急襲と妖の刀(3)

「二人に何を……」

「なに。少し大人しくなってもらったまで。狐の小僧は蛍火のような炎で歯向かってくるし、巫女の娘は逃げようとするし、困ったものだ」

 九洞方と呼ばれる二つ角の鬼がふざけた風に首をかしげた。伊万里がギリッと歯ぎしりする。

「誰に何を吹き込まれたのかは知りませんが、この谷でそなたができることなど何もありません」

「それは、俺自身が決めること」


 その時、

「おまえ、誰だ?」

 絞り出すような声で壬が呟いた。そして彼は九洞方をぎらっと睨んだ。

「誰だって聞いてんだよ?!」

「また狐が一匹。あなたさまも大変だな、このような弱い者たちのりをせねばならぬとは」

「このっ──、野郎!!」

 壬は思わず九洞方に飛びかかった。しかし、

「雑魚がっ、うるさいわ!」

 九洞方が座ったまま刀の柄頭つかがしらで向かってきた壬のみぞおちを激しく打ちつけた。

 壬が呻き声をあげながらその場に崩れ落ちる。

「壬っ」

 伊万里が壬の元へと駆け寄り、かばうように九洞方の前に立った。

「谷の者は関係ありませぬ」

 九洞方が満足そうに笑った。

「それでこそ、心優しき姫。では、わが願いも叶えていただこう」

 言って九洞方が立ち上がる。そして彼は石の祠を足で蹴った。

「さあ、もうお判りでしょう? ここに九尾の妖刀・ほむらが眠っている。この祠の封印を解かれよ」

 伊万里が顔をこわばらせ、目の前の祠を見た。

(ここに二代目さまの妖刀が??)

 自分が引き継いだ使命とともに九尾の妖刀のことを猿師から聞いたのは、まだ幼かった頃の話。それは伏見谷近くのとある場所に隠され封印されていると聞いた。

 しかし伊万里さえ、その場所については伏見谷に来てからも知らされていなかった。

 猿師をはじめ、義父母である護やあさ美が言わないということは、自分は知る立場ではないのだろう。そう思い、彼女はあえて聞こうとも思わなかった。

 しかし、図らずも目の前に妖刀・焔を封じる祠が現れた。しかも、九洞方がその存在を知り、封を解こうとしている。

 伊万里は少なからず動揺した。が、しかし、肝心な部分を九洞方が理解していないことに安心した。

 彼女は毅然と九洞方を見返した。

「何を言い出すのかと思えば──。私にこの祠の封は解けませぬ」

 伊万里は言った。

「封を解くのは刀を振るう者のみ。私ではありません」

「嘘をつくな。姫がこの祠の鍵を持っているのは分かっている」

「誰がそのような空言そらごとを? 何も分かっていないのか……、そうでなければそなたは騙されています」

「では、おまえはなんだというのだ?」

 唸るように九洞方が言った。伊万里が小さく鼻を鳴らす。

「そなたに言う必要がどこに?」

 九洞方がその目に怒りの色を浮かべる。しかし彼はすぐさま表情を和らげ伊万里に歩み寄ると、彼女の肩から胸元にかけて白い肌を指でなぞった。

「今日はいやになまめかしい姿だな、姫。あの狐の小僧のためか? 雪肌が実に美しい」

「何が言いたいのです?」

「このまま狐のなぐさみ物になるなど、実に惜しいと言っているのだ。俺に手を貸し焔を差し出せば、俺が月夜の里の伯になろう。そうすれば、このような谷で狐とともに暮らす必要もなく、月夜の姫に戻ることもできる。悪い話ではありますまい」

 伊万里がクスリと笑った。そして、冷めた目で九洞方を見返した。

「そう言われても。あいにく、そなたに抱かれる肌は持ち合わせておりませぬ。そもそも、焔はそなたのような賊が扱える代物ではない。身の程をわきまえられよ」

「……最後まで口の減らない姫よ」

 九洞方がすらりと刀を抜いた。


(だめだっ、伊万里。このままだと本当に殺される──!) 


 壬は立ち上がろうと地面を握りしめた。

「げほっ、ごほっ…」

 肋骨でも折れたのだろうか。それとも肺かどこかか。大きく呼吸をするたび胸が痛い。

「くそっ──!!」

 どうして自分はこんなに弱いのか。圭も千尋も、そして伊万里も守れない。

 もっと強く、もっと力があれば!


── 振るうてみろ ──


 その時、壬の頭の中に声が響いた。

「?」

 壬は顔を上げ、周りを見た。しかし、誰もいない。


 ── 振るうてみろ ──


 再び声が響く。

 刹那、石の祠にぴしりとヒビが入ったかと思うと、祠がばきんと砕け崩れた。


 九洞方が「おお」と歓喜の声を上げる。

「そうだ、最初から大人しく祠の封印を解けば良いのだ!」

 伊万里が青ざめながら首を振った。

「違う。私じゃないっ」

「何が違う? 見てみろ、祠が砕けたぞ。さあ、出てこいっ。この俺のものとなれ!!」



 しかし、九洞方の声がむなしく響くだけで、砕けた祠には何も起こらない。



 九洞方はほんの少し間、様子をうかがっていた。しかし、何も起こらないことが分かると、すぐに伊万里の頭を鷲掴みした。

「これはっ、どういうことだ? 何も起こらぬ!」


 その時、


「伊万里を……放せ…」

 壬がゆらりと立ち上がった。

 伊万里が立ち上がった壬の姿を見て息を飲む。

「壬……? 何を、持っているの──?」

 彼の手には、黒く錆びついた刀が握られていた。

 いや、そもそも刀なのか──? 伊万里は思った。

 刃はこぼれ、黒いびがごつごつと刀身にまとわりつき、もはや刀の形をした鉄の塊のようだ。

「わはははは、なんだその鞘もなく、ぼろぼろにびついた刀は? まさか、これが妖刀・焔? とんだ名刀だ!」

 九洞方が大声で笑った。伊万里が壬に向かって叫ぶ。

「壬、やめて。あなたがかなう相手ではありませぬ!」

「姫は少し黙っておられよ」

 九洞方が伊万里を脇へと叩き投げる。地面に叩きつけられた伊万里が「きゃっ」と声を上げ、ごろごろと地面を転がった。

 そして、九洞方が壬に向かって刀を振るいあげた。

「これはとんだ骨折りだった。まずは、その刀ごとおまえを切って捨てようぞ」

「うるっ……せええっ!!!」

 刹那、刀から紅蓮の炎が燃え上がった。

 紅蓮の炎に包まれた刀身を見て、九洞方くどぼうは驚きで顔を歪めた。

「なんだと?!」

「おっらあああ」

 壬はがむしゃらに刀を振り回した。九洞方が炎をまとった刀身に驚き、身をひるがえして下がった。

「きさま、何をした!!」

「知るか!」

 九洞方に対峙しながら壬は答えた。

(だめだ。こんなんじゃ当たらねえ)

 壬は乱れる息を整えながら、最後に大きく深呼吸した。猿師の言葉が甦る。

(腕を──下げるな。集中しろ)

 壬は上段に構えた。

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