7)兄狐のおきみやげ

兄狐のおきみやげ(1)

 お化け屋敷から出ると、千尋と阿丸が待っていた。

「みんな!!」

 血相を変えた千尋が圭に抱きかかえられた伊万里に走り寄る。

「イマッ、イマッ! どういうこと?!」

「ちょっと親蜘蛛にやられて。大丈夫……ってわけじゃないけど、大丈夫」

「壬ちゃんも! ふらふらじゃない!!」

「ああ、俺も大丈夫。阿丸、」

 壬が阿丸を呼ぶと、阿丸がのっそりと壬のそばにやってきた。すると、阿丸の姿を見て、木戸が「わっ」と後ずさりした。壬が笑った。

「狛犬だ。大丈夫、大人しいから。阿丸、ごめん。背中にのせて」

 阿丸が姿勢を低くする。壬は阿丸の背中に倒れ込んだ。

 木戸が目を丸くした。

「こっ、狛犬? 本物は初めて見ました」

「当たり前だ、人間。初めてじゃなかったら、こっちがびっくりするわ」

 総次郎が突っ込みながらモモを床におろす。そして彼は同じく床に寝かされている大川杏奈に目を向けた。

「こいつか、蜘蛛くもきは」

「そう。とりあえず、湧き出てきた穢玉は私が祓った」

「しばらくは休養が必要だろうな。で、あとの人間は?」

「イマが全員まとめて記憶を消して解散させたくれたよ」

「そりゃ、優秀で助かるねえ」

 すると木戸が「え?」と声を上げた。

「俺も記憶を消されるんですか??」

 総次郎が「かかか」と笑う。

「おまえ、なんか気に入ったからいい。それに、ここまで関わった奴の記憶を消すのは面倒なんだよ」

「なら、良かったあ」

 木戸がほっと息をついた。総次郎が言った。

「その代わり、最後まで付き合え。圭と一緒に後始末をしろ」

「俺がですか?」

「そうだ。圭、伊万里も阿丸に乗せろ。とりあえず、壬と伊万里は本家に連れて帰る。あとは、こいつと一緒に人間らしくこの状況を誤魔化ごまかせ。分かったか?」

「分かった。けど──」

 圭が伊万里を阿丸の背中におろしながらため息をついた。

「お化け屋敷の中、焦げた跡が残ってそうだし、床や壁にひっかき傷もあるし、どう誤魔化ごまかすかなあ」

 すると、木戸が落ち着いた口調で言った。

「とりあえず、電気系統から火が出たということにしておきませんか? 床の傷は──準備の最中に何かを引きずってできたってことで。俺たちも分からないと首を捻れば……」

「それで大丈夫かな?」

「たぶん。みんな、化け物なんて信じていませんから、常識で理解できる範囲内でぐいぐい押せばなんとかなると思います」

「……心なしか、姫ちゃんと似てるね、君」

「かかかっ。おまえ、名前は?」

「木戸と言います。木戸孝です」

 木戸が答えた。そして彼は、遠慮がちに総次郎に言った。

「あの、今さらなんですが」

「なんだ?」

「それで、みなさんは何者なんですか? 説明を全く受けずにここまで来たので……」

 阿丸に乗っている壬、そして圭、千尋、総次郎が互いに顔を見合わせた。そして彼らは一斉に吹き出した。


 総次郎と圭は、木戸に自分たちのことを手短に説明した。

 自分たちが人間ではなく妖狐であること、伊万里は見たとおりの鬼で事情があって伏宮の家に来たこと、千尋は自分たちの正体を知っている数少ない人間の一人であることなどなど──。

 木戸は落ち着いた様子でじっと聞いていたが、ひととおり聞き終わると口を開いた。

「月野先輩が鬼だっていうのが一番の驚きですけど、壬先輩たちの事情も分かりました。昔から狐は人に化けると言うけど、本当なんですね……」

「や、姫ちゃんと同じくらい驚いてほしいんだけど、俺たちも」

 木戸の「鬼が一番の驚き」という言葉に、圭が思わず聞き返した。木戸が「うーん」と軽く首を捻った。

「なんていうか、狐はまだ親しみがわきます。だってほら、動物園にいるじゃないですか」

「えっ。やっぱり俺らって、その認識……?」

 圭ががっくり肩を落とす。隣で千尋が吹き出すのを必死にこらえている。そんな圭に木戸が付け加えた。

「それに重要なのは、圭先輩たちが信頼に足る人物かどうかってことで、人間かどうかは、もうどうでもいいっていうか……」

「どうでもいい──。さっきから、意外にズバズバ言うね」

「はい。この際どうでもいいことにします。正直なところ、さすがの自分もキャパオーバーなので」

 総次郎が「かかか」と笑った。

「やっぱいいわ、おまえ。おまえらに任せておいて大丈夫そうだな。俺らは行くぞ。ほら、壬まで寝ちまった」

 やれやれと総次郎が壬を見た。いつの間にか阿丸の背中で壬が寝てしまっている。

「まあ、こんだけできりゃあ上出来だろ。阿丸、このままじゃ目立つから気配を消してくれ」

 阿丸が体をぶるんと振るった。その途端、木戸が「え?」と驚きの声を上げた。

「見えなくなりました。なんとなく存在は感じますが……」

「へえ、俺らは見えるな、千尋」

「うん」

「じゃあ頼んだぞ」

 総次郎が阿丸と一緒にきびすを返す。

 すると、

「ジロ兄!」

 圭が歩き始めた総次郎を呼び止めた。

 総次郎が振り返る。 

「なんだ、圭?」

「うん……」

 圭は総次郎にかけ寄ると、少しためらったあと、遠慮がちに口を開いた。

「今日の親蜘蛛のことなんだけど、俺には無理だって、焔を使って壬にやらせるって言っていただろ」

「ああ」

「結局、その通りになったけど──。もし、あの場に壬が間に合わなかったら……、その時は俺にやらせてくれた?」

 総次郎がつと片眉を上げる。それから彼は、少し目を伏せ考えたあと、窺うような目で圭を見た。

「……壬が一人でやったのが気に入らないか?」

「別にそういう訳じゃ……」

 圭が気まずそうに目をそらす。そして、彼はぼそっと付け加えた。

「実際、壬が二代目になるわけだし、」

「圭──、」

 総次郎があらたまった口調で言った。

「俺や先生、そしておまえの両親も、谷を継ぐのはおまえだと思ってる」

「分かってる。分かってるけど──」

 圭が自嘲ぎみに呟いた。

「……自信、ないな」

 壬と二人、いつも二人三脚のように育ってきた。一緒に歩いて、走って、転ぶのさえ一緒だった。

 しかし今日、壬がほむらを振るう姿を見て、自分がぽつんと置いていかれた気になった。

「俺じゃなくてもいいのかなって──」

「圭、目先の強さに惑わされるな。強さは手段であって、目的じゃない」

 言って総次郎が圭の頭をくしゃとなでる。

「おまえは、おまえの目的のために強くなれ。おまえだって壬と同じ九尾の子、必ず強くなる」

 総次郎が言った。そして彼は圭の肩をぽんっと叩くと、阿丸を連れて去って行った。

「圭ちゃん、ジロ兄はなんて?」

 千尋がやって来て尋ねた。圭は総次郎が出て行った武道館の出入り口を見つめながら答えた。

「またなって」

「それだけ?」

「うん……。それだけ」

 圭が頷いた。その目には、ほんの少しだけ力強さが戻っていた。

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