はついに声に出して泣きわめいてしまった。
あまりの悲しさに耐えきれず泣きわめいてしまった。それでも私を構う人は現れなかった。
そのまま私は歩いた。
太ったおじちゃんの駄菓子屋さんも、痩せ細ったおばさんの干物屋さんも、回りを見渡すもの全てが錆びたシャッターに隠されていた。いや、隠れていたのだ。
そんなシャッターに囲まれた繁華街を素通りしていると、目の前には綺羅やかな海が見えてくるはずだった。そう、はずだった。
続く
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