鬼の実行委員(6)

 それから四人は千尋の家に寄って、彼女の着替えやお泊りの準備を待ってから伏宮家に帰ってきた。すると、家ではなぜか総次郎が待ち構えていた。

「おう、ガキども。思った以上に早かったな。着替えたら、道場に集合な」

「ええー? 俺ら、これから文化祭の出し物の話をするんだよ。俺と伊万里が実行委員になったから」

 壬が言い返すと、総次郎は「なんだあ?」と顔をしかめた。

「また面倒な役を引き受けたもんだな。何するんだ?」

「お化け屋敷」

「へえー」

 途端に総次郎がワクワクした顔になる。

「面白そうじゃねえか。その話、俺も入れろ」

「ええー? 関係ないじゃんか、ジロ兄は」

「何を言ってんだ。一応、卒業生だぞ。それに、化け物は得意分野だ」

 壬と圭、そして千尋が不安そうに顔を見合わせた。

「いや、それって」

「どっかで」

「聞いたセリフ……」

 伊万里がぱあっと顔を輝かせた。

「それは、ぜひ話し合いに入っていただかないと!」

「じゃあ、やっぱり道場に全員集合!」

「ええー??」

 総次郎の号令に壬たちはげんなりした声を上げた。


 壬と圭が着替えて道場に下りていくと、総次郎が床の間を背に長くて大きめの風呂敷包みを脇に置いて座っていた。包んである風呂敷がそれなりにしっかりしたもので、壬たちもすぐにそれが目に入った。

「ジロ兄、それ何?」

 圭が尋ねると、総次郎は含みのある笑みを返した。

「まあ、今日の本題はこっちなんだが、とりあえず文化祭の話が終わってからだ」

「なんだ、やけにもったいぶるな」

 壬は、昨日総次郎が「圭や壬に仕込む」と言っていたことを思い出した。

 そこに、大皿におにぎりをいっぱい盛って、千尋と伊万里が入ってきた。

「はい、今日の夕ご飯だって!」

「え? おにぎりだけ?」

「っていうか、早くない? まだ六時…」

 壬と圭が驚きながら聞き返した。

「今日は時間がないとかで……。あ、お新香しんこもございます」

 伊万里が答えながらテキパキと小皿と箸を配る。総次郎がひょいっとおにぎりを一つ取って、ばくんと頬張った。

「うん、シンプルだけど美味うまい。おまえら、ちゃんと食っとけよ」

「なんで時間がないのさ?」

 圭が言った。総次郎が今度はお新香しんこを口に入れて頷き返した。

「この後、谷ノ口たにのくち辺りへ行く」

「この後?」

「そう」

「なんで?」

「バーカ、それを今から話すんだろうが。ほれ、早く食え」

 四人は訳が分からず顔を見合わせ、戸惑いながら食べ始めた。

「んじゃ、まあ、お化け屋敷だが」

 総次郎が口をもぐもぐさせながら話し始める。

「本物を呼び出すのが一番だけど、伊万里以外は──全員反対みたいだな」

 壬と圭、千尋の顔色を見て総次郎が不満げな顔をした。

「当たり前だ! 大騒ぎになるわ!」

 壬が「絶対反対」的な態度で総次郎に言うと、隣で伊万里が口を尖らせた。

「しかし、それでは実行委員たる私の腹の虫が収まりません。やるからには、クラスのみなを恐怖のどん底に──」

「おまえの腹の虫と、実行委員は全く関係ないだろ。だいたい、客じゃなくて運営するクラスのみんなを恐怖のどん底に落としてどうすんだ。普通でいいよ、フツーで」

「普通ってどのような?」

「適当にお化けの仮装して、来た奴らを驚かせる。そんなもんかな?」

「……壬、つまらない奴だと言われませんか?」

「悪かったなあ、つまらなくてっ」

「本物を呼ぶのは俺も反対だけど、『普通』ってのはないな」

 今度は圭が言った。

「千尋がバカにされて、姫ちゃんがみんなに啖呵たんかを切ったんだから」

「いやいや、おまえら学校で何があったわけ?」

 総次郎が子供たちの会話に割って入った。そこで、壬は今日学校であったことと、伊万里が実行委員になった経緯をざっくり話した。

 壬の話をひととおり聞き終わったあと、総次郎が口を開いた。

「話はだいたい分かった。だったら伊万里、やることはクラスの奴らを恐怖のどん底に落とすことじゃない。千尋の汚名返上、名誉挽回だろ」

「そうです」

「ふーん、なるほど。じゃあ、客に穢玉でも付けてみるか?」

「けっ、穢玉???」

 壬、圭、千尋が思わず聞き返した。

「穢玉って、あの穢玉?」

「そ、昨日もおまえら追いかけていただろ。俺が焼き潰したけど」

「そんなもん付けてどうすんだ?」

 壬が言うと、圭も頷いた。総次郎がすました顔であごヒゲを撫でた。

「別にどうもしない。ただ、人間に付けると運気と気持ちが下がる」

「で?」

「おしまい」

「それだけ?」

「それだけ。でも、それで十分だろ。その運気も気持ちも下がった状態でお化け屋敷に入るんだから、それなりに怖い思いをするぜ?」

「でもそしたら、みんな体に穢玉を付けたままになっちゃうじゃない」

 千尋が不安そうに言った。すると総次郎が意地悪な笑みを浮かべた。

「何を言ってんだ。そこで、おまえの出番じゃねえか」

 伊万里が「なるほど」と手を叩く。

「千尋に払わせるのですね」

「ご名答」

「いいですね。穢玉といえど普通の人間に払うことはできません。自然と落ちるのを待つか、そうでなければ払うしかない。となれば、千尋に泣いてすがるしかありません」

「どうだ、いい気味だろ?」

「さすがジロ兄、」

 圭が感心した様子で言った。

「考えることが善良っぽく腹黒い」

「スマートだと言え」

 総次郎が圭を小突いた。

「学校は、人が密集していて雑多な念も多い。穢玉なんて、探すとあちこち転がってるさ。それを当日用に集めておけばいい」

「集めろって言われても、どこに集めとけば……」

 壬が戸惑っていると、伊万里が「そうだ」とひとさし指を立てた。

「先日のきよ屋のプリンの箱はどうでしょう? 割りと大きくてしっかりした箱ですよ。何かに使えそうだと思ってとってあります」

「うわあ姫ちゃん、主婦だねぇ」

空箱からばこ集めは、嫁のたしなみですから」

 伊万里がガッツポーズで答える。壬が小さく肩をすくめた。

「だいたいはゴミになるけどな、それ」

「でもイマ、きよ屋の箱って逃げないかな??」

 千尋が伊万里に尋ねると、伊万里が「大丈夫」と頷いた。

「もちろん、封をします」

 すると、総次郎がパンッと手を叩いた。

「よっしゃ、だいたいの見通しが着いたところで文化祭の話はここまでだ。じゃあ、ここから本題な」

 言って彼は、脇に置いてあった風呂敷包みを取り出した。

「圭、壬。おまえたちに、今回はこいつを土産みやげとして持ってきた」

 総次郎が包みをするりとほどく。中から、二本の刀が出てきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る