9月~秋の夜長に君思ふ~

あれは、長月のある日の話。

幾年も前のその日の夜、私の想い人は、外国に行くと私に告げました。

外国に行って、医学を学ぶのだと言っていました。

私とは比べ物にならないくらい裕福で、頭脳明晰でしたから、

当たり前と言えば当たり前だったのかもしれません。

告げられた夜のあの人の瞳は、新しい世界に旅立つ期待に満ちていて、

私はそうですか、としか言えませんでした。

あの人の瞳に似た月が、あの人の横顔の後ろで輝いていました。

あの人が私のことを見ていないというように感じられて、寂しくて、

出発の見送りにも行けず、そのまま今生の別れとなりました。

外国に行く途中で、帰らぬ人となったのです。

それから毎年、長月のその月を見ると思い出してしまうのです。

長月と言えば、十五夜の満月ですが、私にとっての月はその月なのです。

亭主を持ち、子に恵まれ、皺だらけになってしまった今でも。

あの猫のような瞳の輝きは、決して忘れられぬ、秋の後悔。

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つきがたり 氷月 @hiduhiyo47_w

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