9)思惑と祈り

思惑と祈り(1)

 夏祭りから一日った。

 圭は蝉のやかましい鳴き声で目が覚めた。

 見慣れた天井、見慣れたふすま。ここは、自宅の大座敷だ。

 圭はぼんやりした意識のまま体を起こした。左肩がズキッと痛む。

「──ってぇ」

 肩に手をやると、肩の傷は手当された後できれいに包帯が巻かれていた。


「圭、目が覚めましたか?」

 伊万里の声がして圭が顔を向けると、布団がもう一組敷いてあり、その傍らに座る伊万里が振り返ってこちらを見ていた。

「良かった。心配しました」

 言って彼女はほっと笑った。しかし、今までになく憔悴しょうすいしきった彼女の様子に圭は驚いた。ふと伊万里の肩越しにもう一つの布団で寝ている相手を見ると、そこには壬が静かに寝かされていた。

「壬? なんで壬?」

 あの時、あの場所で襲われたのは自分と千尋だ。

 次第に圭の記憶が戻り始めた。

(で、俺はあの鬼に刀で肩を突かれて──)

 狐火で応戦するも、太刀打ちできるような相手ではなかった。そして、鬼武者が千尋と阿丸に手をかけそうになったのを必死でかばったところまでは覚えている。

「そうだ! 千尋は?!」

「千尋は無事です。ですが、怪我もしておりますし、初めて鬼の邪気に当てられて熱も出しております。しばらく和真さんたちご家族のもとで静養されるかと。阿丸も一緒です」

 伊万里が落ち着いた口調で答えた。圭は彼女にさらに尋ねた。

「姫ちゃんが助けてくれたの?」

 すると伊万里が小さく首を左右に振った。そして、彼女は呟くように答えた。

「壬が助けてくれました」

「壬が──?」

 圭は布団から這い出ると壬の枕元に座った。壬は頬にかすり傷が残っているぐらいで、大きな傷を負っている様子もない。しかし、その顔は血色がなく、寝ているさまも異様なほどに静かだ。思わず圭は壬の額に手を当てた。

「冷たい──」

「ずっとこの状態です」

 伊万里が今にも泣きそうな声で言った。

「呼吸も極端に少なく、体温も上がりません。ほぼ仮死の状態です」

 圭が伊万里の両肩を鷲掴みする。

「何が──あったの?」

「…………」

「姫ちゃんっ」


 その時、障子戸がざっと開いた。二人の話し声に気づき、護とあさ美が様子を見に来た。

「圭、目が覚めたのね」

 あさ美がほっと安堵の息をつく。護がすっと圭に歩み寄り膝をついた。

「大丈夫か? 肩の怪我はどうだ?」

「うん。少し痛いけど、もう大丈夫」

「そっか、大丈夫か──」

 護は大きく息をついた。

 しかし、次の瞬間、護は圭の胸ぐらをつかんだかと思うと、握りこぶしで彼の頬を殴り飛ばした。

 圭が部屋際まで飛んでいき、襖が派手な音を立ててガタガタと外れた。

義父とうさまっ」

「このっ、馬鹿たれがあ!!」

 護が両手をぐっと握りしめたまま息子を一喝した。

「谷がざわついとるというのに、あんな人気ひとけのないところに行きおって。自分が何をやったか分かっているのか!! おまえは自分だけでなく、千尋ちゃんまで危険にさらしたんだぞっ?!」

「……」

 圭の口の端から血が滲んでいる。彼はそれを拭いながら、戸惑いがちにうつむいた。伊万里が圭と護の間に割って入り、両手をついて頭を下げた。

義父とうさま、どうかお静まりくださいませ。壬の体に障ります。それに、私が悪いのでございます。九洞方のことを私が圭にちゃんと話していれば──」

「していたところで、この沸いた頭じゃ変わるまいて。なあ、圭?」

 護が言った。圭は黙ってうなだれたままだ。

 その時、隅に控えていたあさ美が静かに言った。

「あなた、百日紅さるすべり先生がいらっしゃる時間です」

「分かった、今行く。勝二かつじ叔父は?」

「ご一緒かと」

「ん」

 護が踵を返す。そして、部屋を去り際、ほんの一瞬足を止め圭に言った。

「おまえは二度と千尋ちゃんに関わるな」

「父さん、千尋は怪我をして熱を出してるって聞いたけど──」

「おまえが知ってどうする。守ることもできんもんが、知る必要もないわ」

 吐き捨てるように言って護はそのまま部屋を出て行った。


 あさ美が優しく圭の肩に手をかけた。

「さあ、まだ辛いでしょうから休みなさい」

「ごまかすなよっ」

 圭があさ美の手を振り払う。

「どうして壬が死にかけてるの? あの鬼はどうなった?──そうだ、封印されている九尾の刀って何? もう、何がなんだか分からない。ちゃんと俺たちにも説明しろよ!」

 彼が声を荒げた。あさ美が少し言いよどむ。すると、伊万里が言った。

「九尾の刀とは、この伏見谷に封印されている妖刀・焔のことです。圭たちを襲った鬼は九洞方くどぼうと言います。数年前に月夜つくよの里を追われ、ついぞ噂も聞きませんでしたが、焔を手に入れようと企んでいるとは思いませんでした」

 そして彼女はあさ美に言った。

義母かあさま、私から話します。義母さまは、先生と叔父さまのところへ行ってくださいませ」

「あなたも昨日からまともに寝ていないでしょう? お願いだから休んでちょうだい」

「私は大丈夫です。圭の口の怪我の手当てもしないといけません」

 あさ美に応えながら伊万里は圭に向き直った。

「私の知っている限りの話となりますが、よろしいですか」

 圭がこくりと頷き返す。

 あさ美は小さく息をつくと、二人に言った。

「分かったわ。イマちゃん、お願いするわね。その代わり、二人とも必ず休んでちょうだい」

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