6)篠平、急を告げる

篠平、急を告げる(1)

「伊万里! 伊万里!!」

 壬と拓真は意識を失った伊万里を同時に抱き上げた。腹部から芽吹いた赤黒いつるが、伊万里の腰に絡まっている。そしてそれは、まだまだ成長しそうな様相を呈していた。

「九尾、どうしてここに?!」

 驚きながら尋ねる拓真に、壬は口早に答えた。

「式神を追ってきた! それよりも──、どうなってる拓真?」

「太一郎の仕業じゃ」

「じじい──っ、伊万里に何をした?!」

 壬がぎっと鋭く太一郎を睨んだ。太一郎は声を上げて愉快そうに笑った。

「よう来たな、谷の小せがれ。なに、大したことではない。姫に特製の蠱毒こどくを盛らせてもらったまでのこと」

どく……?」

 壬がおうむ返しすると、太一郎は「そんなことも知らないのか」と鼻を鳴らした。

「毒草、雑蟲ぞうこを混ぜ合わせて作る呪いの毒よ」

「そんなもの、いつどうやって伊万里に飲ませた……」

「さて? 菓子か何かと間違えて口にしたのではないか?」

 口の端を歪め、小馬鹿にするような口調で太一郎が言った。

「姫が飲んだのは蔓睡果まんすいか。魂の奥底に侵入し、その核となすものを絡み取る。姫の体の中にあるという鞘の在処ありかは、おそらくそこ。蔓睡果まんすいかが鞘を無理やりにでも取り出そう」

「魂の中から無理やり鞘を取り出すだと?」

 拓真が目を見開いて太一郎を睨んだ。

「母親だけでなく、娘の伊万里も殺すつもりか」

「良いではないか。ここは母が眠る場所、寂しくあるまい」

 すると壬が「おいっ!」と会話に割って入った。彼は鋭く太一郎を見据えたまま、怒りに満ちた声で拓真に言った。

「……さっきから何を言っている。拓真、最初から分かるように説明しろ」

 拓真がほんの一瞬だけ言いよどんだ。それから彼は、やり場のない怒りをその瞳に滲ませ、躊躇ためらいがちに答えた。

「伊万里の母親は、ここで殺されておる。さっき太一郎がそう言った。儂らは、母親を探す手がかりがあるかもしれないと、たまたまここに来ただけじゃ」

「たまたま──。母親を探すなんて、なんで突然そんな話が出てくる?」

「儂にも訳が分からんのじゃ。伊万里が屋敷で不思議な歌を聞いたとか、信乃が伊万里にそっくりの鬼に会ったとか、とにもかくにも藤の咲く場所に母親を探す手がかりがあるかもしれないと伊万里が言うからここに連れてきた。そしたらこの始末じゃ」

「そんな話、俺には一言も──…」

 にわかに動揺する壬に拓真は責めるような目を向けた。

「儂もここに来る前に無理やり聞いた。篠平に来てから、一人で抱え込んでおった。九尾、伊万里の様子がおかしいとか何もなかったんか」

「……おかしいも何も、」

 いろいろありすぎて、普通じゃないことだらけだった。何で悩んでいるかさえ、もう分からなくなっていた。

 言葉に詰まる壬を横目に、拓真が太一郎に再び目を向ける。そして拓真は腹を探るような表情で彼に言った。

「……出来すぎとるの。儂らがここに来たのも、九尾が呼ばれたのも、太一郎、おまえがここにおるのも。そもそも、どうして鞘のことを知っておる? どうして、魂の奥底に鞘があるなどという仮定をおまえごときが思い付く? 全部、おまえの仕組んだことか? いや、違う。蠱毒こどくなんぞ、篠平に作れる者は一人もおらん。あれもこれも、全て月夜の御意ぎょいというやつか、太一郎?!」

 太一郎がくっくっと笑った。その耳障りな声に壬も拓真も心の中がぞわぞわした。

「呪いの毒とは便利だぞ。目障りな当主を病と称して殺すことも、心優しい跡継ぎを骨抜きにすることも、今こうして誰も手が出せなかった娘の鞘を無理やり取り出すことも、何でもできる」

「病と称してだと──」

 刹那、拓真がかっと目を見開いて体を震わせた。

親父おやじを……殺したんか? 兄貴にも、何か飲ませたんか?!」

「邪魔だったからよ」

「そんな……」

 拓真が信じられないと首を左右に振る。隣で壬が「じじいっ」と唸った。

「おまえは、伊万里の母親を殺し、拓真の親父を殺し、そして今、拓真の兄貴や伊万里にまで手をかけ──…、おかしい、狂っている」

「おかしいのは、この平和ボケした篠平の方だ。どいつもこいつも人間に怯え、なぜ排除しようとしない。力がないなら手に入れればいいだけのこと!」

 突如、太一郎がぎゅっと皺だらけの顔をしかめ、まくし立てた。そして彼は、二本指で伊万里と壬を指差した。

「姫が鞘をおまえに渡さず、おまえはいまだ妖刀・焔を完全にものにしていないと聞く。ということは、さっさとおまえを殺し、姫が持つ鞘さえ手に入れれば、妖刀は手に入るということだ」

 にわかに、壬たちを取り囲む空気がざわざわとうごめき始める。無機質な殺気がちりっと肌を焼く。

(静かだった山が……)

(ざわめき出した)

 壬と拓真はとっさに腰の下緒さげおに手をかけた。二人の手に刀が現れる。拓真が辺りの様子に気を配りつつ壬に囁いた。

「九尾、おまえは伊万里を連れて逃げろ。亜門と合流して、どうにかその蠱毒をなんとかしろ」

「ふざけんな。おまえも一緒に逃げるんだよ。跡目争いの要だろうが」

 すかさず壬が言い返し、立ち上がった。そして彼は、無銘の刀を腰に収め、太一郎とわずかばかりに間を詰める。太一郎が眉をひそめるその前で、彼は「焔、」と妖刀の名を口にした。

 刹那、錆びた一本の刀が壬の目の前に現れた。

「まさか──…」

 初めて見るその異様な有り様に拓真がごくりと息を飲んだ。

 目の前に現れたそれは、刃があちらこちらこぼれ、黒い錆がごつごつと刀身に付き、刀の形をした鉄の棒だ。

 太一郎もその老いて皺だらけの目を大きく見開いた。

「これが、妖刀・焔──」

「何を……? 九尾!」

 拓真の呼びかけには答えず、壬は黙ってそのつかに手をかける。その瞬間、焔の刀身が燃え上がり、ただの鉄の棒が周囲を圧する妖刀へと変化した。 

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