終)谷の狐と鬼の姫

最終話 谷の狐と鬼の姫(1)

 次の日、篠平本家の当主を拓真が正式に引き継いだ。当主継承は、本家と別邸の主な者だけが集まって簡素に行われた。同時に今回の事の顛末てんまつが、集まった者にだけ告げられた。

 ほぼ分かっている者、初めて聞く者、薄々気づいていた者、それぞれがそれぞれの立場で拓真の話を黙って聞いていた。

 篠平の里に混乱を招いた責任だとか、そもそも今回の事件自体が拓真の策略ではないかとか、そういう声が上がるのではと壬は心配していた。しかし、伏見谷だけではなく、月夜の里の伯子はくしまで後ろ楯につけた拓真に異議を唱えるものは誰もいなかった。


 当主継承の評定が特に混乱もなく無事終わり、それから壬は拓真や圭と深入ふかいりへ行った。拓真の兄、祥真の遺体を確認するためだ。

「しかしまあ、派手にやらかしたもんじゃ」

 深入の山の入り口、我を失った壬が大暴れした場所で、その大きくえぐられた大地を見ながら呆れ口調で拓真が言った。隣で圭も「本当に」と苦笑いをしている。しかし、少し離れたところで壬だけは一人顔を強ばらせて大きな地割れをじっと見つめていた。

 拓真と圭が困ったなと顔を見合わせる。

 結果的には壬ので人的な被害は出ていない。東地区の避難が済んでいたこと、とっさに猿師が結界を結んでくれたことが被害を最小にした。とは言え、倒壊した家屋もいくつかあり、全くの無傷とは言いがたい。

「なあ篠平、……この補償どうするの?」

 落ち込む壬を気にしながらも現実的な話を圭がする。拓真が同じく壬を気にしながら肩を小さくすくめた。

「当然、儂らでなんとかしてやらんといかんだろ」

うちは──」

 そう言いかけた圭を拓真は片手を上げて止めた。

「いざこざに巻き込んだんは儂らじゃ。おまえらも被害者じゃ」

 それを言うなら「篠平だって」という言葉は、ひとまず飲み込んでおく。これは帰ってから父親に相談しないといけない事案だ。圭は、これ以上の話は止めた。


 山の入り口で地割れを確認した後、今度は崖底へ向かった。どんな状態になっているかと覚悟をしていたが、壬と祥真を置いてきた崖底は、辺り一面が焼け払われて草一本生えていない状態だった。壬が目覚めたときに焼き払ったのだろうと推測された。

「燃やす手間も省けたし、あの状態の兄貴を誰にもさらさずにすんだ」

 その場で手を合わせ拓真は笑ってくれたが、壬はやはり笑えなかった。本当なら、ちゃんと弔いたかったはすだ。

 我ながら取り返しのつかないことをしたと思う。償えるなら何でもすると言いたいところだが、しでかしたことが大き過ぎて、自分一人でなんとかできる問題じゃないことも分かる。となると、後はひたすら落ち込むしかない。

「ええ加減に吹っ切れんか。儂がもうええと言っておるだろうが。誰も死んでおらん。家なんぞ、新築になるんだから、みんな泣いて喜ぶわい」

 帰り道、いつまでも落ち込む壬に拓真はイライラした様子で言った。しかし壬がぼそぼそと言い返した。

「……でも、思い出の詰まった家だったかも……」

「ああ、もうっ、ウジウジするな! こっちも気が滅入ってくるわっ」

 何を言ってもしょんぼりする壬に、拓真がワシャワシャと両手で頭を掻く。

 伝説の妖刀を引き継いだ男は、大地を削るほどの力を持っているくせに、自分の非力さを十分自覚しているミニマム男。若干、イライラしないでもないが、力に酔いしれて自分は強いと豪語する奴よりは好感が持てる。

「案外、小さくまとまっとる奴じゃのう」

 思わずぽろっと本音を口に出すと、壬がきっと拓真を睨んだ。

「小さいって言うな。俺はおまえと違って、こんな現実を笑って受け止められるほど非常識じゃないんだよ」

「あのな、」

 その非常識な現実の原因はおまえだろうと言いかけて、拓真は言うのを止めた。これ以上落ち込まれたら、鬱陶うっとうしくてたまらない。

 やれやれと肩をすくめて圭を見る。双子の兄は「ま、こういう奴だから」と、意外に塩対応。必要以上に慰めるつもりもないらしい。それどころか、ついさっきまで落ち込む壬のことなどそっちのけで、大切な巫女のために川辺で水のたまり石を探していたくらいだ。

「おい伏宮、おまえはおまえで、スマートぶっとるが頭が巫女で出来とるの。だいたい、あの巫女に結んでおる結界をほどかんか。今日は儂までさわれなくなっとるのはなんでじゃ?」

 拓真が言うと、圭が悪びれる様子もなく答えた。

「だっておまえ、千尋に馴れ馴れしいから」

「や、もうそれ、過保護を通り越してストーカーじみとるぞ」

「だから?」

 圭が平然とした顔を返す。拓真は呆れて言葉が出てこない。

 するとそこへ、ツバメが舞い降りた。亜子の式神だ。

「なんかあったか?」

 ふいに緊張する拓真だったが、その内容は「帰りに醤油を買ってこい」だった。

「くだらん伝言をよこしおって!」

 拓真が亜子の式神を追い払う。このまま無視して帰ろうかと思ったが、そんなことをしたら後が怖い。

「くそっ、醤油を買いに行くぞ!!」

 拓真は足音も荒々しく歩き始めた。そんな拓真の後ろ姿を見ながら、圭がこそっと壬に耳打ちする。

「……篠平ってハイスペックなのに、どうしても残念な感じが拭えないね。姫ちゃん好みだな」

「な、なんの話だ?」

 壬が「姫ちゃん好み」という言葉に反応する。圭が、やはり悪びれる様子もなく、しれっと答えた。

「思ったんだけど、姫ちゃんって残念な男が好きなんだと思う」

 残念な男──。じゃあ俺は? いや、そもそも拓真は伊万里好みって、どういうこと??

 思わず慌てだす壬に圭が呆れ顔で笑った。

「だから、そういうところ」

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