6)お化け屋敷は大騒ぎ

お化け屋敷は大騒ぎ(1)

 壬がお化け屋敷の受付に戻ると、なぜか剣道場の前は客と化け物に仮装しているクラスの人間とでごった返しになっていた。

 壬がその状況に戸惑っていると、巫女姿の千尋が駆け寄ってきた。

「どこ行っていたの? イマは?」

「これ、どうしたんだ?」

 千尋の質問には答えずに壬は聞いた。千尋がすかさず小声で答えた。

「お化け屋敷は中止よ。中にいた人間は全員外に避難させたから、あとはジロ兄と圭ちゃんしか残ってない」

「避難って──?」

 壬が驚いて聞き返す。千尋が周囲を気にしながら頷いた。

「……親蜘蛛がいる。壬ちゃんも早く、ジロ兄が呼んでる」

「なんだって…?」

 その時、


「壬くん──」


 壬を呼ぶ声がした。二人が振り返ると、そこに杏奈が立っていた。

「大川、おまえ……」

 髪もぼさぼさ、目の下にはくま。普段からメイクをして髪型もばっちりきめている彼女からは想像できない姿だった。

「どうしたんだ?」

「壬ちゃん、ちょっと様子が変だよ──」

 杏奈に歩み寄ろうとした壬を千尋が制止する。しかし、杏奈がそんな千尋をドンっと押した。

「千尋!」

「邪魔なのよ! どいつもこいつもっ!!」

 言って杏奈は壬の両腕にすがりついた。

「お願い。今日だけ、ううん、今だけでいい。壬くん、付き合って」

「は?」

「私の彼氏になってって言ってるの。家に来てくれたでしょ? 私、二階の窓からずっと見てた」

「ちょっ、おまえ何を言って──。おまえも見ていたんなら伊万里も一緒にいたの分かっただろ。伊万里がミサンガを届けたいって言ったから……」

「伊万里、伊万里──! うるさい!!」

 次の瞬間、杏奈から大量の穢玉けだまが湧き出した。

「うわっ」

 思わず声を上げ、壬が後ずさる。千尋が目を見張った。

 杏奈の体から延びる一本の黒い糸──。

「これは──!」

 その先は、まっすぐお化け屋敷に繋がっていた。

「壬ちゃん、やっぱり黒い糸が……! お化け屋敷に繋がっている!!」

「糸? どこに?!」

「うわああーっ!」

 杏奈が大声で泣き崩れる。その時、派手な他校生の女子グループが現れた。

「やっぱりね~」

 一人が言った。

「あんたなんかに、こんなイケメン彼氏がいるなんておかしいと思ったのよ」

「土下座してんの? ダッサッ」

 女子グループがけらけら笑った。

「誰だおまえら?」

 壬が彼女たちをいぶかしげに見た。リーダー格っぽい派手なまつ毛の女子高生がびるような笑顔を壬に返した。

「写真で見るより全然いいじゃん」

「あ?」

「知らないだろうけど、この女、あんたのこと自分の彼氏だって嘘をついていたんだよ」

 放心状態でうなだれる杏奈から再び穢玉がぶわっとあふれれだした。

(これ、さすがにまずいだろ)

 目の前のまつ毛女のくだらない話なんかどうでもいい。

 杏奈から湧き出てくる大量の穢玉、そして千尋の言う「黒い糸」。

 とにかく穢玉だけでもどうにかしないと。

 壬は千尋に目配せした。千尋が小さく頷き返した。

「杏奈、大丈夫だから」

 千尋はひざまずくと、杏奈の背中をさっと払った。体にまとわり付いている穢玉がぱぱぱっと消える。しかし突然、杏奈が千尋の腕をがしっと掴んだ。

「シロイ、キレイ──」

「え?」

 杏奈の声ではない。

 次の瞬間、黒い糸が千尋の腕に一気に絡み付いた。壬の目に、その黒く細い糸がはっきりと映った。

「見えた! 糸!!!」

 壬が声を上げたのと、黒い糸が千尋をぐんっと引っ張ったのが同時だった。

(ダメだ! 持っていかれる!)

 糸を切らないと──!

 壬が腰に結び付けた紅い下緒さげおに手を回した時、その糸を誰かが踏みつけた。

「……これは、何ごとです?」

 伊万里だった。深紫こきむらさきの瞳と頭には角。千尋が驚いた顔で鬼の姿の伊万里を見る。

「イマ、その姿──」

「鬼のコスプレです──、という設定です」

 踏みつけられた糸がぐねぐねと動きだす。伊万里はそれを足裏で燃やしながら周囲を見回した。

「お化け屋敷に放した式神の様子がおかしいので来てみたら……。これは蜘蛛の糸──」

「イマ、親蜘蛛がお化け屋敷の中にいる。今、ジロ兄と圭ちゃんが中に……」

「なるほど、そういうことですか」

 伊万里は、足元の糸をさらに踏みにじった。青白い炎が糸の上を導火線のように燃え走った。彼女は口早に壬に言った。

「ここは、おまかせを。壬は親蜘蛛のところへ」

「でも伊万里、この騒ぎ……」

「問題ありません。急いで」

 伊万里の目頭が赤く腫れていた。泣いたあとだということは壬にもすぐに分かった。

 壬の胸がズキンと痛んだ。

(俺のせいだ。俺が泣かした)

 こんな時に自分は何をしていたんだろう。

 しかし、今それを謝る暇はない。壬はキュッと口を結ぶと、伊万里に背を向けお化け屋敷の中に走っていった。


 伊万里はそれを見送ると、あらためてみんなに向き直った。

 折しも、そこに居合わせた人間が不安げにざわつき始める。

「ねえ、あれが杏奈? マジで壬くんを彼氏だなんて言ってたの?」

「橘たちは何を騒いでいたんだ?? 糸って何のことだ?」

「今、青白い炎が走ったの、あれは?」

「っていうか、今、月野さんどうやって現れたの?」

 伊万里がふうっと大きく息をついた。そして、彼女は何事もなかった顔で、大きく手を叩いた。

「申し訳ありません。お化け屋敷は中で不都合が起きたため中止です。皆さん、少し静かにしてくだい」

 すると、派手な女子高生グループがずいっと前に出た。

「突然現れて、偉そうに仕切ってんなよ。私ら今、この嘘つきをシメてんだからさあ」

「嘘つき……?」

「この女、さっきの壬ってのを彼氏だってホラ吹いてたのよ」

 杏奈を冷ややかな目で見ながら、リーダー格の派手なまつ毛女がふんっと鼻を鳴らす。

 千尋が伊万里に耳打ちした。

「この子たち、たぶん杏奈の遊び仲間…」

 伊万里は彼女たちに向き直った。

「……大川さんは、あなた方の友達ではないのですか?」

 すると、キャハハという耳障りな笑いが彼女たちから上がった。

「誰が、こんなダサいの。金魚のフンみたいに勝手に付いてきてただけ」

「そうそう。分かったら、まじめちゃんは引っ込んでろよ。この鬼女おにおんな!!」

 刹那、

「──うるさいですね」

 伊万里がまつ毛女の顔面を片手で鷲掴わしづかみした。

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