思惑と祈り(2)

  護が客間に行くと、猿師と稲山の大叔父が待っていた。

「先生、勝二かつじ叔父、お待たせしました。圭が目を覚ましまして、そちらに行っておりました」

「そうか、目を覚ましたか」

「そりゃ良かった!」

 猿師と大叔父がほっと安堵の表情を浮かべた。護が二人に頭を下げる。

「うちのバカ息子が申し訳ない。よりにもよって千尋ちゃんをあんなところに連れ出すなんて腰が抜けました」

「なあに。若気の至りっていうやつだわ。二人っきりになりたかったんだろうて。なあ、先生」

「圭にとっては幼なじみにすぎんからな。仕方あるまい」

「先生まで。私の時は、もう少し厳しかったですぞ」

 護が突っ込むと、大叔父はからからと笑い、猿師は苦笑した。

 しかし、すぐに二人は真顔になった。

「それで、壬の様子は?」

 大叔父が言った。護が小さく頭を左右に振る。

「ずっと、あのままです。伊万里姫が壬から離れようとせず困っております」

「そうか。しかし先生、これは壬が焔の封を解いたということになるのかのう?」

 大叔父が猿師を見る。猿師は片手を口にあてて考え込んだ。

「そうなるが……。姫の話では、川添に遊びに行った日に『迷い道』を見つけたらしい」

「迷い道──。それが祠の地へとつながっていたというのですか?」

「そうだ。つまり、我らが隠していたはずの場所を我らの知らない間に見つけていたことになる」

「どういうことかのう。かの地の結界を九洞方が解いたとは考えづらいですな。それならば儂らで気づくはず」

「その通りだ。だとしたら、方法はひとつ。結界を解かず、内から招いた」

「内からですと? それじゃあ──」

 驚く大叔父に向かって猿師が頷いた。

「おそらく焔自身が圭や壬を招いた。それならば合点がいく」

「しかし、祠にも封が施してあるはず」

「封が緩んでいたとしたら?」

 猿師が言った。

「谷を覆う九尾の力が日ごと弱まっている状況だ。祠の封が緩んでいたとしても不思議ではない。つまり、圭も壬も焔に招かれた客ということになる。そして九洞方でさえ、あれにとってはいい玩具おもちゃだったに違いない」

「儂らに気づかれず圭や壬を招き入れるとは……。先生、焔という妖刀はいったい──」

「あれはもはや刀ではない。あやかしそのものよ。九洞方め、焔の何たるかも知らず、よくもまあ手に入れようなどと分不相応ぶんふそうおうなことをしたものだ」

「ところで勝二叔父、九洞方の行方は分かりましたか?」

 護が大叔父に尋ねた。大叔父が「そうよ」と頷いた。

「奥谷近くの洞穴に身をひそめておる。動けなくなっているようだ。儂と先生とで始末する」

「壬の負わせた傷が致命傷に?」

 猿師が、「ああ」と頷き返した。

「ただの刀傷ではないからな。放っておいても死ぬだろうが、あやつには聞きたいことがある。今回の一件、あやつに焔を手に入れるようけしかけた奴が必ずいる」

「先生は、誰が絡んでいるとお考えで?」

 護が尋ねると、猿師はにやりと笑った。

「姫の輿入れについてきた鬼二人が、里にも帰らず谷をうろちょろと嗅ぎまわっている。あの二人は、今回の輿入れで伯がつけた者たちだ」

「ふんっ、無刀の王が困ったもんだわい」

 大叔父が吐き捨てるように言った。

「九洞方に焔を探させ、何を企んでおったやら……」


 その時、「お茶をお持ちしました」と廊下で声がした。

 あさ美がグラスに入った冷茶と和菓子を持って入ってきた。

「おかげさまで圭が目を覚ましました」

 そう言いながら、彼女はお茶と和菓子をふるまった。

 大叔父が「おお、うまそうだ」と和菓子をさっそく口に入れた。

「あさ美さん、姫さまが壬のそばを離れんそうだが、お休みになられたか?」

「圭が壬の状態を見て取り乱しまして。今、姫さまから話をしていただいているところです。そのあとに休むよう言いましたが、先生からも言ってくださいまし。あのままでは壬が起きるまであの場を動きそうにありません」

「分かった」

「それにしても、姫さまは壬にえらくなついたもんだ。夏祭りも一緒に出かけたと言っておったな。壬は焔を振るうべくして振るうたのか、はたまたただの偶然か。先生はこうなると分かっておったか?」

「さあ、どうだか」

 答えながら猿師がお茶をひと口飲んだ。

「いずれにせよ、我らは九洞方を含めた月夜の鬼たちを始末し、封の解けた焔を黙らせねばならん」

「しかし、鬼たちはともかく、焔の行方が分からぬでしょう。刀が勝手に歩き回るなど聞いたこともない」

「心配ない。必ず戻ってくる。あれの切り札はこちらが持っている」

「……姫さまの鞘か」

 大叔父と護が同時に呟いた。


 あさ美が部屋を出て行ったあと、伊万里は圭にあの日、圭と千尋が襲われたあとに何があったのかを話した。ほむらの封印が解かれ壬が振るったこと、振るったあと壬が仮死状態になってしまったこと、そして刀がどこかに行ってしまったこと。

百日紅さるすべり先生が、焔は振る者の魂をかてとし、斬った者の魂を喰らうと言っておりました。あのような悪食あくじきの妖刀だとは私も今まで知りませんでした」

 圭の顔に湿布を貼り終え、救急箱を片づけながら伊万里が言った。そして彼女は壬の枕元に座ると、壬の右腕を手に取った。

「これが、焔の付けた印にです。先生が、子どもが気に入った玩具おもちゃに印を付けるようなものだと」

 言って伊万里は火傷のような赤黒い痣を圭に見せた。

 圭がじっとその痣を見つめる。そして彼はひとしきり考え込んだあと、ようやく口を開いた。

「姫ちゃんは、その焔っていう妖刀の存在は知っていたんだ」

「はい。私は妖刀・焔の大切なものを預かっています。なので、焔の存在は小さい頃から聞かされておりました」

「その大切なものって、あの祠の封印を解く鍵? 九洞方って鬼が言ってた」

「いいえ、違います。あの男は勘違いをしているだけです」

 伊万里は首を左右に振った。

「私がお預かりしているものは『鞘』です」

 彼女が静かに答えた。

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