音無さんと本日のプレイリスト

@clov-piano

第1話 Recollection──それは誰かの『回想』

 出会いはいつだって突然だ。

 こっちから向かってみたり、向こうからやってきたり。

 それは誰にも予想できなくて、だからこそ楽しくて。


 今から話すのは、わたしがそうやってたくさんの何かに出会っていく、そんな物語だ。






「なにこれ」


 フリーマーケットの露店に無造作に並ぶ商品を見て、わたしはポツリと呟いた。


「えー、どれどれ?」

「ほら、あれ。ちっこい変な機械」


 友達のみーちゃんが聞いてくるので、それに応えてそれを指を指す。

 スマホよりもちょっと小さい、傷だらけの古ぼけた機械。画面の下にはドーナツ状にパネルが並んでゲーム機に見えなくもないけど、ゲーム機ともガラケーとも違うようだった。


「かなちゃんあれ知らないの?」


 みーちゃんがびっくりしたように口を開いた。非常に心外だ。

 見た目からしてどう見てもずっと前の古い機械でしょ。ピチピチの高校生のわたしが知らなくたって問題はない、はず。


「逆にみーちゃんは知ってるの?」

「そりゃ知ってるよー。どう見てもオーディオプレイヤーでしょ、あれ」


 オーディオプレイヤー。

 スマホの無い時代に、外で音楽を聴きたい変わり者達が持ってたというあれか。

 こんな形してたんだね。知らなかった。

 

「あー、あれが」

「……かなちゃん、その名前のくせに音楽のことホント知らないよね」

「うっさい、それはもう聞き飽きた!」


 何を隠そう、わたしの名前は『音無かなで』なんてすごくそれっぽいやつなのだ。

 昔から「名前矛盾してね?」なんてからかわれていたけど、最近はさらに「その名前で音楽やってねえの?」なんてからかいも追加されている。


 そのせいか、どうにも音楽には苦手意識というか、あまり近付きたくないと感じてしまうのだ。意地になってるだけなのかもしれないけど。


 だから、これがオーディオプレイヤーと聞いた時のわたしの気持ちは、冷めたものだった。

 面白そうな何かを見つけたと思ったら、自分には関係のない不要なものだった。お宝かと思ったらガラクタだった時みたいなガッカリ感だ。



「それに興味があるのかい?」



 不意に聞こえた声にビクッとする。

 声の主は、この露店の店主さんだった。初老の男性で、穏やかな顔つきの人だ。


「い、いえ。なんとなく何だろうって気になって」

「ああ、これね。ウチ喫茶店やってるんだけど、そこの常連さんがいらないって言ってよこしてきたんだよ」


 「フリマは廃品回収じゃないんだけどなぁ」と店主さんは困ったように笑う。


「じゃーこれはおじさんの常連さんのものだったんだ?」

「いや、そうでもないみたいなんだよ」

「へ?」

「どうも常連さんの息子の友達の彼女の元カレの……なんだったかな。とにかく色んな経由でで流れてきたものらしいんだよ。だから誰のものなのかは、よくわからないんだ」

「なにそれ、面白い!」

「でしょ? 僕もおかしくって思わず笑っちゃったよ」

「……売っていいんですか、それ?」


 心配するわたしをよそに二人はケラケラと笑ってる。

 何にせよ変な運命を辿ってきたオーディオらしい。わたしには関係ないけどさ。


「これ、まだ使えるの?」

「それは大丈夫。充電したし確認もしてあるよ。中に入ったら曲もまだ残ってる」

「ほうほう?」


 みーちゃんがニヤリと悪そうな笑みを浮かべる。大体この表情になった彼女はロクなことをしないから、思わず逃げたくなる衝動に駆られた。


「かなちゃん、これのプレイリスト、気にならない?」

「……いや、別に」

「えー、つれないなぁ」


 だって、本当に興味ないし。


「大体みーちゃん、私が音楽あんまり好きじゃないって知ってるでしょ?」

「知ってるさ。でもそれは、あれだよ。今までいい出会いが無かったからだよ!」

「出会い?」

「そう! 食べ物の好き嫌いだってそうでしょ? ずっと嫌いだった食べ物が、ある日美味しいやつを食べた瞬間好物に変わったってやつ。今がその時なんだよ!」


 分かるような、分からないような……。でも謎の勢いと説得力に、思わず納得してしまいそうな自分がいる。



「かなちゃん、これは巡り合わせだよ。いろんな偶然を飛び越えて、かなちゃんが音楽と出会う時が来たんだよ」



 爛々と輝くみーちゃんの瞳がわたしを射抜く。なんだか断りきれない雰囲気を感じて、思わず首を縦に振ってしまった。


「もう、分かったよ。でも一曲だけだからね?」

「やったぁ!!」

「お、買ってくれるのかい?」

「いや、まだ買うと決めたわけじゃないですけど。中の曲を聴いてみようかなって」

「そうか。これにはスピーカーが付いてないから、これを使うといい」


 店主さんは売り物のひとつのポータブルスピーカーを差し出した。用意がいい……。

 みーちゃんはそれを受け取るとウキウキしながらケーブルをオーディオに刺す。


「ぐへへ、誰かさんの音楽趣味を大公開だぜぇ」

「みーちゃん、その言い方なんか嫌だから止めて」

「間違ってはないっしょ?」

「無いけどさぁ……」


 電源を入れてボリュームを回すと、スピーカーはサリサリとノイズを吐き出した。準備は出来たみたいだ。

 わたしは横から画面を覗き込む。


「どんな曲あるのかな……って、多くない!?」


 画面には曲のタイトルがビッシリと並んでいる。みーちゃんがいくらスクロールしても、果ては全く見えなかった。

 しかも、そのタイトルのどれもがわたしの知らない曲ときた! いやもともと知ってる曲なんてわずかだったけどさ!


「おー、この人すごい音楽好きだったんだねぇ。容量ほとんど使い切ってるよ」

「これの容量ってどれくらいなの?」

「えーと、100ギガは超えてたと思うよ」

「ひゃく、ぎがぁ!? 曲だけで!?」


 どんだけ音楽好きなの!! というか世の中にそんなに音楽があること自体、驚きだ!


「これだけあると決められないねー。よーし、こんな時は!」

「こんな時は?」

「シャッフル再生だ!!」

「お、面白いねえ。そういうノリ、嫌いじゃないよ」

「でしょ!」


 何このテンション……。

 またも私を差し置いて二人で盛り上がっている。そのノリの良さがちょっと羨ましい。


「さぁ、かなちゃん。再生ボタンを押すのだ!」

「わ、わたしが押すの?」

「当たり前でしょ! さあ、運命のドアを開けるんだ!!」

「なにそれ……まあいいや。えーい!」

 

 ポチ、とボタンの薄い感触と同時、スピーカーから音が流れ始めた。


「これは……」


 シャカシャカしたギターの音から始まって、ドラムとか色んな音が混ざりはじめる。

 色んな音がゆったりと、時にはカッチリと重なっていく、不思議な感じの曲だ。

 そして、一番特徴的なのが、



「歌が、ない……?」



 そう。この曲、歌がないのだ。

 主旋律っぽいフレーズをギターが弾いている。まるで、ギターが歌っているみたいに。

 曲のタイトルは、TRIXの『Recollection 』と記されていた。


「ああ、この曲はフュージョンだね」

「なにそれ、強そうなジャンル!」

「ははは。ジャズとロックを融合(フュージョン)させた音楽のことだよ。昔は結構流行ってたんだ」


 店主さんが懐かしそうに語る。

 その内容にわたしはなるほど、と納得した。


「だから、何というかダサいっていうか、古臭いんですね……って、あ」


 しまった、失言だった!

 思わず本音というか軽口が出てしまう。わたしの悪い癖だ。

 怒られるかなぁ、と思っていたら、店主さんは苦笑いしているだけだった。


「まあ、実際そうなんだよ。古いジャンルだからね。でも、このダサさが意外と病みつきになるんだ。本当だよ?」

「そう、なんですか」


 古いのがいいなんて、よく分からない。傷だらけのオーディオを見ながら、私はぼんやりとそう思う。


 でも、歌がないというのは思っていたよりも悪くないと感じた。楽器の音がハッキリと聴こえて、ドラムとか、よく分からない電子音っぽい楽器が交代で主役になってるみたいで、新鮮に感じる。


 ああ、これは楽器が歌っているんだ。

 歌みたいにすっと溶け込んでくる楽器の音色を、心地いいとわたしは思った。


「それにしても一曲目タイトルが『Recollection 』とはねぇ」


 曲のクライマックス、最後のサビの中で、店主さんがしみじみと呟いた。


「どうして?」

「君はこタイトルの意味を知っているかい?」

「リコレクション? えーと、意味は」

「──『回想』」


 わたしの口から漏れた言葉に、店主さん「正解」と微笑んだ。


「音楽っていうのは、誰かの人生に寄り添うものなんだ。だから誰かの好きな曲が詰まったこのオーディオは、一部ではあるが誰かの人生の『回想』なんだよ」

「回想。誰かの、思い出……」

「なんか、とってもロマンチックだね」

「うん」


 曲が終わる。ダサくて、でもどこか嫌いになれないその曲が途切れる瞬間を、わたしは名残惜しんだ。


「さて」


 店主さんがケーブルを抜き、オーディオを私に差し出した。


「これを、君はどうしたい?」

「……わたしは」


 音楽は好きじゃない。それは今でも変わらない。

 でも、さっきの曲を心地いいと、確かにわたしは感じたんだ。

 あんな曲、多分ここで出会わなかったら一生聴くことなんなかったと思う。

 だから気になった。これを持っていた人は、どうやってこの曲に出会ったのだろうか、と。



 わたしは、この人の人生に、ちょっとだけ興味を抱いた。



「買います」

「ありがとう。じゃあお代はいらないから、持っていくといい」

「いいんですか?」

「その方が面白い気がしたからね」


 ありがとうございます、とわたしは頭を下げた。


「よかったね、かなちゃん」

「うん」


 わたしは手に持ったそれをぎゅっと握りしめる。

 ダサくて、古臭くて、でも暖かい、誰かの『回想』を。

 次はどんな音楽に出会うのだろうか。それを少しだけ、楽しみだと思った。

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