オマケ番外編:穢玉(けだま)占い

 その日、教室は異様な空気に包まれていた。

 美人転校生の机に書かれた心ない落書き。しかも、転校生・月野伊万里はその机にそのまま座り授業を受けている。普通なら、心が折れて早退してしまうのではないかと思う状況だが、彼女は違った。

 それどころか、彼女は授業中、「ブス」「ビッチ」「尻軽」と書かれた落書きの文字を何度も何度もなぞっている。

(彼女は一体なにを──?!)

 それを見たクラスの誰もがそう思った。


 一方、伊万里は真剣そのものだった。

 教室に入ると、いきなり自分の机に乱暴な落書きがされていた。こんな子供のような嫌がらせ、彼女にとってはどうってこともないのだが、そこから小さくて黒い思念の塊「穢玉けだま」がぞぞぞと生まれていたのは面倒だった。

 挙げ句、剣道部主将まで乱入してきて、話が「ほれたはれた」の思わぬ方向に行き、収拾がつかないまま授業を受けることになってしまった。

 穢玉は千尋が一度はきれいに清め払ってくれた。しかし、しばらくたつと再びぞぞっと生まれ始めた。ここまでくると呪詛じゅそに近い。人間の嫌がらせがこのレベルに達していることに、伊万里はある意味感心した。

 しかし、それも彼女にとってはどうでもいいことだった。そんなことより、


「妹…」


 さっき壬が剣道部主将の五里に対して言った言葉、「こいつは俺の妹みたいなもんだ」が彼女に重くのしかかっていた。

(やっぱり私は妹…)

 いや、これでいいのだ。壬をこれ以上好きになってはいけないのだから、自分は「妹」でいい。

 しかし、


「妹…」


 どうしてもその言葉を受け入れられない。

 折しも、穢玉けだまが一つ、ぞぞっと湧いて出た。伊万里はそれをジュッと指で焼き潰した。

「妹じゃない…」

 もう一つ出てきた。

「妹…」

 また、一つ。

「妹じゃない」

 また、一つ。

「妹」、「妹じゃない」、「妹」、「妹じゃない」………

 こうなるともう止まらない。

 周囲の人間には穢玉けだまは見えていないので、伊万里が机に書かれた文字をなぞっているように見える。

 嫌がらせで書かれた机の文字をひたすらなぞる転校生──。誰もがその姿におののいたが、当の伊万里はそれどころではない。


 自分が壬にとって妹なのか、そうでないのか、これで決まるのだ(なぜか)。


 そして、三十二個目の「妹」を焼き潰したとき、穢玉がピタリと止まった。

「え?」

 今止まったら困る。自分は「妹」止まりになってしまう。

 伊万里は机の文字を睨みつけた。


(さあ、出てくるのです──!)


 今度は机の文字をじっと見つめ始めた転校生に、周囲の人間はさらに身震いした。

(なに?今度はなに??)

(呪いか?呪いをかけているのか?)

 机を見つめる彼女の雰囲気がただならない。


 すると、


 ぞぞ──…

 出てきた!

(逃がしません、「妹じゃない」!)

 伊万里は渾身の思いを人差し指に込め、穢玉を潰しにかかった。

 しかしその時、

「イマ、だめだって」

 隣の席の千尋の手が伸びてきて、伊万里が潰そうとした穢玉をぱっと払った。

「あっ」

 穢玉がぱっと消え去り、机が清浄きれいになる。

(い、「妹じゃない」が、消えてしまったではないですか!)

 獲物を失った人差し指がぷるぷると震える。思わず穢玉を払った千尋を睨むと、彼女が笑顔ですごみながら口をパクパクさせた。

(ふ・ざ・け・ん・な。お・と・な・し・く・す・わっ・て・て!!)

 ひぇっ、めちゃくちゃ怒ってる!!


 ああ、でもここで終わったら、

「妹………」

 伊万里は机につっぷした。 

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