8)急襲と妖の刀

急襲と妖の刀(1)

  今日の千尋は、いつもより少し緊張していた。

 去年までは壬を含めてクラスのみんなと来ていた夏祭り。でも、今年はそうじゃない。

 最初こそ壬や伊万里とも一緒だったが、それもほんのわずかだけ。壬たちともさっきあっさりと別れてしまった。

 さっそくクレープを圭に買ってもらったが、ともすると胸がいっぱいで喉につかえそうになる。

「千尋、離れるよ」

 あふれる人混みに千尋が押されていると、圭が見かねて手を差し出した。

「え? つなぐの?」

「これじゃあ、迷子になっちゃうでしょ」

 言いながら圭が千尋の手を握った。

 千尋の胸がどきんどきんと鳴る。今日の圭はいつもより少し強引に見える。

 千尋はどういう態度をとればいいのかにわかに戸惑った。

 ふいに伊万里の言葉を思い出す。


── では、圭と千尋はデートになりますね ──


(どうしよう、意識しちゃう!)

 確かに、二人で行動することは今までだって何回もあった。しかし、こんな風にあらためて二人で出かけるのは初めてだ。


 圭に握られた手が熱いのは、単に夏の暑さだけじゃない。


 千尋は頭をぶんぶんと左右に振った。圭がいぶかしげに彼女を見た。

「なに、千尋。雑蟲ぞうこでもいる? 俺、やっぱだめ。こんだけ人が多いと見えない」

「あ、あははは。いるような、いないような──」

 千尋は笑ってごまかした。

(ダメだ。これ、最後までもたない)

 彼女は今しがた別れたばかりの壬や伊万里と合流したくなった。


「壬ちゃんと伊万里ちゃん、今ごろどうしてるかな??」

 圭が軽く首をひねる。

「さあ? にしても、あの服はやり過ぎだろ。壬のやつ、目が泳いでたぞ」

「だって、それを狙っていたんだもの」

 千尋が得意げに答えた。

 出会った当初こそ、「九尾の贄姫にえひめ」発言に困惑したり、ハイスペックな鬼姫キャラにやきもちを焼いたり、圭との仲を疑ったりといろいろあったが、落ち着いて伊万里の言動を見ていると、彼女はあきらかに壬と仲がいい。

 二人でおしゃべりをしていても、伊万里は圭ではなく壬のことをよく話す。圭のことを話すのは、圭の何かを自分に伝えたい時ぐらいだ。

 そんな伊万里のオーダーが「壬に可愛いと言われたい」なのだから、これは全力をもって応えてあげなきゃいけない。

「お祭り前に二人で買い物に行ったでしょ? 伊万里ちゃん、典型的な和風美人だし、浴衣を着るんだろうと思ったら、ワンピースがいいって言うもんだから」

「まあ、普段ずっと着物を着てたからじゃないの?」

「うん。それでね、壬ちゃんのことをただの同居人みたいに言ってるんだけど、壬ちゃんのことを話す伊万里ちゃんって──、あれ? 圭ちゃんどこ行くの?」

 ふいに圭が通りから外れて脇の小道に向かって歩きだした。千尋が戸惑いながら尋ねると、圭が笑った。

「いいところ」

「いいところって、なに?」

「うん、もうちょっと」

 言いながら、圭は千尋を引っ張りどんどん歩いていく。田舎の夜道は賑やかな通りから少し離れただけでも人の通りがなくなる。そして、しばらく歩いたところで圭が止まった。


「ここ」

 圭が山の茂みの中を指差す。見ると、ぽっかりと空いた穴のような細い道が奥へと続いていた。

「この道って、こないだの?」

「そう」

「でも、伊万里ちゃんが迷い道かもって……」

「大丈夫だよ、今日もここにあるじゃん」

 圭が言った。

「阿丸に乗っていけばすぐだし、ちょっと高台の場所になるから花火を見るのにベストポイントだと思って」

「行くの?」

「もちろん」

 圭が頷いた。千尋は少し躊躇ちゅうちょした。

「あのっ、壬ちゃんや伊万里ちゃんも誘ってあげたら──」

「いいって。二人の邪魔しちゃ悪いだろ。阿丸、大きくなって」

 圭が阿丸の頭をなでる。阿丸は、ガウッとひと鳴きして体をぶるんと振るうと、ぐうっと大きく伸びをした。みるみる阿丸の体が大きくなっていく。

「ほら、行こう」

「うん」

 やっぱり今日の圭は強引だ。

 圭の強引さに押し切られて千尋は小さく頷くと、誘われるまま阿丸の背中に乗った。



 阿丸は圭と千尋を背中に乗せ、真っ暗な道を風のように駆けていく。五分もたたないうちに二人は広く開けた場所に出た。

「ほら、やっぱり思ったとおりだ。作業場に出た」

「圭ちゃん、真っ暗だよ」

「うん、ちょっと待ってて」

 圭が手の平を宙にかざした。すると、赤い狐火が四方にぽうっとともり、辺りがぼんやりと明るくなった。

「うわ。こんなことできるようになったの?」

 驚きながら千尋が言うと圭は得意そうに頷いた。

「要領を得てきたら、なんかね。使いだすと、いろいろ便利」

「壬ちゃんは狐火まだ出せないって」

「出せないっていうか、正確にはやらないっていうか、」

 阿丸から降りながら圭が答えた。千尋が苦笑する。

「まあ、いつも『面倒臭い』が口癖だもんね」

「姫ちゃんに叩かれたら少しはやるかな。剣にしても、本気を出したらきっと俺より強いと思うのに。遠慮してるっていうか……」

 困り口調で圭が言った。そして、彼は千尋を阿丸から降ろした。


「ここら辺でいいかな。千尋、浴衣だけど座っても大丈夫?」

「うん、大丈夫」

 阿丸がペタリとその場に座り、圭と千尋はそんな阿丸に寄りかかるようにして座った。夜空には雲ひとつなく、今日は花火日和だ。

「花火まで時間がちょっとあるね」

「ん? うん」

 すると圭が千尋の肩にするりと手を回し、彼女をぐっと抱き寄せた。

「け、圭ちゃん?」

「なんで二人きりになったと思ってんの?」

 いたずらっぽい目で笑いながら、圭が耳元で囁く。

「ここなら心おきなくイチャイチャできるでしょ」

「ちょっ──」

 千尋は顔を真っ赤にする。しかし、圭が首筋に顔を埋めてきたその時、彼女は背中にゾワッとしたものを感じた。


(な……に──?)


 思わず千尋はその何かを感じた場所に視線を向け、圭を押し戻した。

「千尋?」

「圭ちゃん、あれ何かな。あんなところに祠?」

「え?」

 千尋が空き地の奥の方を指差す。すると、そこには小さな、せいぜい膝の高さほどしかない石でできた祠が立っていた。

「さあ、なんだろ?」

 水を差された圭は、不満顔で息をついた。そして彼は、しぶしぶ立ち上がると、確かめるために祠に近づいた。

 しかし、千尋がそれを止めた。

「ダメ、圭ちゃん! それに近づかないで!」

「な、なんで?」

「なんだか分からないけど、ここ、嫌な感じがする」

「嫌な感じ?」

 圭が怪訝な顔で辺りを見回した。圭自身は何も感じない。

(でも、千尋が言うのなら──)

 圭はさっと真顔になると、急いで千尋を阿丸の背中に乗せた。

「ごめん、分かった。帰ろう」

「うん。この祠のこと、お父さんかお兄ちゃんに──」


「これはこれは、谷の狐と人間の女か?」


 突然、低い声が祠とはまた違う場所から聞こえた。

 二人が声のした方を振り替えると、そこに見たこともない男が立っていた。

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