4)そして、決着のとき
そして、決着のとき(1)
ややして、そばで控えていた阿丸がガウッとひと鳴きした。壬と伊万里が、はっと離れる。壬は恨めしそうに阿丸をちらりと睨んだ。
しかし、彼はすぐに気を取り直し、顔をきゅっと引き締めた。このまま伊万里を抱き締めていたいが、今はそれどころじゃない。
壬は伊万里から受け取った鞘をあらためて握り締めた。今こそ、焔を手にする時だ。
「伊万里、ありがとう」
言って壬は立ち上がると、ひと呼吸おいて気持ちを整えた。もう覚悟は出来ている。彼は緊張した声で小さく「焔、」と呼んだ。
刹那、壬の前にどこからともなく漆黒の人影がゆらりと現れた。そのどこまでも黒い闇色から赤眼がぎらぎらと覗く。
(目が覚めたか)
赤眼を細め焔が満足そうに言った。壬が小さく頷き返した。
「ああ、おかげさまで」
そして彼は、伊万里から受け取った鞘を焔に突き出した。
「俺の心臓に、魂に誓う。俺がおまえの
焔がうっすらと笑みを浮かべる。そして、焔は
(……御意。
次の瞬間、焔は
黒に近い朱塗りの鞘に
壬はすらりと刀身を引き抜いた。ボロボロに錆びた鉄の棒だった姿はどこにもなく、その冴えざえと黒光りする刃は、ゾクリとするほど美しい。
壬はその圧倒的な存在感に体が震えた。
傍らでその様子をじっと見ていた伊万里も息を飲む。
「これが焔の本当の姿……」
「大丈夫」
壬が刃をカチンと鞘に戻しながら、不安げな顔の伊万里に笑った。そして彼は、阿丸の背に伊万里を乗せると、もう一度彼女の短くなった髪を撫で、額にキスをした。
「心配ないから、伊万里」
そして彼は大きく削られた地割れのような溝に目を向けた。その地割れは、里のずっと東まで続いており、何をどうすればこんな風に大地を割ることができるのかと思ってしまう。
壬の胸中を察して、伊万里が慌てて彼に言った。
「これはっ──、あのっ、壬も意識がない状態でしたし、不可抗力だったと……」
しかし、最後まで言い切ることが出来ずに尻すぼみになる。それでも彼女がなんとか慰めの言葉を口にしようとしたところを壬が「分かった」と止めた。
何を言っても、目の前の現実は変わらない。そして彼は、ぎゅっと目を閉じて大きく息を吐くと、両手で顔をばちんと叩いた。
今は自分のしでかしたことの大きさにびびっている場合じゃない。
「伊万里、おまえがこうして無事だということは、
壬が尋ねると、伊万里がこくりと頷いた。
「拓真が私を担いで山を降りてくれました。その後、千尋が私に
「そうか。ところで、蟲使いって?」
聞きなれない言葉に壬が眉をひそめる。伊万里が頷き返す。
「蟲を使役する者のことで、今回の騒ぎの元凶です。名を四洞、月夜は鬼伯の側近です」
なるほど、雑蟲の群れをなした行動もそれで納得がいく。
壬はその目に怒りを滲ませながら口早に呟いた。
「じゃあ、そいつを倒せばいいんだな」
「いいえ」
しかし、結論を急ぐ壬に伊万里が落ち着いた口調で答えた。この散々な状況にあって、彼女は意外にも落ち着いている。
「その必要はありません。私が一人で行動したことで、隠れていた蟲使いはまんまと姿を現しました。さらに、焔も壬の手に納まった。全ては先生の目論みどおり。もはや勝ったようなものにございます」
伊万里は確信に満ちた表情で笑った。
「さあ、急いで圭と合流し亜子さまの元へ参りましょう。拓真もおそらく到着すると思います」
「拓真も? みんなでそいつを捕まえんのか?」
壬が怪訝な顔を返した。しかし伊万里は笑うばかりで具体的には教えてくれない。何を企んでいるのかと、とても気になったが、ここはひとまず従うしかない。
田園が広がるその先に壬は目を向けた。気のぶつかり合いを感じる。
「よし、行こう」
言って彼は地を蹴って飛び出した。
壬が一気に野道を疾走する。阿丸に乗った伊万里が壬に続く。殺伐とした空気が篠平の里全体を覆っている。肌がひりひりと焼けるようだ。
どれだけの雑蟲を操って、使い捨てたのだろう。
雑蟲の無機質な殺気が里の空気を歪めている。
「いました! 圭です!!」
伊万里が指差す。圭が無数の雑蟲に取り囲まれ戦っていた。壬は軽く頷いて、力強く地面を蹴ると大きく跳躍した。抦を握る手に力が入る。
「圭!!」
刹那、壬が身を
「壬?!」
圭が壬の姿に目を見開く。壬は彼に向かってにやっと笑った。そして今度は、大きく息を吸い込むと、残った雑蟲に向かって激しい火炎をお見舞いした。蟲たちが炎に飲まれ燃え上がり、ぼたぼたと地に落ちる。
「幽霊じゃねえぞ」
くすぶる火炎を飲み込みながら壬が言った。
圭は、すぐには声も出せず、ただただ彼を見返した。しかし、すぐに怒った顔で壬の元へつかつかと歩み寄り、刀を握る手を振り上げると、その柄頭でごちんと壬の頭を殴った。
「いてっ!」
「いてっ、じゃないし」
うっすらと潤んだ目で壬を睨む。
「もう、いろいろだめかと──。ちゃんと鍛練しないから、そんなになるんだよ。姫ちゃんがいなかったら──」
そして、髪が焼け縮れてボロボロの姿の伊万里を見て、再び壬の頭を抦頭で殴った。
「女の子にあんな無茶させて、しっかりしろ!!」
「……ごめん」
さすがに壬がしゅんと縮こまった。しかしややして、圭は大きく息をつくと、いつもの穏やかな目を壬に向けた。
「二人が喧嘩してるって亜子さんから聞いてさ。またかと思ったけど、」
言いながら壬が持つ妖刀を一瞥する。彼は嬉しそうに壬と伊万里を交互に見て、普段と変わらない口調で言った。
「ちゃんと仲直りできたみたいだね」
「……まあ、うん」
壬がはにかみながら頷く。そして二人は、拳を軽く突き合わせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます