そして、決着のとき(2)

 その頃、亜子は、自身の刃が届かない相手に苛々を募らせていた。四洞は次から次へ雑蟲ぞうこを無尽蔵に操り、どれだけ斬ってもキリがない。しかも、自身を守るためだけあってどれも大型ばかりだ。そのうち、彼女自身の体力も徐々に削られてきた。刀を持つ手が疲労で微かに震えている。

 彼女とは対照的に、二つ角の鬼が余裕の表情を見せる。べたっとした髪の間から覗く深紫の目を細め、四洞は笑った。

「どうした、女狐めぎつね。息が上がってきたのではないか?」

「うるさいね。今まではほんの準備運動だよ」

「減らず口を。なに、狐の分際でおまえは頑張った方だ。私相手にここまで粘った奴はそういない」

「ああ、そうかい」

 吐き捨てるように言いながら亜子は内心どうしたものかと思案した。

 亜子の周囲を大型の雑蟲がまだ何十と取り囲んでいる。これだけの数の大型をまとめて相手したことは、さすがの亜子もない。

(狐火を使うにしても──)

 自分の火力では一気に焼き尽くすのはさすがに無理だ。奴に刃が届かなければ、延々と雑蟲の相手をさせられる。

(せめて、壬くらいの火力があれば──)

 この憎たらしい敵に、怒りの一発を入れることも出来るのに。

 目の前の敵を睨みつつ、亜子は周囲に気を巡らせた。

 結界は崩壊した。しかしその後、壬が暴れ回っている様子はない。おそらく伊万里はちゃんと鞘を壬に渡せたのだろう。

 ということは、最悪だった状態は脱し、事態は好転している。

 猿師の式神カラスからの伝言で、伊万里を守ることと一緒に猿師の策も伝えられた。ここでの自分の役割は、ようやく姿を現した四洞の足止めだ。

 とは言え、ただ足止めしているだけでは気が済まない。

 この蟲使いが篠平の里に行った数々のことを思えば、亜子の気持ちは当然のことだった。

「ああ、本当に腹の虫が収まらないね」

 亜子は一人呟いた。

 大型の雑蟲が牙を剥き亜子に一斉に襲いかかる。彼女は震える指先に喝を入れ、刀を構えた。

 その時、

「おまえが蟲使いっちゅう奴か? 湿気しけた顔をしとるのう!!」

 炎をまとった刃が閃き、目の前の雑蟲を薙ぎ払った。



 亜子が驚きの声を出す間もなく、その声の主が雑蟲の群れを一足飛びし、四洞との間合いを詰める。

「拓真!!」

 獲物を見つけた獣のようにその大きな目を光らせ、拓真は歯を軋ませながら笑った。

「やっと会えたのうっ、この根暗野郎!!」

「貴様──!」

「遅いわっ」

 四洞がのけ反りながら雑蟲を繰り出そうとした先に、彼の回し蹴りが四洞の顔面を直撃した。

 四洞が横に吹き飛ばされ、地面をごろごろと転がる。

 そして拓真は鼻を鳴らしてその様を確認すると、雑蟲を斬り捨てながら亜子の元へ駆け寄った。

「亜子、無事か」

「……大人しくしてろって言っただろ」

「あの蟲使いに一発お見舞いせんと腹の虫が収まらんわい。そもそも、ここは泣いて喜ぶとこじゃ。せっかく助けに来てやったというのに、小言なんぞ聞きとうもないわ」

 拓真がむすっと顔をしかめる。亜子は「ごめんよ」と苦笑しながら、彼の赤髪をぐしゃっと撫でた。

 ずいぶんと前に抜かされた背丈。なのに、なぜだかいつまでも自分より背が低いように感じていた。まだまだ子供だと、そう思っていた。

 それがたった一日、篠平を留守にしていただけなのに、本当に大きくなった。


「この……狐ごときが!!」


 四洞が足を踏み鳴らしながら立ち上がった。頭を左右に振りながら、鼻血を垂らし、顔を歪めて拓真たちを睨む。そして、残りの虫たちを自分の周囲に集めながら、屈辱で口元を震わせた。

「この四洞の顔を蹴るなど、狐の分際で許さんぞっ」

「そりゃ、こっちのセリフじゃ」

 拓真が唸るように吐き捨てた。彼は、怒りに満ちた目で四洞を睨み返した。

「悪いが、もう終いじゃ。おまえはここから逃げらん」

「私が……もう終わりだと??」

「そうじゃ。妖刀・焔は手に入らず、儂ら狐を敵に回した。おまえの思惑は、何一つ上手くいっとらんわい」

「黙れ!」

 痛いところを拓真に指摘され、四洞は激高した。

 何が終りだと言うのか、何が上手くいっていないものか。月夜の鬼が、狐ごときに負けるはずがない。

「まだ終わっておらんわっ」

 息巻いてわめき散らし、二つ角の鬼がかっと目を見開いた。

 四洞を取り巻く虫たちが一斉に彼らに襲いかかる。

「今から二代目九尾を殺し、妖刀を手に入れ、篠平を滅ぼすまでよ!」


 刹那、

「──誰を殺すって?」

 

 壬と圭がたちが四洞の前に飛び込んできた。


  

 二人が、大型の雑蟲ぞうこ数体を出し抜けに斬り捨てる。壬に斬られた雑蟲は塵と化し、圭に斬られたものは無惨な姿でぼたぼたと地に落ちる。そして、圭が叫んだ。

「壬っ、火! でっかいの!」

「おわっ、そこで俺?!」

 壬がうろたえながらも、大きく息を吸う。そのまま蟲たちの奥に見えるベタッとした黒髪の鬼を見定める。

「ええいっ、全部燃えちまえ!!」

 壬は、自分が意識できる最大級の火炎を蟲とその奥の鬼に向かって吐き出した。

 激しい炎が渦を巻いて雑蟲の群れを一気に飲み込み焼き払う。そしてその炎は、蟲たちを焼き払いながら四洞に到達した。

 四洞が炎に巻かれ慌てふためく。彼は必死で炎を振り払い、あたふたと逃げまどった。

 その隙を今度は拓真が逃さない。

 彼はすばやく四洞の懐に入り、鋭い切っ先をその肩に深く突き立てた。

 四洞が「がっ」と何かを吐き出すような鈍い声を出す。拓真が「兄貴と親父の痛みじゃ!」とさらに力を込める。そして体を捻ると、四洞の腹を蹴り、刺した刀を一気に引き抜いた。

 四洞が後ろに飛ばされひっくり返った。

「やっぱり蹴り一つぐらいじゃ気が済まん!」

 拓真が吐き捨てるように言った。

 四洞がのろのろと起き上がる。もう彼を守る蟲はいない。そんな蟲使いを亜子と拓真、そして圭と壬、狐たちが取り囲んだ。四洞は激しい怒りと痛みで顔を歪めながら、肩を庇い、忌々いまいましげに狐たちを睨み回した。

「狐ごときが、私を殺すか。やれるものならやってみろ。鬼と狐の戦になる。そうなれば篠平は、いや伏見谷も最後よ。それに見ろ、大量の蟲が暴れ死んでいったせいで大地が怒りで震えておる。私を殺したところで、これはどうにも収まらん。いい気味よ」

 壬が怒りでぎりっと歯ぎしりしながら焔のつかに手をかけた。

 喋らせておくだけ気分が悪くなる。

 しかし、拓真がそんな壬を止めると、自身の怒りをごくりと飲み込み、静かな声で言った。

「もう、しまいだと言っとるだろう。おまえをどうにかするのは儂らじゃない」

「おまえら以外に誰がどうすると言うのか──」

 その時、

 突然、空から清らかな歌声が降ってきた。

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