急襲と妖の刀(2)

 突然現れた男は、圭と千尋を見て、にやりと笑った。

「よくここを見つけてくれた。探す手間が省けたというもの」

 乱れた黒髪を後ろで束ね、小袖袴にぼろぼろの陣羽織を着ている。そして、頭に二本の角をそなえていた。


「お、鬼?」

「いかにも鬼だが。おやまあ、おまえはこの前の狛犬だな。良いあるじが見つかって良かったではないか」

 阿丸が千尋を乗せたまま起き上がり、低い唸り声を上げながらその男に牙をむいた。

「阿丸、だめだ。下がって」

 圭が今にも飛びかかっていきそうな阿丸を止めた。

(阿丸を知っている?)

 阿丸の怪我はこいつの仕業か? と、圭は直感的にそう思った。阿丸の敵意むき出しの様子を見ても、この鬼が伊万里のように友好的ではない存在だということは一目瞭然だった。

(なんとか隙を見て、千尋だけでも逃がさないと)

 そう思いながら圭は鬼武者を睨んだ。

「あんた、誰だ?」

「狐や人間ごときに名乗る名前はあいにく持ち合わせていなくてな」

 鬼武者はにやりと笑い、狛犬と千尋を見た。

「でもまあ、狛犬を手懐てなずけるなど、やるではないか。それに、その女は巫女か何かか? 清浄な気が半端ない。やはり伏見谷は侮れぬ。百目ムカデも、端屋敷はやしきの姫に届かぬわけよ」

「百目ムカデ──! あの呪詛仕込みのムカデ、あんたの仕業かっ?」

 目の前の鬼は何も答えない。そして、男はゆっくりと石の祠まで移動し、ふてぶてしくも祠の屋根に片足をかけた。

「姫が持っているこの祠の鍵をこちらに渡して欲しいのだ」

「祠の鍵?」

 何のことだ? と圭は思った。

 目の前の祠が何なのかも分からないのに、いきなり鍵の話をされても訳が分からない。

「そこを開けてどうする?」

「ここがどういう場所で、俺がどうしてここにいるのか分かっていない様子だな」

 訝しげな様子の圭を見て鬼武者が含みのある笑みを浮かべた。

「ここには、かつて九尾が振るった刀が眠っている」

「九尾の振るった刀?」

「絶大な力を持った妖刀よ」

「妖刀だって? そんなこと聞いたこともない──」

 圭はにわかに鬼武者の話が信じられず、首を左右に振った。

 鬼が視線を祠へと落とす。

「この場所を突き止めるのに苦労したぞ。しかし、おまえたちが上手い具合に見つけてくれた。これも九尾の力が薄れてきたせいか?」

「………」

 緊張でひやりとした汗が首筋を伝う。

 おそらくここは来てはいけない場所。大人たちが、隠すべくして隠していた地。

 なぜ、今までこの地の存在に気づかなかったのか、圭はようやく理解した。

 自分たちがどうして入ることができたのかは分からない。しかし圭は、ここは九尾の大切なものを隠していた場所で、その封印を解く鍵を伊万里が持っているらしいということだけは分かった。

(だめだ。父さんや先生に知らせないといけない!)

 

 その時、鬼がふいに何かを掴んだ。

 男の手から白い蝶が砕け落ち、男は「ふん。姫の式神か」と鼻を鳴らした。そして彼は、値踏みするように圭や千尋を見た。

「おまえたちがいれば、姫はここに来てくれるかな?」

「──阿丸、逃げろ!」

 圭が小さく叫ぶ。次の瞬間、千尋を乗せた阿丸がドンっと地を蹴って飛び出し、同時に圭の手に真っ赤な炎が燃え上がった。


 黄金こがねの狐になった壬は背中に伊万里を乗せて山中をひた走っていた。

「伊万里、本当にこっちなのか?!」

「間違いありません。式神が最後に方角を示してくれました。でも、なぜこのような場所に……」

「あいつ、まさか──」

「?」

「この前の迷い道だよ! 花火を見るのにいい場所だって」

 伊万里が指し示す方向は確かに霊気が感じる方向ではあるが、夏祭りの会場からはあまりにも離れている。

(よりにもよってなんでこんなとこ──)

 折しも花火の上がる音が聞こえだした。本当なら圭も千尋と二人で花火を見ているはずだ。いいや、やっぱり四人みんなで行けば良かった。

 しばらくして、壬は見慣れない細い山道に出た。

「この道、見たことない。……迷い道?」

 思わず壬は立ち止った。小さい頃から圭と二人で山という山を駆け巡っている。自分たちに知らない道はないと言ってもいいくらいだ。

「壬、感じますか? この道の奥です」

「ああ、分かる」

 さすがの壬もここまで来ると、その大きな霊気がはっきりと肌に突き刺さった。

(圭、千尋、無事でいてくれ!)

 不安で焦る気持ちを抑えながら地面を蹴った。

 

 まるでどこかに吸い込まれていきそうな細い山道を壬は伊万里を乗せて駆け上っていく。そして突如、壬と伊万里はぱっと開けた場所に出た。

「ここは……?」

 またしても見慣れない場所。こんな空き地は知らない。

 辺りは焼け焦げた臭いが漂い、空き地の四方には赤い狐火ではなく青白い火が灯されていた。

 薄暗い中、よくよく見ると人影が二人、大きな獣が一匹横たわっている。

「圭、千尋!」

 壬が人の姿に戻りながら倒れている二人のもとへ駆け寄った。

「圭、大丈夫か??」

 圭が千尋をかばうように彼女に覆いかぶさり倒れていた。壬が慌てて圭を抱き上げると、手にぬるりとしたものがついた。

「?」

 見ると圭の肩から血が流れていた。

「圭っ、」

「大丈夫。まだ息があります。それよりも──」

 伊万里が空き地の隅に鋭く視線を移す。その先に、鬼の男が不遜にも石の祠に腰を掛け、こちらを見ていた。

 

「これは、これは。端屋敷はやしきの姫」

 腰に差した刀の柄に両手を置きながら男がにやりと笑う。

九洞方くどぼう──!」

 伊万里がこわばった声で言った。

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