お化け屋敷は大騒ぎ(4)
一方、壬はお化け屋敷の中で迷っていた。伊万里に促され、急いで中に入ったまではいいが、完全に造りがおかしい。あったはずのものがなく、なかったはずのものがある。いくらか進んで、壬は垣根と井戸があるところまで来た。
「ここはどこだ?」
井戸はもっと手前に配置していたし、垣根はもう少し奥だったような気がする。そもそも一緒に置いていない。この先もどこに続いているか分からない。
(まるで迷い道だな)
壬は思った。その時、足元から微かに声が聞こえた。
「なんだ?」
壬は
彼はさらに
オオハシ、シッカリシロ! ダレカ!! ツキノセンパイ!!
床の向こう、壬は確かに声を聞いた。しかも、伊万里の助けを呼んでいる。
伊万里を「月野先輩」と呼び、「オオハシ」という名前──。
「……オオハシ──、大橋モモ??」
一緒にいるのは木戸か?
壬は床をドンッと叩いた。
「おいっ、今助けるから!」
壬は腰の紅い
刹那、床がぐにゃりと歪んだ。
「マジかよ、なんだこの床?!」
壬はずぶずぶと刃を床に押し込んだ。
(どうする? ここに穴を開けられるか?)
彼は大きく息を吸った。同調と反立──、あれから総次郎にも教えられ、幾度となく練習をした。
(己の気を刀身にのせて一気に放つ!)
次の瞬間、刀身が炎に包まれた。
「よしっ!」
壬は柄を持つ手に力を込めた。床がぶすぶすと燃え、刀身が突き抜ける感じがした。床に、顔を突っ込めるほどの穴が開いた。
「おいっ、無事か? 返事しろ!」
壬は穴に向かって呼びかけた。
「壬先輩!!」
すぐさま声が返ってきた。木戸の声だ。
「ちょっと下がってろ」
言って壬は穴の開いた床に向かって刀を振り下ろした。さらに床が崩れ落ち、今度は体が出入りできるほどの大きさになった。壬は片手に狐火を灯し、穴を覗き込んだ。中は大きな空洞になっていて、こちらを仰ぎ見る木戸の姿が見えた。彼は片膝をつき、両手でモモを抱えていた。
「壬先輩!」
「木戸と大橋だな。大橋は無事か? なんでこんなところにいるんだ?」
「床に突然穴が開いて落ちたんです。大橋は意識を失っているだけです」
「少し待っていろ。今、そっちに行く」
壬は穴に向かって飛び降りた。
壬は洞穴に着地すると、まず狐火を四方の隅に灯した。刀を持ち、何もない空間に炎を灯す壬に、木戸が驚いた顔を見せたが、壬はとりあえず素知らぬ顔をした。
狐火に照らされて、穴の中の様子がようやく確認できた。六畳間ほどの洞穴の壁には、大きな
「不気味だな。これ、もしかして土蜘蛛の卵じゃねえの」
「あの、壬先輩はいったい……」
壬はすぐさま片手を振って木戸の言葉を
「いろいろ突っ込みたいのは分かるけど後にしてくれ。今はおまえたちを助けるのが先だ」
しかし一方で、ほとんど動揺を見せない木戸に対して壬は感心した。もっと慌てたり怯えてもいいはずだ。
「おまえ、やっぱり肝がすわってるな。こういう事態になっても、さして取り乱さないのな。そういう反応されたの初めてだわ」
「十分びっくりしていますよ」
木戸が苦笑しながら答えた。
「手が震えてます。でも、大橋がこんな状態なのに俺までパニックになるわけにはいかないじゃないですか。それに──」
「?」
「少なくとも、壬先輩が俺たちの味方だってことは分かりましたので」
「そこがすごいって言ってんの」
壬が笑って木戸の前にひざまずいた。そして彼は、モモの様子をうかがった。
「どこか打ったかもしれないし、早くここから出よう。さすがに二人一緒には無理だから、木戸はちょっと待ってて。大橋をもらうぞ」
言って壬は、木戸からモモを預かった。そして彼は彼女を肩に乗せてしゃがむと、力強く地面を蹴って一気に飛び上がった。壬とモモが穴から飛び出した。
壬が「ふう」と息をつく。そして彼は大橋を傍らに寝かせると穴を覗いて木戸に声をかけた。
「手を伸ばすから、思いっきりジャンプして俺の腕に掴まれ」
「分かりました」
壬が床に這いつくばって穴に手を伸ばす。木戸が、そんな壬の腕に向かって軽く助走をつけて大きくジャンプした。
刹那、壬の腕に木戸の腕が絡みつき、壬の肩にドンッと負荷がかかった。
「よしっ。引き上げるぞ!」
「はいっ」
壬がずるずると木戸の体を引っ張り上げた。小柄な木戸だが、やはり女のモモとは違う。ずっしりと重い。ややして、木戸が穴から這い出てきた。
「おまえやっぱ男だな。重たい」
「はっ、ははっ」
壬が言うと、木戸が息を弾ませながら笑った。そして彼は辺りを見回しながら言った。
「とりあえず、ここから出ることは可能ですか? できれば大橋が目覚める前に」
「だな」
壬が膝を払いながら立ち上がった。そして壬がモモを抱き上げようと手を伸ばしたとき、
「大丈夫です。俺が背負います」
木戸がすぐさまモモに手をかけた。彼女を守るのは自分だと、そう言っているようだった。
「大橋のこと大事にしてるんだな」
壬は笑った。
「以前、男らしくなりたいとか言っていたけど、大橋のため? 別に腕っぷしの強さを求めなくても、おまえは十分しっかりしていると思うけど」
「俺、けっこう欲張りなんですよ」
木戸が「よいっしょ」とモモを持ち上げる。
「大橋の家って、ちょっといろいろあって、一緒にいてやりたいって思っているんですけど、やっぱり一緒にいるからには、それなりに格好もつけたいし、守りたいし、頼られたいし、」
「あー」
とても分かる。
「乱暴な人間が、自分より勝っているとは思いませんけど、力による強さって手っ取り早く強くなった気になれるじゃないですか」
「うん」
それも分かる。
さっきから、まるで自分のことを言われているようで耳が痛い。
そして木戸は、壬に助けてもらいながら、どうにかこうにかモモを背中に乗せると、息を切らしながら小さく笑った。
「剣道やり始めて、男らしさが手に入ったかどうかは分からないけど、思いつくことは何でもしたくて。要は自分がどうしたいかってだけの話なので、覚悟っていうと大げさですけど、」
「覚悟?」
「はい。何があっても彼女のそばにいるっていう覚悟。俺は大橋のそばにいたいんです」
なんてシンプルで分かりやすい。彼の言葉が壬の中にストンと落ちた。
でも、だからこそ言い切ることは意外に難しい。なぜなら、実際はいろいろと考えてしまうから。
自分にできるだろうか、誰かに否定されるんじゃないか──。考え出すときりがなく、言葉が喉につかえてしまう。
それをサクッと言ってのける木戸の強さがとても
「木戸、おまえすごいな」
壬が言うと、木戸は戸惑い気味に「ええ?」と笑った。そして、体をゆすってモモを背負いなおして言った。
「先輩、すみません。行きましょう」
その時、
ふいに二人の周りを白い光の玉がかすめ飛んだ。そして、その光が壬の肩に止まった。
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