お化け屋敷は大騒ぎ(5)
「壬先輩、それ……」
伊万里の式神だ。
「壬、木戸さん!」
少し離れたところに鬼の姿の伊万里が慌てた様子で立っていた。
「伊万里、おまえ来たのか?」
「はい」
伊万里が二人に走り寄る。
「木戸さんとモモさんが出てきていなかったので。お怪我はありませんか?」
彼女は、木戸に背負われているモモを心配そうに見た。
「大丈夫です。気を失っているだけです」
伊万里がほっと息をついた。
「木戸さん、妙なことに巻き込んでしまいました。でも、意外に落ち着いているというか──。ええと、壬、彼にどこまで説明を?」
伊万里が戸惑いがちに壬を見た。壬が伊万里の頭の角を見ながら肩をすくめた。
「何もしてないけど、まあ、おまえも含めて見たまんまだろ」
隣で木戸が苦笑した。
「とにかく出てから、その角も含めて話を聞きます」
伊万里がばつの悪そうに角を片手でおさえた。それから彼女は、すぐそばの大きな穴を見つけ、「ん?」と顔をしかめた。
「この穴は……?」
「見てみろ、あれ土蜘蛛の卵じゃないか?」
伊万里が穴に近寄り中を覗き込んだ。途端に彼女の表情が険しくなる。刹那、伊万里は片手を大きく上げた。
「お、おいっ、」
壬が止める間もなく、彼女の手に大きな青白い炎が膨れ上がった。そして、伊万里はそのまま炎を穴の中に投げ入れた。次の瞬間、穴の中から炎と黒煙がめらめらと立ちのぼった。
「伊万里っ、武道館を燃やす気か?!」
「空間自体が歪み始めてます。もう、ここは剣道場とは言えません。壬、刀を貸していただけますか?」
「え? ああ──、」
言われるままに壬は刀を伊万里に渡した。伊万里が刃を立てた状態で持ち、もう片方の手の指で刀身をすっとなぞった。刀身が淡い光に包まれた。
「この空間を断ち切ります!」
伊万里が片膝をついて、鋭く刀を振り下ろした。切っ先がきれいな弧を描いて
「すごい──」
その様子を木戸が息をのみながら見つめた。壬も、刀でこんなものも斬れるのかと驚いた。
切り離された空間はズッズッと闇に飲み込まれていく。ややして、辺りは井戸と垣根があるだけの普通の暗闇になった。
伊万里が「ふうっ」と息をついた。
「さあ、木戸さん。急ぎましょう」
すると、今度は白い光の玉が三つ伊万里の周りに集まってきた。さっき、壬の肩に止まったのと同じものだ。
「伊万里、それって式神?」
「はい。てんとう虫です」
「てんとう虫? これが??」
伊万里が得意そうに頷き返した。
「はい。光って相手を驚かしながら、監視もしてくれるという優れものです」
「それもう、てんとう虫じゃねえだろ……」
自分が作ったてんとう虫とは大違いだ。
壬は伊万里に突っ込みながら、自分の力不足を痛感した。
さっき、床に穴を開けて木戸を助けたときは、自分も少しは成長したと思っていた。しかし、空間を断ち切ったり、ハイパー高機能な式神を操ったりする伊万里の姿を見せつけられると、自分との力の差をあらためて感じてしまう。
一方、伊万里はお化け屋敷のあまりの変わりように内心驚いていた。式神で異変は感じていたが、ここまでとは思っていなかった。ついさっきまで、何事もなく大勢の生徒たちで賑わっていたのだから。
しかし、今のこれは、異空間に迷い込んでいる状態に近い。
総次郎もいるからと安心して壬を送り出したが、こんな状態だと分かっていれば一人で行かせたりはしなかった。
(この感じ、あの場所と似ている──)
伊万里は
突然、伊万里の脳裏にあの時の記憶が鮮明に
伊万里は刀の柄をぐっと握りしめた。そして彼女は、壬に言った。
「壬、木戸さんたちを出口まで送り届けてください。式神たちに案内をさせます」
「え……、おまえは?」
「私はここに残ります。このまま親蜘蛛を見つけ次第、始末します。先ほど空間を切り離しましたが、あんなの気休め程度です。もうここは親蜘蛛の巣の中、おそらく卵を燃やしたことで怒り狂うはず」
「だったら俺が──」
「まだ壬には親蜘蛛は無理です」
壬が言い終わる前に、伊万里がすかさず言い返した。壬がカッと顔を赤くし、伊万里を睨む。そんな怒りを
「親蜘蛛は、今までのようにはいきません。大川さんに
自分の言葉が、壬のプライドを踏みにじり傷つけていることは十分に分かっていた。ひどい言葉を発する口元が震えているのが自分でも分かる。
しかし、それでも壬を戦わせたくはなかった。
「壬、
壬がぎゅっと唇を噛みしめる。しばらく彼は、怒りと悔しさを
「……分かった」
吐き捨てるように壬が呟いた。
すると、二人のやり取りを黙って見ていた木戸が遠慮がちに口を開いた。
「あの、月野先輩、その言い方はあまりにひどくないですか?」
伊万里が木戸に鋭い目を向ける。黙ったままだったが、彼女の目は口出しするなと言っていた。壬が木戸を止めた。
「いいよ、木戸。俺が役に立たないっていうのは本当のことだから。大橋を背負ったままじゃ辛いだろ、早く行こう」
しかし、木戸は首を横に振った。
「そんな話をしているんじゃない。自分の不安をあんなふうに壬先輩にぶつけるのは、ひどいと言っているんです」
そして彼は、諭すような目を伊万里に向けた。
「今、自分の置かれた状況が無理なのか無謀なのか、それを決めるのは壬先輩自身だ。月野先輩が決めることじゃない」
伊万里が気まずそうにうつ向いた。しかし、
「あなたは知らないから──」
ややして、彼女が声を絞り出した。
「大切な人が突然いなくなるってことがどういうことか、知らないからそんなことが言える。何の前触れもなく、目の前の人が動かなくなることがどういうことか──、あなたは知らないでしょう?!」
最後は責め立てるように彼女が言った。その目にうっすらと涙が浮かんだ。そして彼女は、壬を見た。
「……お願い、どうか
「伊万里……」
「怖いの。あの時と同じ思いは二度としたくない」
その時、
「バカ野郎! 油断すんじゃねえっ!!」
突如、総次郎の声が響いた。刹那、暗闇から鋭く細長い足がひゅんっと伸びてきた。そしてそれは、壬の脇を通りすぎ、かたわらに立つ伊万里の体を貫いた。
伊万里が大きく一つ瞬きした。
「伊万里!!」
伊万里がぐらりと体勢を崩す。そこへ、さらに数本の足が伸びてきて、彼女の体を捕らえた。彼女の手から刀がからんっと滑り落ちた。
「うっ、わあああ!!」
伊万里の体が暗闇に引き込まれていくのと、壬が彼女に飛びつくのとが同時だった。壬はとっさに伊万里の腕を掴んだ。
闇が大きく口を開ける。そしてそれは、二人をぱくんっと飲み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます