急襲と妖の刀(4)

── 振るうてみろ 振るうてみろ ──


 頭の中に、何度も謎の声が聞こえてくる。同時に、手に吸いつくように馴染む刀へ自分の力が流れ込んでいくのが分かる。

 柄を握る手が燃えるようだ。

「言われなくても──、振るってやるよ!!」

 壬が一気に九洞方に飛びかかった。次の瞬間、彼は上段から九洞方めがけて力いっぱい刃を振り下ろした。

 とっさに九洞方が自身の刀で壬の太刀を受けた。しかし、九洞方の刀は木刀のように叩き折られ、壬の刃が肩からぐっさりと身に食い込んだ。

「がっ──!」

「だあああっ!」

 壬の手に生きたものを切る生々しい感触が伝わる。しかし、彼は躊躇ちゅうちょなくそのまま刀を振り抜いた。

 九洞方が体をのけ反りよろめいた。しかし、寸でのところで踏みとどまると、うめき声を上げながら壬を睨んだ。

「きさま、よくも、よくもっ──!」

 壬は振り抜いた体勢のまま大きく息を弾ませた。

(なんだ、これ…)

 視界がぐにゃりと歪みだす。

 刀を持つ手は硬直し、全身がガクガクと震えだした。

 たったひと振りしただけなのに、もう力が残っていない。腕が上がらない。

 手に持っている刀を見ると、刀身から炎も消え、再び錆びついた黒い鉄の棒となっていた。

(まだだ、まだとどめを刺していない──)

 しかし、壬は力なくひざまずいた。

「壬!」

 伊万里が蒼白な顔で壬にかけ寄った。しかし、彼はぐらりと大きく体を揺らすとそのままばたんと倒れてしまった。

「壬っ、壬っ! ──おのれ、九洞方!!」

 伊万里がギッと九洞方を睨む。

 九洞方は自身の傷をかばいよろめきながら笑った。

「は、はは。そこまでか、小僧」

 言いながら、しかし、壬から受けた傷が少しずつ九洞方の体をむしばみ広がっていく。

 九洞方はじりじりと後ろに下がった。

「はは、いい気味だ。そこで、その小僧の最期のざまを何もできずに見ていればいい……」


(まて、逃げるな……)

 遠のく意識の中、壬は心の中で言った。そして彼が最後に見たのは、九洞方が暗闇に紛れて逃げていく姿だった。




 猿師が石の祠の地に着いたとき、空き地はしんっと静まり返っていた。ここは猿師をはじめ、伏宮本家、御前神社の橘家が隠し護ってきた場所だ。

 ここには先代九尾が振るった愛刀・焔が眠っていた。

 その重要な場所に鬼の気配を感じ、挙句、大きな霊気のぶつかり合いを感じたとき、猿師に緊張が走った。慌てて来てみたら、辺り一面に焦げくさい臭いと血の臭いが漂っていた。そして、その只中に伊万里がぽつんと座り込んでいた。

「姫!」

 猿師が駆け寄った。傍らに壬がぐったりと倒れている。

 周囲をぐるりと見ると、少し離れたところに圭と阿丸と千尋が倒れ、大きな血だまりも見て取れた。そして、石の祠は無残にも壊されていた。


(焔の封が解けた──?)


 猿師はさらに注意深く辺りを見回した。しかし、どこにも刀剣らしきものは落ちていない。

「姫、これはいったい?!」

 伊万里がぼんやりとした顔で猿師を見た。

百日紅さるすべり先生……」

「何がありました?」

 すると彼女がぽつりと呟いた。

「壬が……、壬が、息をしておりませぬ」

「え?」

「いやです。そんな、いやだ。私、どうしよう、どうしよう──!!」

「姫、落ち着かれよ!」

 猿師が伊万里の頬を両手で持ち上げる。そして深紫の瞳に浮かぶ大粒の涙を指でぐいっと拭った。

さるが来ましたゆえ、お気を確かに」

 伊万里に言い聞かせ、猿師はすぐさま壬の前にひざまずいた。

 彼は壬の胸に耳を押し当て、そして全身の状態を確認する。

 外傷はない。しかし、呼吸は浅く、体温は低い。

「大丈夫、生きています。が、このままだとまずい」

 そう伊万里に答えながら、猿師は壬の右手首に火傷のような跡──、赤黒いあざがついているのを見つけた。

「火傷……ではないな。これは──!」

「先生、どうしたのです?」

 驚く猿師に伊万里は尋ねた。しかし、猿師はそれに答えず、彼女に尋ね返した。

「姫、いったい何があったのです?」

「壬が刀を振るいました」

「刀……?」

「最初はただの錆びついた刀かと。しかし、壬が九洞方と対峙した途端、突如炎をまとい、九洞方に一太刀浴びせました」

 猿師は「馬鹿な」と言葉を失った。

「あれは誰にでも振るえるものではない。ましてや、今の壬が振るうなど──」

「先生は壬が何を振るったか分かるのですね?」

 伊万里が猿師に詰め寄った。

「九洞方がここは妖刀・焔が眠っている場所だと言っておりました。先生、あの刀はなんでございます? 壬はただ、振るっただけにございます!」

「姫、落ち着いてください。九洞方を退けたのですか? して、奴は?」

「分かりませぬ。しかし、あの傷は──、不気味に九洞方の体を喰らいはじめ、まるで呪詛か何かのようで、到底いやせるとは」

 そして伊万里はもう一度猿師に尋ねた。

「あれは、なんでございます? 太刀を受けた九洞方だけならまだしも、壬までがなぜこのようなことになるのです? それに、この痣のようなものは?!」

 猿師が伊万里の両肩をぐっと握った。そして、落ち着いた口調で彼女に答えた。

「それこそが妖刀・焔にございます。振るう者の魂をかてとし、斬ったものの魂を喰らう──、先代九尾にしか扱えぬ諸刃の剣。この痣は、焔がつけたしるしかと思われます」

「なぜ?」

「子どもが自分のお気に入りの玩具おもちゃに印をつけるでしょう? 同じです」

「そのようなこと──」

 伊万里が真っ青な顔で頭を左右に振った。

「振るう者の魂を喰らうなど、ただの化け物ではありませぬか。そのような刀に壬が魅入られたと?」

「姫、今は壬たちを助けるのが先です」 

 伊万里を諭し、猿師はすぐさま立ち上がった。そして彼は、千尋、圭の無事を順に確認しながら壬のそばへと抱きかかえてきた。

「さあ、急いで本家へ運びましょう」

 言いながら彼は自身の髪の毛を二本抜いてふうっと息を吹きかけた。

 一本は空を漂うエイに、そしてもう一本はからすに変わり猿師の肩にとまった。

 猿師は、エイの背中に子どもたちを乗せ、最後に伊万里を乗せた。そして、肩にとまるからすに言った。

「九洞方を探せと勝二に伝えよ。よもや谷から出られまい」

 からすが「カァ」とひと鳴きして飛び立った。

 猿師は烏が稲山の方向に向かって飛んでいくのを確認すると、自分もエイの背中に乗り、伊万里の隣に座った。

「姫、よく頑張りました」

 言いながら、猿師は自分のシャツを脱いで伊万里の肩にかけた。

「今日は壬と祭りに出かけると聞きました。そのような格好でお出かけに?」

「……」

 伊万里が猿師のシャツをぎゅっと握りうつむく。浮かれた気持ちを猿師に見透かされたようで恥ずかしかった。

「肌が少々出すぎですが、お似合いです」

「壬には『はしたない』とたしなめられました」

「ははは。それは、きっと目のやり場に困ったのでしょう」

 猿師が苦笑した。

 伊万里たちを乗せたエイが大きくうねりながら空へと浮上し始めた。

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