お化け屋敷は大騒ぎ(3)

 伊万里がまつ毛女にアイアンクローをかますちょっと前、お化け屋敷の中では、木戸がモモの手をぎゅっと握りしめ、先を急いでいた。

「木戸くんっ、なんか光った! 飛んでる!!」

「きっとライトだよ」

 体を震わせしがみついてくるモモに木戸は落ち着いた声で答えた。

 が、

 どう見たってライトが飛んでいるようには見えない。あれは、火の玉だ。

(どうなっているんだろう?)

 想像していた以上に普通じゃない。今、手に持っている御守りもすごく嫌な感じがする。

 何より受付の月野伊万里の角は、あまりにも生々しすぎた。

 実のところ、初めて会った日から何か不思議な感じはした。でもそれは、妙に丁寧な物言いや、一般の生徒とは違うお姫さま的なキャラのせいかと思っていた。

 しかし今日、鬼の姿の伊万里を見て、

(この人、そもそも人間なのか??)

 というありえない疑問が沸き起こった。

 そして、このお化け屋敷。慣れ親しんだ剣道場のはずなのに、なにか造りがおかしい。どこまで行っても、奥へ奥へと続いている。

「ねえ、木戸くん。巫女役のたちばな先輩ってまだかな? ここ、剣道場だよね?」

「の、はずだけど……」

 さすがの木戸も少し不安になった。そもそもだ、

「どうして、怖がりのくせにお化け屋敷に入りたいなんて言ったの?」

 彼はモモに尋ねた。モモが「えっ」と口ごもる。

「そ、それは、……恋……」

「こい?」

「そうっ、こ、って! 月野先輩が遊びにって言ったから来たの!」

「はあ…」

 木戸はやれやれとため息をついた。このまま進み続けるのと戻るのと、どっちが得策だろうか。

 だいたいお化け役の人間にも会わないし、誰の声も聞こえない。まるで、自分たちしかいないようだ。

「……やっぱり戻ろう」

 木戸は言った。どう考えても、進むという選択はあり得ない。

 しかしモモが反対した。

「そんな、ダメよ。御守りをお祓いしてもらわないと──」

「絶対におかしいよ、このお化け屋敷。それとも、大橋は一人になっても行くつもり?」

「そんな怖いこと──、無理!」

「だったら戻ろう?」

 木戸が強い口調でモモを諭す。モモがひどく困った顔でしぶしぶ頷いた。

 木戸はそんな彼女の顔を覗き込んだ。

「…そんなに、この御守りが欲しかったの?」

「だって、みんな効果があったって言ってたもん」

「効果って…なんの?」

「──もういいの!」

 モモがプイッと顔をそらして歩き出す。木戸はため息をついて彼女のあとを追いかけた。

 そして二人は来た道を戻り始めた。が、今度は歩いても歩いても入り口が見えてこない。しばらく歩いて、木戸は垣根と井戸があるところで立ち止まった。

「ここ、さっきも通った」

「え?」

「俺たち、同じところをぐるぐる回っているんじゃないかな」

 モモが泣きそうな顔をする。

「ま、迷ったってこと?」

「迷っている程度ならいいんだけれど……」

 木戸は緊張した顔で呟いた。刹那、二人の足元がぐにゃりと歪んだ。

「きゃああっ!」

「大橋!!」

 床に大きな穴が開き、二人は穴に吸い込まれた。



 その頃、総次郎と圭はさらに奥の場所で大きな繭と対峙していた。ダンボールで作った鳥居に繭がこんもりと付いている。繭の中には小さい粒がいくつも見え、それがざわざわとうごめいていた。

「こんなもの、いつの間にできたんだ? ずっと気づかなかった」

 驚く圭に総次郎が言った。

「異空間に作っていたんだろう。で、こっちとあっちを繋げたから突然現れた。やれやれ、お化け屋敷の空間全体がゆがみ始めたな。まあ、こんだけ穢玉けだまをばら撒いてりゃ、いいえさ場だわ」

「穢玉をばら撒くっていうのは、もともとジロ兄の提案だろ。よく言うよ」

「なんだ、大成功だろ?」

雑蟲ぞうこもいっぱい集まってくるし、どこが大成功だよ……」

 そこまで言って圭はふと言葉を止めた。そして彼は総次郎に尋ねた。

「雑蟲も土蜘蛛も穢玉に集まってくる。でも、千尋も襲うよね。不浄と清浄、全く正反対なのに」

 総次郎が片眉をついっと上げて圭を見返した。

「人の不幸は蜜の味、真っ白いものは汚して自分のものにしたくなる──。一見、正反対のものだが、どちらも欲を掻き立てる。千尋は、あれだな。おまえにちょっとけがされているくらいがちょうどいい」

 圭があからさまに不快な顔をする。

「そういう言い方、やめてくれる?」

「かかか、若いねえ」

「だから──!」

 しかしその時、総次郎が片手を上げて圭の言葉を止めた。総次郎の顔が少し曇る。

「気のせいか? 声がした」

「壬かな? 姫ちゃんも一緒かも」

「可能性は高いかな。ただ伊万里はいないだろう」

「なんで、そんなことが分かるのさ」

 圭が尋ねると、総次郎がにやりと笑った。

「千尋に外で待つよう伝えろと言ってきたのもあるが──、ここに入りぎわ、伊万里にちょっかいをかけてきた」

「ちょっかい?」

「そ、壬が怒りそうなやつ。だからきっと二人は喧嘩になっているはず」

「また、そんなことをして──…」

 圭が総次郎を睨んだ。

「何が目的なわけ?」

「あん? だってあの二人、イジリがいがあるだろ」

「嘘つけ」

 圭が言った。

「もしかして、とっくに親蜘蛛も目星が付いていたんじゃないの?……そもそも、穢玉をばら撒けっていう提案もわざと?」

「いやに勘繰かんぐるな」

「ジロ兄が何を考えているか分からないからだよ」

「土蜘蛛っていう、そこそこ厄介な化け物の相手をさせたかっただけだ」

「だったら、さっさとやっちまおう。俺がやる。そしたら全部おしまいだ」

「いや、今のおまえじゃ親蜘蛛クラスは無理だ」

 あっさり総次郎が切り返す。頭ごなしに否定され、圭がむっと顔をしかめた。総次郎が苦笑した。

「勘違いするなよ。おまえがダメだって言っているんじゃねえよ。おまえにしても、壬にしても、無銘の刀をやっと使い始めたヒヨッコには無理だと言ってんだ」

「だったら、なんでこんな回りくどいこと──」

「確かに無理だ。が、壬にはもう一つ刀がある──だろ?」

「それって、」

 圭がすっと真顔になる。そして彼は、非難めいた目で総次郎を見た。

「ジロ兄、まさかほむらを壬に使わせるつもりなの?」

 総次郎が冷静な顔を圭に返した。

「あれはもう壬にしか使えない。だったら使わないなんて選択肢はねえ」

「そんなの、姫ちゃんが許さない」

「だから、伊万里にちょっかいをかけてきたと言っただろう? 今頃は壬に怒られて落ち込んでいるだろうよ。今回、伊万里は蚊帳かやの外にいてもらう」

「最初からそのつもりで──!」

「俺は最初に言ったはずだぜ。おまえらに仕込んでいくと」

 折しも、繭の中がざわざわとうごめいた。総次郎がそれを一瞥した。

「話はここまでだ、圭。土蜘蛛はこういう繭をいくつか作る。生まれると厄介だ。燃やせ」

「でもこんなところで火を使うなんて──」

「大丈夫だ。この騒ぎを剣道場の外に出すつもりはねえ」

「…分かった」

 まだ納得のいかない顔で圭は頷くと、片手を上げた。紅い炎が渦を巻いて燃え上がる。そして彼は、繭に向かって炎の玉を投げつけた。繭がめらめらと炎に包まれた。

「声のした方へ行くぞ。壬と合流する」

 燃え上がる繭を見ながら総次郎が言った。

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