お化け屋敷は大騒ぎ(7)

 総次郎はじっと親蜘蛛とにらみ合っていた。親蜘蛛は時折足を繰り出してきては総次郎たちを威嚇してくるが、激しく攻撃はしてこない。

(腹ん中に入れたものが気になって動けずにいるか?)

 壬の刀は伊万里がこちらに落としていった。となると、あとはほむらに頼るしかなくなる。伊万里が負傷している以上、壬は必ず使うはず。

 当初のシナリオとは大分違うが、これが今の総次郎の読みだった。

 とはいえ、無制限に時間があるわけではない。普通はあやかしを食べたりしない土蜘蛛だが、いびつに狂った化け物は何をしだすか分からない。

「ジロ兄、本当に大丈夫なのか?」

 圭がいらいらとした口調で言った。

「もう少し──。だめだと判断したら迷わずいく」

 総次郎は、そのギリギリの線を探っていた。


 美しい月夜つくよの鬼姫が伏見谷ふしみだに輿入こしいれし、妖刀・ほむらの封が解けたと父親の勝二かつじから総次郎に連絡があったのが、ちょうど一か月前。電話の向こうで勝二は喜びながらも困っていた。

 聞けば、焔を振るって壬が死にかけたことにショックを受けて、鬼姫が壬を二代目と認めることもさやを差し出すことも拒否してしまっているという。

 ちょうど、総次郎は新しい刀を子供たちに届け、その使い方を指南するよう猿師えんしから頼まれていた。彼は、焔のことも含めて子供たちの面倒を見ることにした。

 久しぶりに会った子供たちは、伊万里という新しい家族を受け入れ少し大きくなっていた。そして、壬と伊万里は、思わずちょっかいをかけたくなるくらい可愛らしく、不器用に恋をしていた。

(それなのに、なぜ?)

 総次郎は思った。

 リストバンドで焔のしるしであるあざを隠し、「焔」という言葉が出ることさえみ嫌う。妖刀を受け継ぐ者と、そのさやを受け継ぎ捧げる者。強いきずなあかしとなるはずの妖刀が、なぜか二人の邪魔をしている。

 いっそ、何もなかった方が普通の恋ができたのかもしれない。しかし、母親から鞘を受け継ぎ、実際に妖刀の封が解かれた以上、これはどうしようもない事実として二人に突きつけられているのだ。

(壬、おまえなら分かるだろう。もう前に進むしかないんだ。さあ、出てこい、自分の力で!!)

 総次郎は心の中で壬に呼びかけた。


 その時、


 突如、親蜘蛛の腹の部分から火柱があがった。

「ジロ兄!」

 圭が思わず声を上げる。総次郎も「よしっ!」と小さく叫んだ。

 炎がうねりながら天井にまで燃え上がった。

 総次郎が目を見開きながら興奮気味に口の端に笑みを浮かべる。

「焔だ。壬の奴、とうとう振るいやがった──!」

「……すごい」

 親蜘蛛から燃え上がる炎を見て、圭が息をのむ。そんな彼に総次郎が言った。

「圭、おまえの片割れがいったい何を引き継いだのか──。谷を背負うつもりがあるのなら、その目でしっかり見てろ!」

 親蜘蛛の腹部のてっぺんがぱっくりと割れる。そして、中から伊万里を抱きかかえた壬が現れた。

 もう片方の手には紅蓮の炎をまとった刀。そして彼は、刀を軽く上に投げ、ぱっと逆手に持ち替えた。

「悪いな」

 そう言うと、壬は親蜘蛛の体に刃をダンッと突き刺した。

 途端に、親蜘蛛が長い足を四方八方に暴れさせる。鋭い爪が床をガリガリと削り、段ボールのセットをなぎ倒し、壁にぶち当たった。

 最期のあがきを見せる親蜘蛛を見ながら、壬がゆっくりとつかから手を放す。そして彼は、すぐに総次郎と圭の姿を見つけると、伊万里を抱きかかえてジャンプした。

「ジロ兄! 伊万里がっ!」

 壬が息を乱し、なだれ込むようにして総次郎に詰め寄った。そして、彼の前で伊万里を抱えてひざまずいた。

「早く見て! 俺じゃ、どんな状態なのかも分からない!」

「よくやった、壬!」

 総次郎が片膝をつき伊万里の様子をうかがう。

「蜘蛛の毒にやられてるな。致死性はないが、しばらく動けなくなる。傷口は──さすがだな、血はもう止まってる」

「……」

 壬が大きく息をつく。そして彼は、張りつめた気持ちが一気に緩んで、そのまま意識を失いそうになった。

 刹那、圭が背後から壬を支えた。

「壬! しっかりしろ」

「悪い、圭。伊万里を……ちょっと頼むわ──」

 壬が伊万里を圭に渡し、圭が彼女を両手で抱き上げた。壬の顔は蒼白で額からは大量の汗。彼がぎりぎりの状態であることは、圭の目から見ても明らかだった。

 それでも、意識があるだけまだましだ。九洞方くどぼうの時は、焔を一振りしただけで死にかけた。その時に比べれば大きな進歩だ。

 すると、暴れる親蜘蛛の足の一つが鋭く壬たちに襲いかかった。総次郎がすかさず両者の間に割って入る。

「よおしっ、壬!」

 総次郎が親蜘蛛の足を刀でなぎ払った。そして彼は、今にも倒れそうな壬の腕を掴んで持ち上げた。

「たかが刀を振り回したくらいで倒れんじゃねえぞ! 立って顔を上げろ! 伊万里を二度も泣かせるな!!」

 壬が震える両足を奮い立たせ、寸でのところで踏みとどまる。

 総次郎が満足そうに笑った。

 そして彼は、一転して冷ややかな視線を親蜘蛛に向けた。

「これでしまいだ。よくもまあ、俺の可愛い弟たちにやらかしてくれたもんだ」

 言い終わるが早いか、総次郎が自身の刀を大きく振り上げる。そして、彼はヒュンッと鋭く刃を振り下ろした。刹那、親蜘蛛とその一帯の空間が大きくずるりとずれた。

「これ以上、ここを滅茶苦茶にされるわけにはいかないからな」

 切り離された空間がゴゴゴと闇に飲み込まれ始める。その大きさは、さっき伊万里が切り離した空間の比ではない。

「…さすが……ジロ兄、斬るスケールが違う」

 息を乱しながら壬があきれ口調で呟く。総次郎が「あん?」と壬を見返した。

「何を言ってんだ。おまえらには、これぐらい、いや、これ以上になってもらわないと困るんだよ」

 親蜘蛛の体は焔が刺さった部分から徐々に崩れ始め、さらさらと塵になっていく。そして空間が闇に飲み込まれる間際、壬たちが最後に見たのは体の大部分が崩れ落ち、不必要に長い足だけが残った親蜘蛛の姿と、黒く錆びたボロボロの刀に戻り、そこから一瞬にして消え去る焔の姿だった。



 辺りが静かになって、総次郎が「ふうーっ」と大きく息をつく。

「はあ、一人でやるより疲れた」

 すると物陰に隠れていた木戸が再びモモを背負いながら出てきた。

「壬先輩、月野先輩!」

「木戸、ごめん。結局ずっと大橋を背負いっぱなしだ……」

「はは、さすがに手がしびれてます。でも──、良かった!」

 木戸が言った。確かにモモが木戸の背中からずり落ちそうになっていた。

「しょうがねえな。人間、俺にかせ」

 見かねた総次郎が木戸からモモをひょいっと奪い取って肩に担ぐ。そして彼は、子供たちに向かって笑った。

「帰るぞ。ガキども」

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